キリン探偵のアミメ論理

三角ともえ

名探偵の帰還

 その違和感に、『ロッジアリツカ』の常連客のアミメキリンがようやく気が付くことが出来たのは、お昼を過ぎてからだった。

 朝から散々読み返していた愛読書から顔を上げたキリンは、アリツカゲラに言う。

「そういえば今日は先生を見かけないわね」

「はい~昨日はお泊まりじゃありませんでしたから~……あ」

 思わず答えてしまったアリツカゲラはしまったという表情を浮かべるが、後の祭りだった。

「えぇ!? 何それどういうこと私聞いてない!」

「えぇ~と、ちょっと用事があるそうですよ」

「ふーん。どこに行ったか聞いてる?」

「う……す、すみません~。それは聞いてないんですよ」

「そうなんだ。あーあ。先生がいないんじゃあ、私も今日はどこか別のちほーにでも行ってこようかしら」

 そう口を尖らせるキリンに、アリツカゲラは慌てたように言う。

「ああ、でもでも! 用が済んだら、すぐに戻ると言っていましたから、このままお泊まりになって、お待ちになってはどうでしょ~!」

「そう? なら待ってようかな……はぁ、どうせならその間、この私の推理が活きるような事件の一つや二つ起きてくれれば退屈しないんだけど」

「……物騒なこと言わないでくださいよ~」


「先生も冷たいなぁ……この私に何にも言わずに行っちゃうだなんて」

 愛読書を片手に自室(というか借りてる客室)に戻ったキリンは、眉をひそめて考え始める。

「……そうよ。考えてみれば、おかしいわ。先生が、この私に、一言も伝えずにいなくなるだなんて!」 

 根拠もないのに断言し、誰も聞いていない推理を続けるキリン。

「先生が出掛けたと言っていたのはアリツカゲラだけだし、今にして思えばそのアリツカゲラも何だか様子が不自然だったような……不自然だった気がしなくもない……いいえ、不自然極まりなかったわ!」

 キリンのおぼろげな記憶は、やがて確固たる自信をもって、自分の推理を裏付ける方向に捻じ曲げられる。

「これって、もしかして誘拐事件!? 先生、もしかしてパークを揺るがす陰謀に巻き込まれたんじゃあ……こうしちゃいられないわ! これは早急に調査しなくっちゃ!」

 キリンはすぐに部屋を飛び出して、ロッジの中を駆けてゆくのだった。

「先生ぇぇぇ! すぐにこの名探偵アミメキリンが助けにいきますからぁぁぁ!」


「こんにちはっす~」

「失礼するであります!」

「いらっしゃいませ~。お待ちしておりました~」

 ロッジの入り口では、アリツカゲラが新しい客……アメリカビーバーとオグロプレーリードッグを迎えていた。

「大きな家っすね~。凄いっすね~」

「本当に大きいであります! アリツカゲラ殿が建てたでありますか!?」

「いえ~。このロッジはヒトがいた頃からのものでして~」

 和気藹々と会話する三人だったが……

「むむ。さっきから何だか妙な視線を感じるであります」

 気配を察したプレーリーが振り返ると、一人のフレンズが物陰から三人をうかがっているではないか。

 プレーリーはすぐさまそのフレンズ……キリンのもとにダッシュで近寄る。

「うぐ!」

「こんにちはであります!」

「私の張り込みに気が付くなんて……貴女、中々やるわね」

「そうでありますか? それより何で我々を見ていたのでありますか?」

 プレーリーに訊かれて、キリンは言い淀んだ。

「そ、それは、その……貴女達がどうしてロッジに来たのかが気になって……」

「理由でありますか? それはビーバー殿がオオカミ殿に……」

 即答しようとしたプレーリーの口を、後ろからやって来たビーバーが慌てて塞ぐ。

「もがもが」

「わわわ! 言ったらダメっすよ~!」

 二人の様子を見たキリンは、確信を持って叫ぶ。

「やっぱり……先生を監禁しているのは、貴女達なのね!」

「かんきんでありますか?」

「かんきんっすか?」

 突然のキリンの言葉に、きょとんとするプレーリーとビーバー。

「そう! いくら誘拐されたからと言って、先生ほどのフレンズが自力で逃げ出せずに帰ってこられないのはおかしいわよ! きっと檻か何かに監禁されているからに違いないわ! 自分達で家を作れる貴女達二人なら、先生を閉じ込めるための頑丈な檻を作ることも簡単に出来るはず! 犯人は貴女達以外に考えられないわ!」

