6.二人きりの帰路

 そんなこんなで下校時刻になると京華達は不自然なくらいにミコトと八雲の前から忽然と姿を晦ませていた。


「うう……京華のヤツ……。せめて居なくなる理由くらい言ってかないと却って怪しいだろが……」


 京華はミコトの背中を押した張本人だから分かるとして……鉄平や瑞木もいつの間にか姿を消している。

 ひょっとして二人にもミコトがこれからしようとしている事……というか半ば強引にやらされている事の趣旨を話してしまったのではないか? そう勘繰りたくもなる。

 その事とは別に、クズも先程からミコトがいくら呼びかけても「まあ、ワシは関わらん方が良かろう?」と言って、それ以上は黙ったまま。

 からかわれるのも嫌だが、ろくに反応もしてくれないと心細くもなる。

 そんなわけだから必然的に八雲と二人きりで帰る事になる。


「最後の授業、戻って来なかったけど何かあったの? 大丈夫?」

「ん……ち、ちょっとな……」


 八雲はミコトと京華が英語の小テスト後に抜けて、次の授業に戻って来なかった事を体調不良か何かだと思っているようだった。


(普通はそう思うよな……)


 ミコトは緊張の面持ちで、


「何だか皆んな居なくなっちゃったみたいだし、から二人で帰るぞ」


 と、「仕方ない」をヤケに強調した。

 ミコトの言動もどこかぎこちなく不自然さがあって、八雲は怪訝な顔をしていたが、その真意には気づいていないようだ。

 当然であろう。

 あの後、京華の言っていた事だが、八雲もミコトに引けを取らず、なかなかどうして鈍いところがある。


「良い? あんたがもっとプッシュしなきゃ、八雲とはそのままで終わっちゃうわよ!」


 そんなふうに脅しをかけられた。


「分からないでもないけどなぁ……」


 八雲と二人で校門を出たところで、無意識に思っている事が口をついて出てしまった。


「本当に大丈夫?」


 八雲はやはり心配そうにミコトの顔を覗き込むのだが、


「い、いや! な、な、何でもない!」


 ミコトは八雲に接近される度に妙に意識してしまって、どぎまぎしてしまう。

 もっと自然体に……とは思うのだが、頭で分かっていても、感情だけはどうしても抑える事が出来ない。


 いつもの商店街。いつも変わらぬ人の足も疎らな夕刻の通りは遅めの買い物をする主婦以外に下校途中の学生が往来する程度。

 そんな商店街をミコトと八雲は先程からひと言も発する事なく、脚に任せて淡々と歩を運ぶ。

 そんな中でもミコトの頭の中でグルグルと——それこそショートしそうな程に思考がフル回転していた。


(ど、どこで切り出す? いや、そもそも何て言えばいいんだ? どうする! 今か? いや、いきなりこのタイミングじゃ、おかしいだろ! もっと人気ひとけの無いとこでか? そ、それじゃあ何かいかがわしい展開を望んでるみたいじゃないか! あ、あたしは馬鹿か!)


