第3話 見ている

 何かが私を見ている。誰か、ではなく何か

だ。そして私も誰かを見ている。何か、では

なく誰かだ。


 私が見ているのは男性の後姿だ。髪は黒い

短髪、背丈はベンチに腰掛けているので判ら

ないが体型は中肉、太ってはいないが痩せて

もいない。少し猫背に見えるから普段から姿

勢は悪いのではないだろうか。いずれにして

も見た覚えがあるようだ。誰だったのかは思

い当たらない。しかし確かに見覚えがある後

姿だ。


 そこは公園のようだ。確か通勤途中にあっ

た公園だと思う。中に入った事が無いので確

信は持てないが多分間違いない。


 今は夕方なのだろうか。薄暗い風景からは

これから闇が深まるのか、今まさに闇が明け

ようとしているのかは判別が付かなかった。


 そしてなぜ私は今この男の後姿を見ている

のだろう。少し記憶が途切れているだ。


 今に至るまでの事が思い出せない。仕事を

終えて同僚と飲んだ。いつもの安い居酒屋だ。

いつもと変わらない話をし、いつもと変わら

ない量の酒を飲み、いつもの時間に店を出た

はずだ。判を押したような生活をしているの

が私の自慢であり同時に後悔の源だった。


 同僚と別れて自分の住む街の駅に降りたこ

とは覚えている。あとは約20分歩けば一人

暮らしのアパートに着いて風呂に入り寝返り

ばかりするのでどうしても浅くなってしまう

眠りに付くはずだった。


 野良猫が近づいてくるのが判る。私の直ぐ

側までやってきた。そして私を咥える。少し

思い出してきた。猫は私の右目を咥えて行っ

てしまった。引き続き残された私は左目だけ

で男性を見ている。見た覚えがあるはずだ、

それは私自身の後姿だった。但し目玉はない。

私は目玉を抉られて、この台の上に取り出し

た両目を置かれて自分の後姿をただ見せられ

ていただけだ。


 多分理由なんてない。


 

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