チューン・アップ

第一話

 駅前に唯一あるファミレスは放課後ということもあり結構込み合っていた。向かいの席に座る亀田先輩はしきりに周りを気にしている。


「何かあったんですか?」

「最近はさらがしつこくてね」


 そっちはそっちで色々と大変なようだ。


「それならここじゃなくて人気のないところの方が」

「それは周りの目がないからより危険だよ。僕の人生に関わる」


 いったい何をどうすれば人生に関わるというのやら。


「それに木の葉を隠すなら森の中と言うからね。ここなら安全だ」


 亀田先輩は自分がどれだけ優れた木の葉なのか自覚ないようだ。

 先ほどから店内の女性陣がこちらに熱い視線を送っているのに気が付いていない。もちろんその中にはうちの高校の生徒もいる。これでは自分の居場所を伝えていると変わらない。

 まあ、こちらとしては小川先輩の意見も聞きたいのでそれで良いけれど。


「そんな心配そうな顔はしないでくれよ。たとえ来たとしてもこれがあるからさ」


 そう言って胸ポケットから金色の券を取り出す。


「クーポンですか?」

「ただのクーポンじゃない。限定メニューのクーポンさ」


 見るとそこにはプレミアムジャンボパフェと書いてある。


「女の子が甘いものに興味を示さないはずがないからね」


 スイーツのように考えが甘すぎる。小川先輩は甘い物が苦手だということを知らないらしい。


「さらがこれに夢中になっている間に逃げる。ちなみに今日までだから後でなんて選択肢はなんだ」


 成功の見込みがない作戦を得意げに語る亀田先輩に、本当のことを告げるのはやめておこう。


「それで本題なんですが」

「そうだったね。何があったんだい?」

「鈴葉がバンドを組まないって言ってきたんです。どうにかして戸神を説得したばかりだってい言うのに……」


 昨日の出来事を相談する。こうなるとは予想もしていなかったので、俺には打つ手がなかった。


「もう少し詳しく聞かせて」

「わかりました」


 考えてみれば、鈴葉には今まで世話になってばかりだった。見限られても仕方ないのかもしれない。

 だからといって諦める気はない。カノンや戸神と同じように俺の音には鈴葉が必要なんだ。

 鈴葉の良さはソロを体験した今だからこそわかる。

 こちらの邪魔をせず、しかし、こちらが迷わないよう、しっかりとしたギターリフで道を示してくれる。


「――それで、バンドを組まないって言われました」

「そうか……なんて言えば良いのかな……」

 

 亀田先輩には理由がわかっているようで、言い方に戸惑っている。


「なになに? 恋バナ? 乙女心なら私に任せなさいよ」


 乙女心なんて微塵も持ってなさそうな小川先輩は会話に割って入ると、亀田先輩の隣に座る。


「さら……」

「その反応はないんじゃないの。傷つくわ」


 言葉ほど傷ついた様子もなく、亀田先輩の腕に絡みつく。


「それでヒロちゃんは三人の内の誰が好みなの? やっぱりカノンちゃんラブなの?」

「勝手に話を進めないでください。そんな話してないですから」


 いきなり大声で何を言い出すんだ。本人に聞かれでもしたら一大事だぞ。


「さら。これあげるよ。いつもパフェ食べてるだろ」


 秘密兵器といわんばかりに胸ポケットから例の食券を差し出す。


「そんなものいらないわ。甘いもの苦手だし。ヒロちゃんにあげる」


 差し出された食券を華麗に横流し。

 俺も甘いものは苦手だが亀田先輩に返しても意味がないので一応貰っておこう。


「あたしとしてはね。ヒロちゃんは結局、幼馴染の鈴ちゃんとくっつと思うのよね」

「何の話をしているのかわかりませんが、絶対にありえませんね」

「何かあったのね。話してごらん」


 含み笑いでこちらを見る小川先輩は心底楽しそうだ。うまく誘導されている。

 昨日のことを改めて説明する。


「やっぱりね……そうなるだろうと思ったわ」


 こちらが事の次第を話し終えるのとほぼ同時に、小川先輩は呆れたように言葉をもらした。


「やっぱり、俺が悪いんですよね。謝ろうとしたんですが、悉く無視されまして」

「良いこと教えてあげるね。いまヒロちゃんがすべきことは」


 小川先輩は年下の男子を見守るあたたかい瞳をこちらに向けて、答えた。


「正直に伝えること」

「正直……ですか?」


 何に対して、正直だろう。


「て、ことだから」


 と言いながら、小川先輩は亀田先輩に絡ませたん腕を引き上げて立ち上がる。


「あたし達は失礼するわね。支払は仁が済ませておくから後はごゆっくり」

「待ってくれ。僕はまだヒロ君にアドバイスを」

「あたしたちには何もできないわ。邪魔しないの」

「……そうだ、コーヒーがまだ残って」

「もう、お茶くらい私が淹れてあ・げ・る」


 周りの注目を一点に集めながら二人は店内から出て行った。小川先輩が一方的に好意を寄せているのは見てわかるけど、亀田先輩はどう思っているのだろうか。きっぱりと断らないところを見るに満更でもないのか。


「邪推はやめた方がいいわよ。顔に出てる。気持悪い」


 突然、後ろの席から頭を叩かれるように暴言を吐かれる。


「後ろに座ってるのにどうして俺の表情がわかるんだ」

「ヒロは単純だもん。見なくてもわかる」

「そうかよ。てか、いつからそこに居た」

「少し前から……言っておくけど、たまたまなんだから。たまたまこの席しか空いてなかったの」


 そこまで必死に否定しなくても。


「それなら話も聞いてただろう」

「もちろん聞いてた。で、誰が好みなの?」

「そこかよ」

「冗談よ」


 楽しそうに肩を震わせる。今日は機嫌がよさそうだ。


「ところでいつまで背中合わせで話すつもり? こっち来なさいよ」

「そうだな」


 席を立ちカノンの前に座る。


「この前はありがとう。助かったよ」

「何のこと?」

「とぼけるなよ。この前トランペット吹いてくれただろ」

「あ、あれはちょっと練習してたら、たまたま窓が開いてて、あんたたちが勝手に合わせてきただけよ。ほんと、下手過ぎていい迷惑だった」


 カノンはグラスの中に残っている氷をストローで弄びながら答える。

 相変わらず素直じゃない。


「それで、鈴葉が出ないって言った理由、カノンはわかるのか?」

「わからない……すずは普通の子とは違う空気持ってるから」


 それはお前も同じだろう。


「なんで急に出ないとか言い出したんだろう。協力してくれるからてっきり……」


 突然、パズルのピースがぴったりと合わさったような爽快感が沸き起こる。


「そうか!」

「びっくりさせないでよ。こぼしちゃったじゃない」

「まだ、鈴葉に一緒に出てほしいって言ってない」

「だから何?」

「正直に伝えるってそういう意味だったんだよ」

「あっそ。それは別に関係ないと思うけど」

「今から行ってくる」

「ちょっと待って。話を」


 俺は弾かれた玉のようにファミレスを飛び出し、鈴葉がまだいるであろう学校に引き返した。

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