第23話 怖い噂『ジェットコースター』

 大阪市此花区に日本で初めてオープンした

海外発信のテーマパークがある。今やTDL

を追い越す勢いのテーマパークだ。


 そのほぼ中央を縦横無尽に駆け抜けるジェ

ットコースターは一風変わっていて後ろ向き

で滑走する。前向きでも運行しているのだが

人気なのは後ろ向きだ。


 本来絶叫マシンは苦手なので普通のジェッ

トコースターも乗らないのだが、初めてのデ

ートで付き合い始めて一月ほどの彼女にせが

まれたら、もう乗るしかない。覚悟を決めて

一番前、つまり後ろ向きなので一番後ろに思

える席に陣取った。


「楽しみね。」


 彼女は無類の絶叫マシン好きだ。私の顔は

少し蒼ざめていたと思う。動き出し徐々に高

さを増していく。もう頂上だ。


「きゃぁ~。」

 隣で彼女は嬉しそうに叫んでいる。私とい

えば絶叫することすらできないほどの恐怖に

包まれていた。


 その時だった。私は耳元になんだかふわっ

とした感覚を感じた。突然冷静になる私。そ

れは、確かに髪の毛の感触だ。長い黒髪が風

になびいて私の耳からほほの辺りを触ってい

る。もちろん自分のものではない。そして、

隣の彼女はショートカットだ。


 なんだか覚えのある感触。匂い。なぜ絶叫

マシンに乗っているのに、そんなことが感じ

られるのだろう。しかし確実に覚えのある匂

い。


 一番前に乗っているので私の後ろには誰も

居るはずがない。頭では判っていた。振り向

けない。すぐ後ろに居る。声が聞こえてきそ

うなくらい。そういえば元カノも絶叫マシン

好きだった。私は一度も一緒に乗ったことは

なかったが。


 その匂いは確実に私が2ヶ月前に埋めた筈

の元カノの匂いだった。





「ねぇねぇ、知ってる、先週あのジェットコ

ースターで事故があったんだって。でも新聞

に載ってなかったし、テレビでもやっていし

なんだかおかしいのよね。」


 一緒に地方の小さなテーマパークに遊びに

来ていた陽子が言う。


「だったら、なんで陽子は知ってるのよ。」


 新聞でもテレビでもないニュースソースな

んて、多分ネットの都市伝説あたりしかない

じゃない。そんなものに振り回されてどうす

んのよ。


「うちの近所の人がちょうどその日に遊びに

来てて、偶然見ちゃったらしいんだ。その人

から直接聞いたんだから、確かなんだって、

間違いないって。」


 それは少し信ぴょう性があるかも。


「で、どんな事故だったの?」


「事故っていうか、なんかよく判らないんだ

って。」


「なによ、それ。」


「私にも判らないわよ。でも何か事故があっ

て、園側がそれを隠している、みたいな?」


 もしそれが本当だったらとんでもないこと

だ。遊園地の事故なんて隠していい訳がない

し、発表されたのなら報道されない筈がない。


「その人が怖がって話そうとしないところを

なんとか宥め賺して私が聞いた話はね。」


 なんだ、続きがあるのか。


「ここのジェットコースターって大阪の例の

やつと一緒で後ろ向きに乗れるじゃない?」


「そうなの?」


「ほんのちょっと前に後ろ向きにもに乗れる

ようになったって、これは新聞にも載ってた

わよ。それでね、その後ろ向きの一番前に乗

ってた男の人、だから一番後ろに乗ってるよ

うに見える人が、コースターが停車したら気

絶してたんだって。」


「そんなの全然事故じゃないじゃん。」


「それだけじゃないんだって。その人の首に

女性一人分くらいの長い髪が巻き付いてたん

だって。それで首を絞められて気絶していた

らしいんだ。」


「気持ちわるいね。でもそれでも気絶だけな

んだからやっぱ事故じゃないじゃん。」


「まだ、続きがあるのよ。」


 この子は本当にまともに話を進める気がな

いので、いつもこんな調子で長い話になって

しまう。


「その髪の毛は、もちろんその男の人のもの

でもなく、隣に乗ってたその人の彼女のもの

でもなくて、でも頭から無理やりはがしたば

かりみたいに血とか頭皮がべっとりついてた

らしいのよ。」


「えええ、それは怖い。」


 正直想像してしまって、ぞっとした。


「でしょう。それで、周辺の人に色々と聞き

まわったらしいんだけど、誰もそんな該当者

は居なかった、っていうのよ。事故より事件

の匂いがぷんぷんしない?」


 確かにそれは事故というよりは事件だ。


「それであんたは私をここに連れて来た、っ

てわけね。」


「そうなのよ。だって、沙織は霊感あるじゃ

ん。だから、一緒に乗ってもらおうって思っ

て。」


「乗るってまさか、そのジェットコースター

に乗るってこと?」


「そうそう。」


 冗談じゃない。


「帰る。」


「待ってよ、駅前の喫茶店のでっかい苺パフ

ェ奢ったじゃん。」


 そうだった。普段そんなこと絶対言わない

子が、一人で行くのは寂しい、パフェ奢るか

ら一緒に遊園地行こうって誘ってきたのだっ

た。前金としてすでにパフェは奢ってもらっ