 沈黙を守りながらも顔面は赤くしたり戻ったりを繰り返していて、まるで何かの警告灯が点滅しているかのようだ。

 そんなミコトが脳内で葛藤を続けていると、不意に八雲がとある場所で立ち止まった。

 ミコトは「どうするか」という事で頭がいっぱいであった為か、前を見ているようで見ていない。

 そのまま立ち止まった八雲にも気づかずに歩みを進めようとして、


「ちょ……! ミコト、危ないって!」


 八雲にグイッと手首を掴まれ、引っ張られた。

 見ればいつもの沢井川に架かる橋のたもとであったが、どうやら工事中のようで、パイロンとトラバーで通行止めになっていた。

 ところがミコトは気がつかずに、そのパイロンに突っ込もうとしていたところを危うく八雲が引っ張って止めた事で、下手をすると怪我し兼ねない事態を免れたわけだが……。


「ふ、ふひゃああぁぁぁっ‼︎」


 突然、八雲に手首を掴まれた事に動揺して、顔を真っ赤にしながら、手にしていた鞄で八雲の頭を思い切りぶっ叩いてしまった。


「ちょ、ちょっと! 何すんだよ!」

「え? あ……あれ?」


 ようやく状況を把握する。

 助けてくれた八雲に対して、とんでもない粗相をしてしまったのだという事に……。


「ご、ごめん……八雲!」


 慌てて八雲の額に手を当てて鞄で叩かれたところを見ると、痣になりそうな傷では無いが、やはり赤くなっていた。


「いや、別に良いんだけど……どうしちゃったの? さっきから何だか変だよ?」

「あ……いや、その……考え事してて……ごめん……」


 ミコトにしては珍しく——恐らく彼女にとっては最大限の謝罪であろう——深々と頭を下げて謝る。

 これから告白しなきゃならないのに、これでは余計にそのタイミングを失ってしまう……というか、嫌われてもおかしくない。

 そんな不安がぎった。


「まあ、ミコトが大丈夫なら良いんだけどさ……。何か困り事でも有るんなら聞くよ?」

「あ……うん……。ありがと……」


 ミコトの不安など杞憂でしかなかった。

 それどころか八雲は心配までしてくれている。

 ミコトの胸が早鐘を打つようにドキドキとして止まらなかった。

 しかし……やはり切り出せない。

 相変わらず何と言えば良いのかも見当がつかないし、何かこれまで築き上げて来た全てが崩れ去ってしまうような……そんな気がした怖くもあった。


「さっきホームルームで言ってたんだけど、この間の工事に欠陥があったみたいだね。だから、また工事のやり直しだってさ」


 橋の話らしい。

 ミコトはホームルームにも出ていなかった為に知らされていない事であったが、恐らくホームルームに出席していたところで聞いてはいなかっただろう。


「あ……そ、そう……。そうなの……か……」


 結局、話が橋の方へ逸れてしまった為に絶好のタイミングを逃してしまった。


(どうしたら良いんだぁぁぁ!)


 ミコトは叫びたい衝動に駆られた。


 橋は迂回するしかない。

 川沿いに川上の方まで行き、唐草橋を渡る事になる。

 このルートはクズがミコトに取り憑いた藤野稲荷神社の前を通るルートであり、その手前にはミコトにとって忌まわしい記憶の残るトンネルがある。


「あのトンネル通らなきゃいけないけど……ミコト、大丈夫?」


 八雲もミコトの身に起こった忌まわしい事故の記憶を覗き見た事がある。トラウマを抱えている事も知っていたから、トンネルが目前に迫った辺りで、少し不安げにミコトの様子を窺っていた。


「大丈夫。あんまり好きにはなれないけど、前ほど嫌じゃなくなった。ただ歩いて抜ける分には何とも無い」


 少し……ほんの少しだけ表情は強張っていたが、ミコトはテクテクとトンネルの中へと足を運ぶ。

 八雲も心配そうに見守りながらも、彼女のあとに続いた。

 その時である。


——キキィィィッ! キュルキュルキュル‼︎


 猛スピードでミコト達の傍を通り抜けた一台の車があった。

 危うく接触しかけて八雲はミコトの手を引き、トンネルの壁際に避ける。

 殆ど暴走車両と言っても良い、その車はあっという間に二人の視界から消えて行った。が、どうも見覚えのある車であった。


「あの車……確か素甘さんの……?」


 そう言ってミコトに意見を求め、確認しようとするも……ミコトの様子が明らかにおかしい。


「あ……ああ……」


 顔面蒼白でガタガタと全身を震わせている。


「ミコト……?」


 八雲が声をかけるも、ミコトは脂汗を額に滲ませ、高熱に浮かされるが如く、


「ううあ……ああ……!」


 苦しそうに喘いでいるだけだ。


「む……? ミコト? 如何したのじゃ?」


 クズが問いかける。

 が、その声は何度か呼びかけを繰り返すうちに、徐々にノイズが入って不鮮明になって行く。そしてミコトの頭の中から消えた。

 ひと言……「いかん……」という言葉を残して……。

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