第24話 かくれんぼ 『ミラーハウス改』

「ねぇねぇ、知ってる、裏野ドリームランド

にあるミラーハウスって一旦入ると出られな

い、って噂があるらしいのよ。」


「出られない?そんなんだったら噂じゃ済ま

ないじゃない。事件よ、事件。」


「それはそうなんだけど。」


 駅前の喫茶店で、地元の女子高校生の間で

ちょっと有名になったビックサイズの苺パフ

ェを食べながら、陽子は沙織に自分が仕入れ

た都市伝説を延々と話すのだった。それを聞

くのがパフェを奢る条件なのだ。沙織は自分

に少し霊感があったので、その手の話を聞く

ことが苦手だった。ただのフィクションや都

市伝説の類に思えないのだ。


 陽子は普段からホラー好き、噂好き、ゴシ

ップ好き、アイドル好き、並べるとキリがな

い。節操もない。沙織は少しの霊感のおかげ

でいつも付き纏われて困っていた。


「沙織、まさか、信じてるの?」


「まさか。そんな訳ないじゃない。」


「だったら、今から行こう。」


「えっ?」


 そう来るとは思わなかったが、確かに予想

できる展開だ。しまった。それでパフェだし

この店だったのか。陽子にしては用意周到な

ところがちょっと意外だった。


「信じてないなら、入っても大丈夫よね?」


「そっっ、それは大丈夫だけど、私あんまり

ミラーハウスって好きじゃないんだよね。」


「そんなこと言わないで一緒に行こうよ。パ

フェ奢ったじゃん。」


「それは、あんたの話を聞く代わりに、って

ことでしょうが。」


「だぁ~め。一緒にミラーハウスに入ること

も込みの苺パフェでぇ~す。」


 食べてしまってから断れない雰囲気だ。確

かに信じていないので、入っても問題ないだ

ろうけど、火のないところに煙は立たないは

ずだし、何かがある、というのは少しくらい

あるかも知れない。それが何か判らないと不

安ではある。


「よしっ、決まり。今から行こう。」


「今から?」


「そうよ、何でこの店でこの時間だったと思

ってるのよ。そのまま裏野ドリームランドに

直行するために決まってんじゃん。」


 完全に嵌められていたようだ。陽子に嵌め

られるなんて、自分が情けない。


「仕方ないなぁ、とりあえずこれを食べてし

まってからね。それと混んでたらすぐ帰るか

らね。」


 土曜日の朝だが、開園寸前の時間だ。混ん

でいるとは思えなかった。最近ジェットコー

スターがリニューアルしたらしいから、それ

で朝混んでいることを少しだけ期待して、店

を出た。



 裏野ドリームランドに着いたのはちょうと

開園時間だった。予想外に人が多かった。梅

雨時の晴れ間なので出かける人が多いのかも

しれない。


「やっぱ混んでるじゃん。今日はやめとく?」


「ここまで来て何言っんの、行くわよ。」


 陽子はどんどん進んでいく。入場券を買う

列に一人は意気揚々と一人は渋々並んだ。


「結構時間かかるね。みんなあの噂聞いて確

かめに来てるのかな。」


「そんな訳ないじゃない、ただの噂は噂よ。

あんたみたいに実際に確かめに来る子なんて

居ないわよ。」


「そっかなぁ、興味あると思うんだけど。さ

っ、私たちの番、行くわよ。」


 イニシアチブは完全に陽子が握っていた。



 園内に入るとさすがにみんな散らばるので

それほど混んではいなかった。ミラーハウス

は結構奥の方にあるアトラクションだ。手前

には大観覧車やジェットコースターなんかの

メインアトラクションが犇めいている。


「観覧車乗って帰らない?」


「だめよ、今日の目的はミラーハウス。でも

観覧車は観覧車で別の噂があるんだけど、聞

いてみる?」


「やめておくわ。」


 どうもアトラクション毎に都市伝説がある

ようだ。そんなもの一つ一つに関わってなん

かいられない。


「ジェットコースターにも、結構すごいのが

あるんだけど、そっちを先に乗ってみる?」


 沙織は慌てて首を振った。絶叫マシンは大

の苦手だ。


「それは、またの機会に。」


 心の中では、一生乗るもんか、と固く誓い

ながらそう返した。



 結局ミラーハウスの前に着いてしまった。

かなり奥の方にあるので開園早々ここまで来

る人は少ないのか、人影はなかった。


「誰かが入って出てくるのを見てから、って

ことにしない?」


 沙織は思わず提案した。自分たちが一番最

初では確認しようがない。


「え~っ、どうしようかなぁ。」


「それくらい譲歩しなさい。」


「わかったわよ、怒らなくてもいいじゃん。

一組でも出てきたら絶対に入るんだからね。」


「約束する。でもその一組におかしなところ

があったら入らないわよ。それはあんたにも

危険があるってことなんだから。」


「そんなぁ。でも何もなかったらってことは

入っても何も起こらないってことじゃない。

それは全然面白くないわよ。」


「何か不審なことが本当に起こったとしたら

面白い、面白くない、って場合じゃないでし

ょ。」


「それはそうなんだけど、何かが起きるかも

知れないから入りたいんじゃない。」


 この子はだめだ。怖いもの見たさが他の全

てに勝ってしまっている。



 二人が木陰で座ってミラーハウスを見てい

るとやっと一組目が来た。沙織たちとあまり

変わらない世代のカップルのようだ。きゃっ

きゃとお互いの身体を触りながら楽しそうに

やってきた。女の子のテンションは相当高い。

男の子は少しテレが勝っているようだが、ま

あ仲のいい二人に見えた。


 二人が入っていく。陽子と沙織はする必要

もない緊張をしていた。なぜだか判らないが

もうその二人には二度と会えない予感がした。

沙織だけではなく陽子もそう感じたのだ。陽

子には全く霊感はなかったはずだが。



 いつまで経っても二人は出てこなかった。

 

