A Small Decision - 2



 カンカンカンカンカン……

 街の中心に立つ塔から、甲高い鐘の音が響き渡る。それは地下シェルターへ急げ、という街の住民への合図だった。

 街の付近にたまに出る魔物は人に害をなす。魔物を街の中に入れないためにも、街の周囲は高い防壁で囲まれていた。

 ユリアーン――通称ユリは、シェルターの入り口へ走る人波の中を逆走していた。

 何をやっているのだか、と自分でも呆れてしまう。だが彼は、街を守る立場にある魔導士と口論をしていた幼なじみ――エベルの姿を目撃してしまったのだから、仕方あるまい。

 エベルが逃げ遅れたところで、問題はないだろう。ユリは彼の実力をよく知っているから言いきれる。問題なのは、この現状でも彼が簡単に引き下がるとは思えないことだ。

「エベル。何をやっているんですか」

「あぁ、ユリか。悪い、今忙しい」

「私も忙しいんだがね。分かっているのかな、エベル君」

「毎度毎度、うちのエベルがご迷惑かけているようですみません、アロイスさん」

 エベルに喧嘩を売られていた魔導士、アロイスにユリは優雅に頭を下げ、別に構わないんだがね、とアロイスが応じる。

「そういえばユリ君。君の父君はいつこちらに戻られるのかな」

「さぁ。最近音信不通で、噂話すら耳にしないもので……。すみません、いつ戻るかまでは全然見当がつかないといいますか」

「そうか。君の父君は優秀な魔法使いだから、そろそろ戻ってきて貰えると助かるんだがね。街の防衛も、なかなか人手が足りていないんだ。君も魔法を習っていたと思うが、どうかね。街の平和を守るために少し貢献してはみないかね」

「母が嫌がるんですよ、魔法の行使を。僕自身、実力が足りていないといいますか、多分大して役に立たないんじゃないかと思いますしね」

 エベル抜きで進められる会話に、彼はむっとなる。

 しかもこのテンポのよさ。わざとエベルを除け者にしようとしているようにしか思えない。

 ユリはそんなことを考えていないにしろ、アロイスの方は確信犯だ。

 ――そう、エベルは決めつけた。

「あのなーっ。忙しいとか言ってるくせに、自分から世間話始めるなーっ」

「エベル君。君は自重するという言葉を学びたまえ。私はユリ君と高尚な会話をしているんだ」

 言い返し切らずにエベルは歯噛みする。食えない奴め、と思えば思うほどにアロイスの笑みが黒く見えてくるのは、エベルの心が病んでいるからか、実際にアロイスが黒い笑みを浮かべているのか。

 ――おそらく、両者だろう。

「まぁまぁ、エベル。そう悔しがらないで。ほら、行きますよ」

「そうやってお前は俺を年下扱いするっ。俺の方が上だろ? 全く、お前って奴は……」

「風 状態固定 頭上 現在」

 エベルの文句を遮って、ユリの呪文詠唱が高らかに響き渡る。

 ユリが使った魔法は、彼の周囲の空気を今の状態で固定する。固定する度合いの調整が難しく、実践にはあまり用いられないものだ。

 アロイスは頭上を見上げてユリの魔法の出来を確認し、ほうと感心する。

 彼らの上で固定化された空気は、壁を越えて飛んできた氷の槍を通すことなく、すべて砕け散らせていた。

「お前って固定化させるの得意だよな」

「えぇ、動かすのはあなたの専門ですけどね」

「なかなかの強度だな。咄嗟の防御にしては素晴らしい」

 本業が魔導士であるアロイスからの素直な賛辞の言葉に、ありがとうございます、とユリは笑顔で言葉を返す。

「あなたも人が悪い。攻撃が来ることを分かって、あえて防御しなかったのでしょう? 僕たちの実力でも見定めようと、そういう魂胆ですか?」

「分かっていて魔法を使ったのか」

 くすくすとユリが笑い、にやりとアロイスが口元を歪める。

 敵対もしていないのに腹の探り合いをやっている二人に、付き合ってられねぇとエベルは空を見上げた。

 砕けた氷に光が反射して、キラキラと光る。

 綺麗だな、と柄でもなくエベルは思った。

「あーあ、エベル。何一人で現実逃避をしてるんですか。早く行きましょう? ここにいても邪魔になるだけでしょうし」

「だ、か、ら、俺を年下扱いするなっての。……アロイス。大丈夫なのか?」

「何がかね」

 聞きたいことなど分かっているだろうに、はっきりと言うまで答えようとしないアロイスを、エベルは睨みつける。帰ってくるのは、彼を見下したような笑顔ばかりだった。

「人手、足りてるのかって話だよ。俺が知ってる限り、魔物による攻撃が防壁を越えたことはない。……っていうことは、だ。今回の魔物相手に、全然歯が立たないだとか、そんな状況なんじゃねぇの? あんたは、ここで優雅に世間話してるけどさ」

「それは、君も前線に立ちたいと、そう捉えて構わないのかな」

「俺っていうか、せめてユリは連れてけよ。こいつ役に立つから」

 エベルの勝手な言い草に、僕はモノ扱いですかとユリは苦笑する。

「連れていくのなら、僕よりもエベルの方が適役だと思いますけどね。どうやら相手は水の使い手。かなり高度な術まで使えると思います。魔物は単体と見ました。魔法の構築に粗が目立ちますが、それはおそらく、いくつもの魔法を同時に行使しているからかと。まぁ、ざっと二桁、といったところですかね。エベルなら、相手の防御の隙をついて攻撃することも可能でしょう。ですが僕はサポートがメインですから」

 ユリの淡々とした言葉に、アロイスはにやける顔を抑えきれず、ついには笑い出していた。

 普段の固いイメージからは想像もできないくらいに笑い転げられ、ユリは戸惑ったようにエベルを見る。だが、エベルはついでと言わんばかりに大笑いしていて、ユリは苦笑するしかなかった。

「……あの、僕は何か間違えましたか」

 アロイスの笑いが多少収まったところで、彼は控えめに訊いてみる。まだ笑いの収まらないアロイスは、口許に手を当てて笑いをこらえつつ、息を整えた。

「いや、君が間違えたことは何もない。本当に君は素晴らしい。私の助手に欲しいくらいだ。便利ね、便利。確かに便利な能力を持っているよ。相手の魔法を見ただけで、それだけ分析できるとは。しかも風を操りながら水を……君は複数の元素に精通しているね? 上等だ。さて、本題に入ろう」

 突然真顔に戻った彼に、エベルとユリは無意識のうちに姿勢を正す。

「君たち二人、私と一緒に来ないかね。エベル君のご指摘通り、人手が足りていないんだ」

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