第四話


 急いで楽器店から学校に戻り、第三軽音楽部に向けて迷わず歩を進める。

 勢いで決めてしまったが後悔はない。

 縦横無尽にステージを駆け回るカノンやギターをかき鳴らす鈴葉。二人の弾ける笑顔は聴衆のテンションをマックスにして栄光への階段を駆け上っていく。そして俺たちは連日名前を聞かない日はないという程にメディアに取り上げられ、武道館を皮切りに世界へと羽ばたいていく。

 妄想終了。この先には輝いた未来しかない。

 身体の底から湧いてくる根拠なき自信をスキップに変えて、第三軽音楽部と書かれた部室の扉を開ける。

「では今日で第三軽音楽部は」

「俺をこの部に入れてください!」

 誰かが話していたが、お構いなしに願い出ると、雑然と物が散乱した部室に凍りついた沈黙が広がる。

 カノン、鈴葉、戸神、亀田先輩、堂々と足を組んでソファーに腰かける女子。それに向かい合うように立っている顧問と思われる中年の男性と、その隣に委員長とあだ名をつけられそうなお下げ髪のメガネ女子の計7人が部室にいた。

 みんな揃いも揃って俺をみたまま反応を見せない。

「俺をこの部に入れてください!」

 時差があるわけでもないのにどうして誰も反応しない。まさか、募集を締め切っているのか。まあ、そんなことで諦める俺ではないが。

「俺をこの部に」

「聞こえているよ、ヒロ君」

 三度目を言いかけたところで亀田先輩が遮る。

「そうですか。ところでお返事の方は」

「大歓迎だよ」

「え? ちょっと、鈴葉!?」

 よほど嬉しかったのか鈴葉が人目をはばからず抱きついてくる。甘い香りが鼻をくすぐり、正常な判断が出来なくなる。

「良いですよね。部長」

「もちろんだよ。断る理由がない」

 部長と呼ばれたのは意外にもソファーに座っている女子だった。てっきり委員長みたいな人が部長だと思っていた。

「先生。こうなっては」

「そうですね。また来ますよ」

 メガネ女子が耳打ちすると、先生と呼ばれた男性は苦虫を噛み潰した顔をして部室から出て行った。いかにも悪役といった表情だ。

 後を追うようにメガネ女子も出て行く。

 すれ違い様にノミくらないなら殺せそうな視線を向けられた。どうやらいまので嫌われたらしい。これから一緒にやっていく仲間だというのに。この部はどうやら一枚岩ではないらしい。だが、それがどうした。困難な方が俺は燃える。長年培った脳筋根性を舐めてもらっては困る。

「ど、ど、ど、どおしてあんたがここに入部すんのよ!」

 激しく動揺したカノンはいまだ抱きついたままの鈴葉を引きはがして、俺へと迫って来る。さっき見たカノンとは別人だ。俺としてはこっちの方が彼女らしいと思う。

「頭打ったの? 自暴自棄? それともお昼に食べたそばに何か変なの入ってたの?」

「そんなこと言ったら食堂のおばちゃんに失礼だぞ。俺は心が弾んで、踊って、昂る様な演奏を、カノンとやるって決めたんだ」

「わお。情熱的。パッション全開だね」

 部長の女子は珍獣でも見ているような眼差しを向けてくる。

「は、は、は、はずかしいこと言ってんじゃないわよ! それにあんた楽器なんて持ってないし弾けないでしょうが」

「まあまあ、落ち着け」

 この世の終わりのように動揺するカノンを制止させてから、入口に置いたままにしていたギターをケースから取り出す。

「見ろ。格好良いギターだろう」

 相棒を高々と掲げると、再び部室内が沈黙に見舞われる。

 みんなこいつの美しさに言葉も出ないようだ。

 カノンと鈴葉は目を大きくしてこいつに見とれて、亀田先輩は視線を逸らして空を見上げている。あれ? 戸神がいない。まあいいか。今度会った時にでも自慢してやろう。そして一番謎のリアクションをしているのは部長だ。

「部長さん。どうしてそんなに笑いを堪えているんですか?」

「ヒロくん。ちょっと……」

 鈴葉は気まずそうに苦笑いを浮かべている。

「もしかして俺に教えるのは嫌か? そこを何とか頼むよ」

「そうじゃなくて」

「なら怪我のことか? 心配はいらない。すぐに治すから」

「そう言うことでもなくて……」

 なんだか煮え切らない様子。はっきりと言ってほしい。

「ヒロくんのそれはベースだよ」

「ベース? 基礎ってことか? いろんなオプションをつけないとギターにならないのか?」

 俺の返答にカノンは壁に寄りかかり、重い溜息と憐みの視線を送る。

「ベースは低音部を担当する楽器の事よ。ギターとは別の楽器。素人バカ丸出しね」

「別の楽器? まさか。冗談だよな。弦だって張ってあるし。ドッキリにしてはたちが悪いぞ」

「それ以上、口開かない方がいいわよ。可哀そうになってくる」

「ちなみになんだけど、三軽はジャズをやる部だけどジャズ知ってる?」

 亀田先輩の優しい笑顔が逆に冗談でないことを物語っていた。

「……ジャズ」

「うちのお店で流してる曲の事だよ。それとこれフレットがないんだけど弾けるの?」

「ふれっと」

「怪我してるから試奏してないでしょ」

「しそう」

「楽器を買う時はどんな音かちゃんと聞いてから買わないと。それに握った感じが馴染むかどうかも大事だよ。こんな高価なベースどうやって買ったの? さっき廊下ですれ違った時、持ってなかったよね? それといつからカノンちゃんと面識あったの?」

 鈴葉の質問攻めが次第に遠のいて視界が白くなる。

「ヒロは知らないでしょうけど、ベースってじみーな楽器だから」

「じみ」

 とどめの一撃がカノンによって放たれる。

 床が音を立てて崩れ落ち、輝いていた未来がみるみるセピア色になっていく。

「ぶあはははは。うける。マジでうける。馬鹿だよ。ギターとベース間違えるとか」

 ソファーに座っていた女子は堪え切れずに噴き出すとソファーの上で転げまわる。

「ヒロ? ねえ、聞こえてる?」

「思考停止してるね」

「ヒロ君の事はとりあえず明日にして今日のところは解散にしようか。あきちゃんも帰っちゃったことだし」

「本当だ。いつのまに。部長はいつまで笑ってるんですか。あっスカートめくれてます」

「だって、鈴ちゃん。こいつ、ベースもってギターってふははは」

「ヒロくんは初心者だからギターとベースの違いくらいわからなくても仕方ないよ。気にせずに頑張ろう」

 鈴葉の気遣いが恥の上塗りをしていく。

 あー、穴があれば一生入っていたい。

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