第5話 セイン



 セラが目を覚ました時、外は強い日差しに包まれていた。

 もう、昼を過ぎているのが、感覚でわかる。戸口から見えるのは、真っ白な砂浜の海岸と、コバルトブルーの海。

 そして、風にそよぐ椰子の木の下で、魚を捌くセインの背中が見えた。


(そうか……あたし、自分の小屋に連れてきてもらったんだ……)


 小屋に着いた途端、急に意識が遠くなったのを思い出す。たぶん、寝床までセインが運んでくれたのだろう。

 セラは、セインを頼もしいと思う。

 力も強いし、頭が良いし、なにより優しい。ずっと一緒に育ってきた幼なじみで、村には同じ世代の子供も少なかったから、なんとなく、自分は将来、セインの妻になるのだろうと思っていた。

 だが、聖なる存在たる巫女である以上、容易に男と情を交わしてはならない、という掟があった。

 血族を残す必要があるため、婚姻できないわけではなかったが、それには厳しい制約もあって、村長の息子であるセインはその条件に合わなかった。

 それが分かってから、セラはセインを遠ざけようとしていたが、何故か彼は逆に一層優しくなり、常に傍にいてくれるようになっていた。


「ありがとう……ごめんね。魚、捌いてもらっちゃって……」


「あ、うん……いいんだ。本当はこんなの、俺が捕ってきてやりたいんだけどさ……セラの方が、漁、上手いからな……」


 照れくさそうに微笑むセイン。セラは思わずくすくすと笑った。


「お、おい。なんで笑う? 何かおかしいかよ?」


「ううん……気を悪くしたんなら謝る。セインにも、苦手なことがあるんだなって思って」


「に……苦手ってわけじゃねえよ。お前が上手すぎるんだ」


 たしかにそうかも知れなかった。セラには、何故か魚のいるところが分かる。

 魚の気持ちが分かる、と言っても良いかも知れない。

 だから、競争すれば必ずセラが勝つ。とはいえ、セインだって決して釣りが下手な方ではなかった。


「そ……そうだ。あの白人カウカシャンの子供、助かったみたいだぜ? さっき、モコが来て教えてくれたんだ」


「そう……」


「どうしたんだ? まだ気分でも悪いのか? 今日のお前、おかしいぜ?」


「なんでもない……」


 そう答えはしたものの、胸の奥に残った気持ち悪さは消えなかった。

 姿を見ただけなのだ。一度も言葉を交わしてもいない。気を失って抱きかかえられているだけの少年を、どうしてそんなに不気味に感じるのか、セラ自身もよく分からないでいた。

 その時、遠くから激しい音が近づいてきた。その聞き慣れないエンジン音は、あっという間にセラたちの頭の上を飛び越し、村の方へと向かった。


「ヘリコプターだ。たぶん、父さんがあの子供のことを政府に連絡したんだな」


 それにしても、いつもの機体ではない。急病人が出た時にやって来るヘリよりも何倍も大きく、プロペラが前後二つも付いているのだ。複雑な模様の入ったモスグリーンの機体は、まるで、いつか本で読んだ戦車のように見えて、セラは少し身震いをした。


「あれ……たぶん軍用ヘリだな。何だろう……ただの子供じゃないのかな?」


 セインも首を傾げている。

 その時、海岸の岩の向こうから、一人の少年が顔を覗かせた。先ほど話に出た少年、モコ=ズカンキである。


「モコ……また来たのかよ? 今度は何の用だ?」


 小柄なモコは、岩の上を身軽に飛んで、セインの前に着地した。


「今度は用があるのはセインじゃないんだ。長老がさ、すぐにセラを呼んで来いって。あ、秘薬を持ってきてくれっても言ってた」


「秘薬を?」


 セラは訝しげに聞き返した。さっき長老に、大事にとっておけと言われたばかりなのだ。

 もうあと一瓶しかない秘薬を、何のために持って来いと言うのだろうか。


「俺に聞かれてもよく分からないよ。でも、もしかするとあの白人の子供に使うつもりかも知れないぜ?」


 たしかに何者であろうと命が危ない、というのなら、秘薬を使うことも仕方ないかも知れない。

 しかし、先ほど救援ヘリは到着している。

 おそらく、医者や薬、設備も持って来ているはずである。秘薬を使わねばならないほどのこととは、セラにはどうしても思えなかった。

 とはいえ、長老の命令を聞かないわけにはいかない。セラは、祭壇の奥にしまってあった秘薬を取りだした。


「どこに持っていけばいいの?」


「村長の家さ。そこにあの白人の子供がいる」



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