第22話 『私が死んだ理由』

 私が死んでしまったことは、今更悔やんで

も仕方ないことだ。死因なんて有り触れたこ

とだし特筆すべきことは何もない。だからと

言って私が死んだことに意味はあるのか、な

んてことを悩んでいる訳でもない。ただ、私

が死んだもその事実がそこにあるだけだ。


 確かに色々とあったのだ。


 この年まで一途に仕事に打ち込んできた。

まあ、手の抜き方は上手かったがね。それで

も、認められて小さいながらも会社のトップ

に上り詰めることができたのは運もあるが努

力と才能と縁だったと思う。


 そもそも、この仕事がやりたかったわけで

はなかった。父親が病に倒れて大学に行くこ

とが難しくなった時に偶々高校に来ていた求

人に応募しただけだった。進学校に来ていた

求人だから少し変わっていたのかもしれない。


 まあ、そんな関係でこの仕事に就いたのは

偶然だった。


 ただ、天職だったのかも知れない。評価さ

れて、というようなことはなかったが、素都

なく仕事をこなし紆余曲折を経て会社の中心

的存在に三十代で成っていた。


 そこに様々な事情でトップが変わったこと

で私の人生も変わってしまった。


「俺の酒が飲めないのか辞めてしまえ。」と

下戸の私に毎日のように怒鳴るようなトップ

だった。「お前の一番の仕事は儂の接待だ。」

などと口癖のように言う人だった。


 3年耐えたが、限界だった。そこに妻の親

の会社の専務の紹介で転職の話が来た。渡り

に船だった。「会社の跡継ぎに。」というよ

うな話だった。


 ここでは仕事はそこそこ大変だったが、ま

ずまず順調に熟し結果、代表取締役まで上り

詰めたのだ。


 そして、カタストロフィが訪れた。


 代表取締役と言っても株は全員先代社長と

その家族が持っており、私は完全に雇われて

いるだけの社長だった。先代も取締役で残っ

ており、息子が専務に就いていた。


 先代は少し認知症が入ってきたのだが、そ

れをいいことに専務が会社の乗っ取りを図っ

たのだ。先代に成年後見人を立て法律行為が

出来ないようにしたうえで私をある日突然解

任したのだった。

 

 さらに期中であったので株主総会を開き、

遡って報酬をゼロに決定し、そのまでに支給

されていた報酬の返還を求めてきた。勿論退

職金なんてくれるはずもない。加えて仕事の

関連でミスでもなんでもないことをミスだと

言い張り一千万単位の損害賠償請求をしてき

たのだ。


 裁判では勝てる可能性が高いのだが、勝っ

ても「支払わない」だけでこちらが利益を得

ることがない。でも弁護士費用は、支払わな

くてよくなった金額に対しての報酬が必要に

なる。それだけで数百万円になる。理不尽な

内容で、言いがかりをつけられただけで多額

の出費を強いられるのだ。相手は、それを狙

っている、単なる嫌がらせだった。


 五十代に半ばになって、突然収入が無くな

り多額の損害賠償請求を受けてしまったのだ。


 目の前が真っ暗になってしまうのは当たり

前だろう。


 そんなある時、車で走っていた。川沿いの

道だった。大きく右に曲がるカーブに差し掛

かった。左には大きな深い川だ。


(これ、ハンドルを左に切ったら死ぬよな。)


 そう思った。


 左に切った。


「死ねるタイミングだったから。」


 それが私が死んだ理由。

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