4.鈍いミコトさん

 昼休みはいつものグラウンド隅にあるプレハブ小屋の裏でランチとなった訳だが、八雲をミコト達に遅れること十分ほどで合流した。

 八雲は先ほど雲辺寺花蓮と会っていた事には一切触れず、何事も無かったかのように購買部で買って来たであろうハムカツサンドを頬張っている。

 ミコトが不思議に思ったのは、八雲が先ほどの事を話そうとしなかったばかりか、それについて京華も鉄平を一切訊こうとしなかった事である。

 京華は何やら察していたようだが、問題は鉄平だ。


(こいつはあたしと一緒で何も分かって無い筈……。なのに、何で訊こうとしないんだ? 分かってない事が恥ずかしいから分かってるフリしてるだけか?)


 とも思ったのだが、それは直ぐに己の中で否定した。

 鉄平は分かっていない事を恥ずかしいなどと思うような男ではないという事だ。


(って事は、分かってないけど何か込み入った事情だという事だけは察して訊こうとしないのか……)


 必要以上に他人の内情に立ち入らない。それが鉄平の性分である。


(何か……この中であたしが一番分かってないみたいじゃないか! 腹立つ……)


 ミコトは無言でツナサンドを食みながら、敵意剥き出しの目で鉄平を睨みつける。

 そんな理不尽極まりない理由で睨まれているなどとは露ほども知らず、鉄平は、


「ん? オレの顔に何か着いてるか? ——ぶぺっ!」


 問いを投げかけるなり、即座にミコトから今し方潰したばかりのバナナオレの紙パックを顔面に投げつけられた。

 なかなか頑丈な作りだから、潰してペシャンコになっている紙パックが鼻頭に当たると意外と痛い。


「んだよぉ⁉︎」

「脳筋バカのクセに生意気だ」

「はあ……?」


 不条理にも程がある。が、それでも言い返さないのが鉄平の良いところだ……と、京華と八雲は苦笑いしながら見ていた。

 抜き身の刀のようなミコトに、八雲が鞘のような役目なら、鉄平は暴言も暴力も全てその身に受けるサンドバッグのような役目といったところか。


「八雲! さっきは——むぐっ!」


 思い切ってミコトが事の真相を尋ねようとすると、京華は血相を変えてミコトの口を押さえつけた。


「ん? どうしたの?」

「あ、ああ! 何でも無いのよ。ミコトがちょっと具合悪いって言うから……ホホホ!」


 口を塞がれてジタバタと暴れるミコトを京華は無理矢理引きずり、プレハブ小屋の表へと回って、八雲や鉄平と離れたところでようやく解放した。


「ぷはっ! な、なにすんだ!」

「あんたねぇ……。ああ、とにかく後でアタシがゆっくり話して聞かせてあげるから、今はあの事に触れるんじゃないわよ?」


 それだけ告げると京華は八雲や鉄平達のもとへと戻って行く。

 釈然とせずミコトは小首を傾げる。すると……。


「ミコトよ……今は京華の言う通りにせよ。おぬしは鈍いどころか奥手過ぎて何も分かっとらん」


 クズにまで注意された。

 本当は「鈍いとか奥手とか何の話だ!」と文句のひとつでも言ってやりたいところなのだが、すぐ裏手に京華や鉄平がいるため、こんなところでクズと言い合いをするわけにも行かない。

 結局、昼休みが終わるまで、四人で当たり障りの無い雑談を交わして教室に戻ったのだが、一人蚊帳の外に置かれた気分のミコトは口数も少なかった。

 それに昼休みは最後まで一度も顔を見せなかった瑞木の事も少々気になった。


(何だかバラバラだ……)


 ここのところ別行動やすれ違いが多いように感じられる。その事がミコトには少し寂しく感じられた。


 昼休み後は予定通り英語の小テストが行われた。

 終わると「問三の答え何にした?」だとか、「うわっ! 違うの選んじまったぁ!」だとか、皆一様に答え合わせに余念が無く、安堵と悲鳴がそこかしこで起こる。テスト後ならではの光景だ。

 そんな中でもミコトや八雲、瑞木といった成績上位の者は話を合わせるも、さほど動じた様子も無い。

 鉄平などはハナから諦めているから「終わったからガッツリ肉食いてぇなぁ」などと言って、すっかり頭を切り替えているから良いが、京華は数日間断食でもしていたかの如く憔悴し切っていた。

 事前にミコトからノートを見せてもらう事を忘れ、結果、物の見事に轟沈したようである。


「京華ちゃん、ゴメンね〜」


 瑞木は自分がノートを見せられなかった事を謝るが、京華はミコトのノートを見せてもらうつもりでいたのだから瑞木が謝る事でもない。

 そのミコトはというと、


「まあ、どのみち付け焼き刃じゃ無理だったと思って諦めるんだな」


 と、まあ何とも彼女らしいドライな言いようである。

 京華は突っ伏していた机から顔を上げると、前の席に座って京華の顔を覗き込むようにしているミコトを見据える。

 目が座っていた。


「な、なんだ? あたしが悪いわけじゃないだろ? 恨み言なら聞かないぞ!」


 狼狽え気味なミコトの手首をむんずと掴むと、京華は立ち上がって教室の外へと引っ張って行く。


「わっ! ちょ、ちょっと! なになになに⁉︎」

「良いから!」


 呆気に取られて見送る八雲や鉄平、瑞木をその場に残し、京華はミコトを引っ張ったまま、ズンズンと廊下を進み、階段を最上階まで上って行った。

 最上階は屋上へと出る扉があるのだが、鍵穴に差し込んだ鍵が根元から折れて、そのまま鍵穴を塞いだ状態で数ヶ月は放置されている。それ故、屋上に出る事は叶わない。

 京華は扉の手前に腰を下ろすと、ポンポンと自分のすぐ隣りの床を叩いて、ミコトに座るよう促した。


「何なんだ? こんなとこまで連れて来て」


 ミコトはずっと掴まれて赤くなってしまった手首を摩りながら隣りにペタンと腰を下ろす。


「昼休みの事よ。この後の授業……たまにはサボっても良いでしょ?」

「え……? ま、まあ……そんなに大事な話なら……」

「大事も大事。ミコトにとっては特にね……」


 神妙な面持ちの京華に気圧される形となってしまい、ミコトは非常時であったタタリモッケの一件を除き、初めて正当な理由も無く授業をサボる事になってしまった。

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