第6話 悪夢の兆候
セラとセイン、そしてモコは、連れだって歩き出した。
セラの家は奥まった入り江部分にある。時化や台風の時に、どんな波が来ても安心できる場所であった。だが、村長の家は船着き場よりはずっと奥。
海沿いに大きく迂回するよりは、ジャングルの中を突っ切った方が早い。
出来るだけ急ぎたい、というセラの願いで、三人はジャングルを突っ切る道を選んだ。
「おい……セラ、モコ、なんかおかしくないか?」
最初に異変に気付いたのはセインだった。
いつもならうるさいくらいに聞こえる、鳥や虫の声が聞こえないのだ。
「ホントだ。まるで、森が死んでしまったみたい……いつもなら、しつこいくらいにたかってくる蚊やアブも、一匹もいないよ?」
まるで耳を塞がれたような静寂が、森を支配している。セラは不安そうな目をセインに向けた。
「この森……何もいなくなっちゃったの……?」
「違うよ!! 見て!!」
モコが大きな声を出して指さした。そちらからだけは、濃厚な生き物の気配と、ざわざわという音が聞こえてきていた。
見ると、植物が揺れるその不規則な動きと共に、小さな赤いものがうようよと行く手を横切って行くではないか。
「あれ、カニだ…………」
それは、ジャングルの中でよく見る、小さな蟹の群れだった。
それにしても、どこからこれほど湧いて出たのか、その数は数千、数万……いや、数百万でもきかないように見えた。
「父さんに聞いたことがあるよ。昔、島の中央の火山が爆発したときも、生き物の姿が消えたって……もしかすると……」
「……行こう!!」
セラはセインの手を取って走り出した。
不安は頂点に達している。その足元を、無数の蟹が逃げ惑うが、昆虫や鳥の姿は相変わらず見当たらない。蟹の通った跡は、植物が食い尽くされたのか丸裸になっているが、そのうねるような道筋が村へと続いているのを見て、セラたちは息を呑んだ。
「カニは村に行ったんだ!! 早く帰らないと!!」
モコが甲高い悲鳴のような声で叫んだ。
こんな小さな生き物に村をどうにかする能力があるとは思えないが、異常なことが起きているのは確かだ。三人の胸には不安が渦巻いた。
その時、セラが突然足を止めた。勢いで十数メートル駆けたセインは、慌てて振り向き、セラを呼んだ。
「何してるんだ。セラ!? 早く行こう!!」
だが、セラは立ち止まったまま、あたりをきょろきょろと見回し、誰かを探してでもいるかのようだ。
「誰? どこから話しているの?」
「どうしたんだセラ!? おまえ、おかしいぞ?」
ついに耳を押さえ、焦点の合わない目でしゃべり出したセラを、少し気味の悪いモノを見る目でセインは見た。
「違うの!! 誰かの声が聞こえる……危ないって。村に……行くなって……」
「村に? どういうことだよ?」
モコは何がなにやら分からない、といった表情で目をしばたかせたが、セインは何か思い当たったように手を打った。
「…………セラ? もしかしてそれって、巫女の力じゃないのか?
「ええッ!? じゃあ、どこか近くに
気味悪そうな表情で周囲を見回し始めたモコを、セラが制して微笑んだ。
「怖がることないよ……タンガ招来の儀式はずっとやっていないし、前のタンガ様は死んじゃったから……今は、いないはずだよ……?」
「どっちにしても、村に行かないってわけにはいかないよ。秘薬も持って行かなくちゃいけないし、父さんや母さん……長老の事も心配だ」
セインが言うとセラも頷いた。
「うん。私も行かなきゃって思う。でも、気をつけて行こう。なんだか、大変なことが起こっている気がするの」
「急ごう」
三人は早足でジャングルの中を抜け、村が臨める少し高くなった場所までたどり着いた。
「よかった……べつになんともなってなさそうだぜ?」
セインが口にした途端、モコが顔を顰めた。
「何か焦げ臭くないか? それに、この音は……」
セラは突然走り出した。
悲鳴が聞こえたからだ。その悲鳴は、セラの心にだけ聞こえた。誰かが助けを求めているのが、たしかに分かったのだ。
村に近づくにつれ、物の焼ける臭いが濃くなってくる。さらに、聞こえて来たのは、空気を叩くような強く、軽い音。その音は連続して耳朶を打った。
それが軽機関銃の銃声であることは、一度も聞いたことがないセラたちにも、容易に想像できた。さらに耳を澄ませば、爆発音や、悲鳴、怒号のようなものまで聞こえてくる。
「やっぱり何かあったんだ!! モコ!! 来い!! セラはここにいて!! 危険かも知れない!!」
「いや!! あたしも行くよ!! みんなと離れていたくない!!」
「仕方ない。気をつけるんだぞ!!」
三人は姿勢を低くして、ジャングルの中を駆け抜けた。
「こっちが近道だ!!」
モコの誘導でクワズイモの茂みを突っ切ると、視界が急に開けて村の中心部が見渡せた。
やはり、火の手が上がっていたのは村だったのだ。何があったのか、地面に倒れ伏している人の姿もあったが、その服装から見て村人ではない。
どうやら先ほどのヘリでやってきた米軍兵のようだった。そして、真っ赤に地面を埋め尽くしているのは、無数の蟹である。
だが、その蟹はセラ達を襲っては来ない。米兵は蟹に殺されたわけではないようだ。
「家が見えた。どうやら無事そうだよ」
セインがホッとした口調で言った。
村長の家、つまりセインの家でもあるが、そこは他の小屋とは違って、近代的な鉄筋コンクリート作りである。村の誰もが入れる、公民館のような役割も持っていたのだ。
そのことが幸いしたのか、まだ周囲の火の手は燃え移っていないようであった。
もしかすると、村の皆も集まって避難しているかも知れない。
三人は群がる蟹を踏みつぶすのも構わずに、一気に広場を抜けて村長の家へ駆け込んだ。
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