「いや~そんなに褒められると照れるでありますな!」

「て、照れてる場合じゃないっすよ~!」

 不穏な空気を察して、様子を見ていたアリツカゲラもたまらず口を挟む。

「ちょっとキリンさん。ですからオオカミさんはお出掛けしているだけで……」

 しかしヒートアップしているキリンは、聞く耳を持たなかった。

「犯人をかばうなんて、やっぱり貴女も共犯だったのね! まさか組織!? ジャパリパークを揺るがす組織的犯行なの!?」

「ええ~!?」

「お、落ち着くであります!」

「ケンカはダメっすよ~」

「うぉぉぉー! 先生を、先生を返せぇぇぇー!」

 どったんばったんと一人で大騒ぎし始めるキリンを、三人はなんとかなだめようとしていたところへ……

「……何を騒いでいるんだい?」

 いつの間にか帰って来ていたタイリクオオカミが、あきれ顔で声をかけるのだった。


「一体全体何がどうして私が誘拐されただなんて推理になったんだい?」

「だって先生、私には何も言わずにいなくなっちゃってたし……アリツカゲラさんも、先生がどこに行ったのか教えてくれないし……」

 一同に謝った後、改めてオオカミに問われ、キリンはうなだれながら答えた。

 苦笑するアリツカゲラをちらりと見てから、オオカミは言う。

「それは私が頼んでおいたんだよ。『キリンには行き先を内緒にしておいてほしい』ってね」

「え!」

 キリンは驚愕の表情で顔を上げる。

「つ、つまり、これは先生自身による狂言誘拐!?」

「だから誘拐自体起きていないって。少し出掛けてきただけだよ」

「でも先生、一体どこへ?」

「それは……」

「ほら、皆もう集まってるじゃない」

「……うー」

 オオカミが言いかけた時、ロッジの中にさらに二人のフレンズ……ギンギツネとキタキツネが入って来た。

「まったく。貴女がギリギリまでゲームしてるから」

「だって……セーブポイントが見つからなかったから……」

 ギンギツネとキタキツネのやり取りに続けて、ビーバーも口を開く。

「おれっち達も本当はオオカミさんに呼ばれてきたっすよ。キリンさんには内緒って言われてたっすけど……」

「先生が、皆を?」

「ああ。これを発表しようと思ってね」

 一同の視線が集まる中、オオカミが取り出したのは……一冊の本だった。

「私が行っていたのは、図書館だよ。新作がようやく完成したからね。博士達に本にしてもらってきたのさ」

「新作、楽しみっすね~」

「……ぎろぎろ~……」

 期待に胸を膨らませた様子のビーバーとキタキツネ。そんな二人の言葉に、キリンは興奮気味で叫ぶ。

「え、何で皆知ってるの!? 何で私には教えてくれなかったの!?」

「そ・れ・は・ね」

 オオカミが、キリンの前に、本の表紙を示してみせた。


 新作のタイトルは……『ホラー探偵ギロギロと、キリン探偵』


「……!!!!!」

「そうそう。その表情が見たかったからさ」

 キリンの顔を見つめ、オオカミは優しく微笑むのだった。




「先生ー!? 何かこの話の中の私、トンチンカンな推理ばっかりしてるんですけどー!?」

「あ、うん。その表情も見たかったんだよ。いい表情いただきました」

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キリン探偵のアミメ論理 三角ともえ @Tomoe_Delta

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