A Large Step - 1

 白い花をつけ、魔法を増幅するような樹木――数人に連絡を取ってはみたが、誰もがそんな樹の話は聞いたことがないという。

 今さっき最後の手紙が届いたが、彼もまた、心当たりはないと書いてきた。否、心当たりはあるようなのだが、どうも確信がなく、「心当たりはない」と迷いながらも書いてきたようであった。

 魔法と、魔物化。

 その二つは切っても切り離せない関係にあることだけが確実で、ただでさえ魔法使いの人数が減りつつある現在、あまりうかつな研究には手を出せない。この樹木も、どうやらその類のようだ。

 情報提供に対する感謝の手紙を今書く気にはなれず、ユリは手紙を元通りに畳みなおした。

 そこで、ふぅと息をつけば、ようやく彼の耳に甲高い鐘の音が入ってくる。

 最後に魔物の襲撃があったのはいつだっただろうかと思い起こせば、既に季節が一周りしていることに気付く。

 最近は魔物の数が格段に少なくなった――魔物化しにくくなった、などということはなく、皆が魔法を使わないようにしているからであろうことは、たやすく想像がつく。

 どうしたものかと考えた結果、手紙を机の上に放置した彼は屋外に出る。

 当然のことながら街には人気がない――鐘は大分前から鳴り続けているようだった。


「水 組成変換 解除 毒式」

 防壁のステップを上がって、すぐにユリは魔法を展開する。この魔法式を使うのは数年前の一件以来だと思うと、彼は僅かに顔をしかめた。

 その場にいたのはヴィル、ジークとエベルの三人で、振り返ったヴィルは助かった、とでも言うに安心した笑みを見せた。

「ユリっ! 来てくれたんだな、珍しいじゃないか」

「えぇ、たまにはこちらも手伝おうかと思いまして。……その様子では大分圧されているようですね。アロイスさんは?」

「前線」

 姿の見えないアロイスを気にして問いかければ、ぽつりと単語だけがジークから返される。

 アロイスが前線に立つことは珍しい。それは、彼が精通している「地」という属性上、彼の使う魔法はサポートがメインであるからだ。

「俺らは出ない方がいいからって、アロイスが出た」

「……」

 ヴィルが補足し、ユリは黙り込む。

 つまりは勝算がない、ということ。数年前のあの状況ですら彼は前線に出なかったと言うのだから、今回は余程不利な状況に追い込まれているのだろう。

 だが、それでは彼らが未だに防壁の上にいる理由が分からない。もし本当にそこまで切羽詰まった状態だというのなら、彼らを借り出すなり、避難させるなりすべきではないのか。

「この程度……俺の風で吹き飛ばしたら一発だろっ!? やらせろよっ」

「……それでは被害が拡大する」

 何でだよ、と喚く彼――エベルは、唇を噛みながらも防壁の外で繰り広げられる戦闘の様子を、睨みつけるように見つめていた。

 彼が悔しがっているのは、こんなところで燻っていろと言われたことになのか、それとも――「あのこと」を未だに気にしているのか。どちらにせよ、今は自分の身の安全を最優先しろと、アロイスならば言っただろう。

「……あぁ、俺らだってさっさと逃げろって言われてんだよ。っていうのに頑固にもここにへばりついてるヤツがいてな」

「だったらお前ら二人逃げりゃいいだろっ!? ユリ……お前だって、逃げたきゃ逃げりゃいい。俺だって戦えるってのに、何だよっ」

「……エベル」

 軽く息を吐いて、ユリはエベルの横に並んだ。

 眼下で繰り広げられているのは、一方的な殺戮。「一人」対複数人の戦いであるはずなのに、複数人である魔導士側が圧されているのは、やはり「彼女」が「魔物」であるからなのだろう。

 「彼女」はやはり白く長い髪をたなびかせていて、エベルとユリの二人が初めて魔物との戦いを垣間見た時を彷彿とさせた。

「あいつ、『使役』されてるんだぜ? 放っておけるかよっ」

「使役? ……誰にですか?」

「あいつらにだよ……ユリ、お前も見えねぇなんて言うなよ?」

 「彼女」の周りにいると言われ、ユリも集中してみたが、やはり「彼女」は一人でいるようにしか見えず、緩く首を振った。

 「なんでだよ」と、エベルが苛立ち気味に防壁を殴る。

「なんで見えねぇんだよ……あんなにもいっぱいいるってのに……」

「エベル、その位にしとけ。ここに居ても邪魔になるだけだし、そろそろ引き上げるぞ」

 ヴィルの言葉に、それがいいとジークも頷いた。

「僕は今さっきついたばかりですよ? 一度くらいはトライアルさせてください」

 ユリはにっこりと微笑んで、エベルに向き直る。

「どうやったら、『彼ら』を退けられますか?」

「え?」

 話を振られたエベルは目を丸くする――誰にも見て確認することのできない、一歩間違えれば彼の妄想の一言で片付けられてしまってもおかしくない主張をしていたことは、彼自身自覚していた。だから、ユリがこうも簡単に納得したことの方が、エベルにとっては信じられなかったのだ。

「僕には見えません。ですが、僕はあなたのことを信じます。どうやったら『彼ら』を退け、『彼女』を救うことが出来ますか?」

「ユリ……?」

 困惑したのは、無条件での信頼を示されたエベルだけではなかった。

「お前まで何言い出すんだよ」

「なら、」

 笑顔を崩さずに彼は二人を振り返る。

「証明出来ますか。エベルが言う『彼ら』が本当に存在しないと」

「……」

「お二人は僕ら二人の気が触れたとでも思いますか? ならば今止めて下さい。僕はやります。……いえ、正確にはやるのは僕じゃないんですけどね」

 取り乱しているのはむしろヴィルとジークの方で、ユリはどこまでも冷静だった。うっすらと浮かんだ笑みと彼の鋭い眼光は威圧的で、二人に有無を言わせない。

 こんな状態でもなければ「狂っている」と誰かが止めに入ったであろう――だが他に打開策もなく、今は黙って引き下がるのが得策と思われた。

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