てしまった。こんなことなら絶対来なかった

のに。


「もうお腹に収まってるんだから、いまさら

キャンセルはできませ~ん。」


 いつもよりも多めに燥いでいる。ホラー、

オカルト好きのオタ女だった。私は少し霊感

があるので、いつも纏わりつかれて困ってい

たのだが、今話題のパフェの魅力があまりに

も輝きすぎていて、その裏の罠に気が付かな

かったのだ。


「でも、そんなんだったら、ジェットコース

ターは営業してないんじゃない?」


 一縷の望を込めて言った。


「残念でした~。結局事故でも何でもない、

ってことで当日すぐに営業再開したそうで~

す。」


 最悪だ。


 陽子に引きずられるようにジェットコース

ター乗り場の入口に着いた。普段なら行列が

できているはずだが、事故の話が広まってい

るのか、並んでいる人は疎らだった。


 陽子みたいに怖いもの見たさ、って感じで

並んでいる様子でもない。やはりマイナーな

都市伝説の類か。それならそれで安心なんだ

けど。


「ほらっ、並ばなくても直ぐに乗れるみたい

よ。」


 むしろ長時間並びたい気分だ。


 後ろ向きの方の列に並ぶ。こっちの方が人

が少ない。コースターは正逆が順番に発車す

るようなので、次々と列が短くなってしまい

直ぐに順番が回ってきた。


「やったね、一番前だよ、希望通りだ。」


 誰もそんなこと希望していない。


「ホントに乗るの?」


「決まってんじゃん、さっ、行くよ。」


 陽子は停車しているコースターの一番前に

後ろ向きに座った。仕方なしに私も隣に座る

覚悟を決めた。


 後ろ向きにコースターは坂を上っていく。

元々絶叫マシンは苦手だ。徐々に高さを増し

ていく。予想以上に高くあがってしまった。

もう諦めるしかない。


「きゃ~、きゃ~。」


 隣で陽子が悲鳴なのか歓声なのかよく判ら

ないものをあげている。私はただただ青ざめ

て安全バーを握りしめていた。


「なんか聞こえる。」


 そんな中、陽子が私の方を見て言う。彼女

の声は聞こえるはずがないくらいの小さな声

だった。


「何?何か聞こえる?」


 怖さとは別のところで冷静になった私は聞

き返した。すると、


(面白がって見に来てるんじゃないわよ!)


 若い女性の声だが、相手を罵倒するときの

テンションだった。心臓が鷲掴みにされた気

がした。


(そんなに面白い?いつかあなたたちも同じ

目に合うといいわ。)


 確かに陽子は単純に興味本意で来ていた。

私も誘われたとは言え同罪かもしれない。で

もそこまで言われるのは少し心外だ。


 私か感じたのは、その女の人の悲しみだっ

た。どうも殺されて埋められたようだ。そし

て、その際に髪の毛を持って引きずり回わさ

れたのだ。間違いない、その気絶した男の人

がやったことだ。普段はこれほどまでに明確

にイメージが湧いてくることは稀だった。ど

うも強くこちらにイメージを送ってきている

かのようだ。


 彼女は男の人を殺さなかった。多分殺せた

のに気絶させただけだっだ。どうしても殺せ

なかったのだ。


 様々な感情が私に飛び込んできた。ジェッ

トコースターに乗っている時間なんてあっと

いう間のはずだが、長く長く感じられる。悲

しい、悲しい感情だけが私を包んで離さなか

った。コースターは終点地点にまだたどり着

かない。何かを勘違いしているかのように思

えてきた。






「ここって閉園になっちゃったんだね。」


「知らなかった?そっか、絵美が引っ越し

てからもう2年も経つんだものね。」


「なんで閉園しちゃったんだろ。私が居た頃

は結構賑わってたき気がするけど。」


「実はジェットコースターで事故があって、

女子高生が二人亡くなったのよ。事故、って

言っても機械トラブルとかじゃなかったんだ

けど乗ってる間にその子たち二人の首が飛ん

でしまって、戻ってきたら二人とも首から上

だけなかったんだって。後ろ向きの一番前だ

から、一緒に乗ってた人も誰もいつどうして

首が飛んだのか見てないから原因もよく判ら

なかったんだけど、それからその二人の幽霊

が出る、とか噂が流れて、ほかにもそんな話

が一杯出て、結局潰れたんだって。首はふた

つとも見つからなかったらしいよ。」


「へぇ、そうなんだ。ねぇ、今夜でも忍び込

んでみない?」


「いやよ、絶対にいや。その死んだ女子高生

って一人は知り合いだったんだから。」


「そうなんだ、それは、本当にごめん、知ら

なかった。ホントにホントにごめんね。」


「もう、この話は終わり。」


「そうね、買い物行きましょう。」


 いそいそとショッピングモールに向かう二

人のうち一方の目は怪しく輝いていた。


(針金を切るペンチと懐中電灯とあとは何を

持って行こうかな。)


 動き出したジェットコースターのように連

鎖は止まらない。

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