3.致命的勘違い

 伊予と純粋な化け狸にどういう繋がりがあるのか……。

 化け狸から脅しをかけられはしたが、直接本人に訊いてみる必要があると思った。


(一方的に関わるなって言われても、理由が分からなきゃ納得できる訳ないだろ)


 ならば学校に居る間に訊いてみれば良い。

 昨日、クズも言っていた。


人気ひとけの無い場所ならともかく、学校のような人で溢れかえっておるところに危険を冒してまで化け狸が乗り込んで来る事もなかろうて。奴らは他のあやかしと異なり、半獣の姿では人に見られてしまうからのう」


 言われてみればそうかもしれない。

 あやかしであるとは言え、もともとは狸である。人の姿に化けられる者なら、人の目も欺けようが、原形である狸そのものの姿や半獣の姿では、そうはいかない。

 そこが変化へんげの術を操るあやかしの弱点であるのだそうな。

 ただ、問題はどこでどう切り出したら良いものか……。

 伊予が太三郎狸の末裔である事を既に承知している八雲であれば聞かれても構わないが、その事実を知らない他の者の前で話をする訳にはいかない。

 加えて、伊予の方が昨日の化け狸の存在を知っているかどうかという事である。


「どう思う?」


 今朝方、クズにそう尋ねたが、


「こればかりは直接訊いてみぬ事には何とも言えぬのう……」


 と、分かっていた事とはいえ、クズにしては珍しく自信の無さそうな回答であった。

 いずれにせよ、そこにはまだミコト達の知らない深い事情が有りそうである。直接本人に訊いて真相を確かめる必要はあった。

 そうでなければ、ただ化け狸の影にミコトも八雲も怯えながら暮らさなければならない事になる。そんなのは御免だ。


「八雲……また放課後……良いかな?」


 京華たちには気づかれないよう、休み時間にソッと耳打ちしておいた。

 余程の用が無ければいつも一緒に帰る京華や瑞木、鉄平たち。三人には適当に言って誤魔化すしか無い。

 しかし、その適当に誤魔化した事で、却って的はずれな誤解を招く事になるとはミコトも想定外であった。


「ははぁ……ミコトもようやくその気になったかぁ」


 京華はニヤニヤと何やらいやらしい笑みを浮かべた。


「は……?」


 意味がわからずミコトはキョトンとする。

 ミコトはただ「八雲と大事な話があるから、先に帰っててくれ」と言っただけだった。

 しかし、これには京華のみならず、瑞木までも頬をあけに染めて、


「うん……ウチも上手く行くようにお祈りしてるから頑張って」


 などと、よく分からない事を言い出した。

 鉄平だけは全く飲み込めていない様子で、


「よく分かんねぇけど、瑞木が頑張れって言ってるって事は応援しなきゃならねぇ事みてぇだな。とりあえず頑張れよ!」


 と、ただの便乗発言であったが……。

 しかし、当のミコトは何を勘違いされているのか、この時点では分かっていなかった。

 すぐ近くにいた八雲は察していたらしく、僅かに顔を赤くして、


「ミコト……そういう言い方したら……」


 と、か細い声で誤解を解こうとはしたが、京華や瑞木の反応は変わらなかった。


「いやぁ……明日は赤飯おにぎりでも買って来るわ!」

「き、京華ちゃん……それはまだちょっと早いかと……。あ……でも、二人が納得尽くなら或いは……」


 勝手に妄想を膨らませて盛り上がっている。

 そこまで言われて、ようやくミコトも何を勘違いされているのか、そして自分の言い方がこの上なくマズかった事に気がついて、急に耳まで赤くした。


「ち、違う! そういう事じゃなくて——」


 言いかけたが言葉に詰まる。

 伊予のところへ行って話を聞くと正直に言ってしまえば、ならば何で自分達も一緒じゃないのかと京華に問い詰められるに決まってる。

 今さら、どう説明して良いものやら……上気した頭をフル回転させるも思考が纏まらなくなってしまっていた。


「まあいいから、いいから。でも結果は聞かせてよね」

「いや……だから……そうじゃなくて……うあぁ!」


 ミコトが必死に弁解しようとするのだが、結局のところロクに説明も出来ず、京華たちはお見合いの席を外す仲人よろしく優しい微笑みを浮かべて教室を出て行ってしまった。


「あ……ああ……。えらい事になった……」


 ミコトはガクリと床に両手をつき、四つん這いの状態で、まるでこの世の終わりのような顔をしている。

 明日は学校も休みだし、次の月曜日にどういう顔で京華たちに再会すれば良いのか途方に暮れてしまった。


「つまらん小細工など使うからじゃ。初めから何も言わずにさっさと出て行ってしまえば妙な勘繰りされずとも済んだであろうに」


 一部始終を聞いていたクズは「自業自得じゃな」とせせら笑うだけで助言もしてくれない。

 それどころか、


「一層の事、嘘から出たまことにしてしまってはどうじゃ?」


 などと、ミコトにとっては冗談で笑い飛ばせない事を言い出す始末。


「バ、バ、バカか! そ、そそ、そんな事できるわけ無いだろ!」


 ゼンマイ仕掛けのオモチャのように両手をブンブンと振り上げて憤慨しているが、殆どパニック状態と言って良い。

 八雲にはミコトとクズの会話までは聞こえないが、ミコトの様子を見ていて、何を言われているか大方は予想出来たし、自分も当事者であるのに、慌てるミコトの姿には思わずクスッと笑わずにはいられなかった。


「な、なに笑ってんだ! 八雲! おまえだって無関係じゃないんだぞ!」

「いや、分かってるけどさ……何となくね……」


 照れ臭いよりも、ミコトの反応のおかしさの方が勝ってしまったのである。


「ま、まあ、勘違いは勘違いなんだし、誤解を解く方法はまた考えるとして……今は伊予ちゃんが帰らないうちに、早く中等部へ行こうよ」


 そう言って八雲はミコトの手を取って立ち上がらせようとするのだが、ミコトはその手を握ろうとして……一瞬、躊躇ってから振り払った。


「おまえ……随分と楽観的になったな……」

「そうかなぁ? ミコトが気にし過ぎなんじゃない?」


 笑って見せる八雲に、ミコトはどこか懐かしさを覚えた。


(まるであの頃に戻ったみたいだ……)


 今のミコトにとっては黒歴史にも等しい、気弱で泣き虫だった頃……。

 あの頃、頼もしいと思っていた八雲をいつしか自分が守ってやらなきゃいけないという気持ちに変わっていったのに、また立場が入れ替わってしまったように思えた。

 それがクズのよく言う「成長」というものなのかは分からない。

 けれど、ミコトにはそれが嬉しくもあり、どこか寂しくもあった。

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