第4話 自覚
“――――なんだ? この感覚……?”
ぞわり、と背中を撫でられたような気がして、Gは目を覚ました。
それは、何者かの発した悪意ある生体電磁波であった。電磁波は水中を進めない。ゆえにもし、彼が完全に水中に没して眠っていたら気づかなかったかも知れない。
そのくらい遠く、か細く、小さな電磁波であった。
水面からは、わずかに鼻孔が出ていた。全身をだるくさせている酸欠状態から回復するために、ずっと呼吸を続けていたのだ。
わずかだが、体に力が戻ってきたのを感じる。
十五年間、ほぼ無酸素の深海で『死んで』いたGの肉体は、地上の風と太陽にさらされることで、奇跡的な復活を遂げようとしていた。
しかし、いかに不死身の肉体を持つ巨獣王といえども、体の深部まで酸素が行き渡るには、もう少し時間が必要であった。
“ダメだ……まだ……
かすかに頭を持ち上げただけで、激しい吐き気と頭痛がした。酸欠の症状だ。
身じろぎしたことで珊瑚礁にヒビが入り、自分の周囲にガラガラと崩れていくのが分かる。
“もう少し……あと五分だけ寝かせてよ……”
誰にともなく、つぶやくように発した思考に、自分自身で問いかける。
考えがまとまらない。何故、自分はこんな場所にいるのだったか……。
“……五分? 五分って何だ? どのくらいだっけ? 五分も寝てて大丈夫か? 遅刻……そうだ。遅刻しちゃうんじゃないか?”
そこまで考えて、自分が今は学校に行っていないことに気づく。
“違う。遅刻じゃない。敵がいるかも知れないんだ……人間の兵器……他の巨獣……敵は倒さなきゃ……そういえば、あのトゲトゲした奴は手強かったな……”
脳裏に、全身を棘の生えた鎧状の皮膚で覆った巨獣が浮かぶ。焦げ茶色のそいつは、こちらの攻撃をほとんど跳ね返し、打撃も受け付けなかった。
手足を棘で貫かれ、危うく負けるところだったのだ。
“でも、腹側は弱かった。立ち上がったところへ熱線を浴びせたんだ。俺の勝ちだ”
暗く、熱い闘志が身を焼く。
命の危険を感じるほどの相手と戦い、勝利して命を奪い、踏みにじる瞬間。それが唯一、自分が生きているという感覚を得られる瞬間であった。
“金色の三つ首のアイツも、素早くて黒いアイツも、ドロドロして腐臭を放っていたアイツも……みんな俺が斃した……俺より弱かった”
気の遠くなるような時を生きてきたが、あれほど強い生物はいなかったように思う。ここしばらくは奴らのおかげで少しは楽しめた。
“そうだ。俺は強い。人間の兵器だって俺を殺せなかった。固く巨大な都市も、そこに生きる人間どもの群も……”
そう思った瞬間。脳裏に閃いた光景に、Gは戦慄した。
列を作り、泣きながら避難していく無数の人々。
火と煙に追われ、窓から助けを呼ぶ人々。
緊急車両で、ヘリコプターで、それを救いに来た人々。
それを、自分は。
“うああああああああ!!!!!”
悲鳴。
爆発。
轟音。
迸る熱線。
崩れる建物。
飛び散る血と肉片。
踏みにじった足の裏の感触。
恐怖のあまり身悶えしようとしたが、酸欠の体はそれを許さなかった。
まるで、見えない鎖で縛られたように。
心も、体も、身動きがとれないまま、Gは聞こえない悲鳴を上げ続けた。
伏見明という人間と融合することで、初めて手に入れた『心』というものを、今、Gは自覚しようとしていたのだ。
罪。
それは、法律で規定されるものではない。『正義』もしくは『倫理観』という価値観があって、初めて成り立つものだ。
遙かな昔に生を受け、同族をすべて失い、ただ一体で生き続けてきたGには、そんなものは無かった。いや、もしもそんな意識があれば、七千万年というこの悠久の刻を、生き続けることなど出来なかったかも知れない。
Gを苛む罪の炎は、まだ燃え始めたばかりであった。
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