4.伊予の立場

 ミコトが下手に誤魔化そうとした為に墓穴を掘り、余計な時間を取られてしまった。

 大分、打ち拉がれてはいたが、切り替えの早いのがミコトの良いところ。


「急ぐぞ」


 そう言うなり八雲を連れて、昨日と同様、中等部の校舎へと足早に向かう。

 ただ、今日は半日授業であったし、伊予も特に部活などには参加していないようである為、先に学校を出てしまっているかもしれないという懸念はあった。

 しかし、ミコトの懸念は間もなくして杞憂に終わった。


「あ……ミコト先輩!」

「おっ!」


 ミコト達が中等部の校舎へ行くまでもなく、連絡通路に差し掛かったところで、こちらに向かって来る伊予と鉢合わせしたのだ。


「良かったぁ……。まだ帰ってなかったんですね」

「あれ? って事は、伊予もあたしに何か用があったのか?」


 すると伊予は大きく頷く。

 焦らずとも、お互いに同じ事を考えていたようだ。

 ともあれ、下校前に会うという第一目的は果たせた。問題はこんな人気ひとけの多い場所で話せる内容では無いということ。


「ちょっと付き合ってもらうぞ」

「え? あ……はい……」


 ミコトに言われるままに、伊予は小さな体をより小さくして着いて行く。


(何だかなぁ……)


 二人のやり取りは間近で見ていた八雲は笑顔の中に苦い色を浮かべていた。

 もともと言い方のキツいミコトがあんなふうにか弱い後輩の女の子を連れ行く姿は、何も知らない他人が見たら、まるで体育館裏で焼きを入れようとでもしているかのように思われそうだ。


 ミコトが伊予を連れて来たのは不良が焼きを入れる場所の定番である体育館裏……ではなく、時々ミコトたちが昼休みに集まっているグラウンド隅にあるプレハブ小屋の裏であった。

 ここならば滅多に人が来る事も無いし、座って話すのにおあつらえ向きの一斗缶やら古びたビールケースやらが置いてある。

 伊予は逆さにしたビールケースにちょこんと座ると、ひと言……。


「昨日はすみませんでした」


 ペコリと頭を下げた。


「いや、別に伊予が謝る事じゃないだろ。確かに人と化け狸のハーフだって事には驚いたけど、そんな事やたらと公言できないからな」


 しかし、伊予はわたわたと両手を振り、


「あ、いえ! その事じゃなくてですね……」


 一瞬、続ける事を躊躇ってから辺りに誰も居ない事を確認する。どこか慎重になっているようで、再び口を開くのに時間がかかった。


「昨日……というのは、ミコト先輩たちと別れた後の話です。化け狸に襲われたとか……」

「ああ……」


 やはり伊予と繋がりがあったようだ。

 恐らく昨日の化け狸から直接なのか、それとも別のルートからなのか、伊予も話は聞いたのだろう。


「別に襲われたって程の事じゃないけどな。ちょっと脅しをかけられただけだ」


 ミコトは屈託無く笑うと自分の鞄からプラスチック容器を取り出す。中には三色団子が三串入っていて、そのうちの一本を伊予に差し出した。

 八雲にも一本渡す。

 ミコトが贔屓にしている和菓子屋『土方庵ひじかたあん』の三色団子だ。


「ここの三色団子は美味しいんだぞ〜。あたしのコレも土方庵で貰ったんだ」


 そう言ってミコトはヘアゴムに付いている三色団子の飾りを得意げに指差した。

 店でやっていたキャンペーンのオマケで貰った物だと言うが、何故ヘアゴムなのか……おかしな事を考える和菓子屋である。

 大体、登校途中に立ち寄って買って来たのだろうが、そんな時間から店を開けているというのも、相変わらず商売のしかたが妙な店だと思う。

 それはさておき……。


「昨日、わたしも知り合いから聞いて驚きました。キンツバちゃんには、わたしからキツく言っておきましたので……」

「「キンツバちゃん?」」


 ミコトと八雲は口を揃えて、そして同時に首を傾げる。


「あ……キンツバちゃんというのは、昨日、ミコト先輩たちを襲った化け狸です。わたしもその話を善哉ぜんざいさんから聞きまして……」

「はあ……善哉……」


 ゴクリと喉を鳴らす。

 現在進行形で三色団子を口にしているのに、お腹が減って来た。


「ミコト先輩たちには詳しい事情を知ってもらった方が良いと思うので、明日にでも化け狸たちに会って貰えないでしょうか?」

「あたしは別に構わないけど……」


 ミコトは横目で八雲をチラッと見る。やはり相談できる相手がクズだけというのには不安が残るし、八雲が居てくれた方が何かと助かる。

 八雲はそう来るだろうと予測済みであったようで「いいよ」と人のいい笑顔で答えてくれた。


「良かった……。じゃあ、明日朝に広報担当の素甘すあまさんがお迎えに上がりますので……」

「はあ……広報担当……」

「素甘さん……ね……」


 いったい、化け狸の社会はどうなっているのだろう?

 それに何故、甘味の名前ばかりなのか……。ツッコミどころ満載であった。


「化け狸って、そんなに居るのか?」

「そうですねぇ……。この近辺ですと十人前後ですけど、召集をかければ関八州かんはっしゅう八百八狸が集まりますよ?」

「な……⁉︎」


 伊予は事もなげにとんでも無い事を言い出した。

 そしてミコトや八雲以上に驚愕したのはクズである。


「関八州八百八狸じゃと⁉︎」


 興奮した様子で、張り裂けんばかりの大声がミコトの頭の中でガンガンと響き渡っている。まるで釣り鐘の中に立たされた状態で、鐘を突かれた様な気分だ。


「クズ……うるさい……」


 しかし、ミコトの文句も完全に無視してクズはなおも捲し立てる。


「その昔、四国八百八狸というモノどもは歴史にも名を残した程の存在で、隠神刑部いぬがみぎょうぶ狸を頭目として伊予松山藩のお家騒動にも関わった化け狸どもの軍隊のようなものじゃ! しかし、関八州八百八狸というのはワシも初めて聞いたわい! その存在がまことであれば、この関東の地にも化け狸の軍があるという事になろう」

「へぇ〜。でもさ……召集をかければって事は伊予はそれだけの権力を持ってるって事なのか?」


 すると伊予はやや困ったように眉を下げ、決まり悪そうに、


「祭り上げられてるだけなんです……」


 消え入りそうな声で、そう答えた。


「隠神刑部と並ぶ伝説の化け狸である太三郎狸の末裔のわたしがたまたま関東に居たという、ただそれだけの理由で……」

「関八州八百八狸の大将をやらされてるのか?」


 伊予は力無く頷き、それ以上は押し黙ってしまった。

 何やら、ますます根の深い話になって来た。

 気弱な伊予は不本意にも、その血脈から関八州八百八狸の大将に祭り上げられ、その姉である雲辺寺花蓮は八百八狸の存在はおろか、伊予が化け狸である事すら知らない。

 姉と妹で溝が深まっている中、伊予がそのような存在である事が知られてしまえば、最悪、雲辺寺家には居られなくなるかもしれない。

 そういう事なのだろう……と、ミコトも八雲も、そしてクズもここまでは理解出来た。理解出来たのだが……さらに厄介な事実がある事をミコト達はまだ知る由もなかった。

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