「やっぱ何かあるんだわ。」


 陽子の感想に沙織も賛成だった。何かが中

で起こっているのだ。それはとてもいいこと

だとは思えなかった。何か、或いは誰かの悪

意が引き起こしている事態だと沙織の霊感は

伝えていた。近づいてはいけない。


「よし、やっぱり確かめに行くわよ。」


「ちょっと陽子、何言ってんのよ、見たでし

ょあの二人。絶対おかしいって。」


「そうね、何かおかしいと思う。何か起こっ

てるんだと思う。」


「だったら何で行くのよ。」


「だって、今の話を誰かにしても、誰も信じ

てくれないじゃない。」


「それは多分そうだけど。」


「だったら自分で確認するしかないじゃない。

何か起こってるのは間違いないんだから。」


「それを私たちが?」


「そうよ、私たちが発見したんだから、私た

ちが原因を調べるのよ。中で何が起こってい

るのか、それは一体なぜなのか。人為的だと

したらいったい誰がそんなことをやっている

のか。」


 何か陽子はミラーハウスに入る前に人格が

変わってしまったようにまくし立てた。確か

に誰も信じてくれないだろう。でもここで同

じように誰かが入るのを見てくれたら違和感

に気が付くのは確実なんだから、やっばり誰

か大人に任せるべきだ。


「だめよ、私たちがやるの。」


 沙織の思考を読んだかのように陽子が言っ

た。


「これ以上犠牲は出せないわ。起こっている

のは何か得体のしれない悪い事なんだから。」


 陽子の決心は固いようだ。沙織は正義感の

塊になってしまった陽子にも違和感があった

が、言ってることは強ち間違ってもいない、

と思った。


「わかった。私たちで確認しよう。」


 なぜだか、そこで変な正義感に沙織も包ま

れてしまったのだ。



 二人でミラーハウスに入る。ミラーになっ

ている壁と通路の区別が明るすぎる照明によ

ってつかなくなっている。手を触れないと壁

なのか通路なのか判らない。二人は何回も壁

にぶつかりながら迷路を進んでいた。


 途中、特に変わったところはなかった。


「あれ、何?」


 陽子が見つけた。ミラーの下の隙間に何か

の紙が挟まっているようだ。見えている部分

はほとんどなかったので、余程注意してみな

いと気が付かない。陽子はかなり集中してあ

たりを捜索しているのだ。


「何かの紙ね。引っ張ってみるわ。」


 沙織がほんの少し出ている部分を引っ張る

と紙はするすると出てきた。それは何かのプ

レートのようだった。


「何?」


「うん、何か書いてある。」


 そこには


「Miskatonic Universi

ty」


の文字があった。意味は分からなかったがU

niversityは大学の意味なので外国

の大学の名前だろう。二人とも聞いたことが

無かったのて有名な大学ではない。


 裏にも文字があった。


「For experiment」


と書いてあった。二人とも英語はかなり苦手

な方なので意味は全く分からなかった。


「これ、持って出て誰かに聞いてみようよ。

何かの手掛かりになるかも。」


「そうね。でも、ここのミラーハウスと外国

の大学が何か関係しているのかしら。」


「判らないわ。」


 その時、二人ではない声がした。


(もういいかい?)


「何?」


「今、声がした?」


(もういいかい?)


「もういいかい?かくれんぼでもしているの

かしら。」


 二人以外の入館者がかくれんぼでもしてい

るのかと思ったが、声はすぐ近くでするよう

だ。


(もういいかい?)


 また聞こえた。


「もう何よ。まぁだだよ。」


 陽子が返事をした。 


「陽子、やめなよ、関わりたくない。」


 沙織には嫌な予感しかしなかった。


(もういいかい?)


 声はまだ続く。


「いいかげんにして、もういいよ。」


(みぃ~つけた)





「ねぇねぇ、知ってる、裏野ドリームランド

にあるミラーハウスって入ると出て来れない

って噂があるらしいのよ。」


「それ、私も聞いた。隣のクラスの子が二人

入って、そのまま出てこなかったって。」


「隣のクラスの二人?」


「そう。いつもはしゃいでいる高木陽子って

子と割とおとなしめの久保沙織って子なんだ

けど、そのミラーハウスに入るところは防犯

カメラに写っていたけど出るところは写って

なかったんだって。その日は混雑していたの

に何故かミラーハウスに入っていったのはそ

の二人だけだったらしいよ。」


「そうなんだ。でね、その原因はなんでも外

国の大学が密かに実験をやってるんだって。

建物そのものに魂を宿らせて人格を与える実

験とか。その人格が入館者とかくれんぼをし

てるんだって。それで見つかったら出られな

いって話。大学からはドリームランドにかな

りの寄付があって黙認している、って噂。」


 噂はある程度の真実を含んでいる。真実を

完全に隠すのは困難だった。そして、その噂

と真実がクロスしたことで裏野ドリームラン

ドは閉園に追い込まれたのだった。

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