5.そっちの趣味は無い
「何か後ろめたい事でも有るのか?」
「い、いえ! そういう訳では……」
どうも伊予は引っ込み思案なタイプのようで、話すということ自体があまり得意では無いらしい。
他の相手がこんなふうにしていれば、ミコトも直ぐにイライラして怒り出しそうなものだが、気の弱そうな伊予の事だ。泣かれでもしたら困る。
根気よく待ってやるしかない。
「えっと……授業が早く終わったんで、ミコト先輩の体育の授業を見学しようかと思って……」
何の事はない。ただ、それだけの事だ。
ミコトは返答を待たされた事と安堵で、ふゅ〜っと口笛を吹いているかのような音を立ててため息をついた。
「ミコト、聞いたよ? この子、あんたの弟子になりたいんだって?」
「ああ……それね……。時代錯誤な話だろ?」
ミコトに「時代錯誤」などと言われたものだから、伊予は急にしょんぼりしてしまう。
「そんなこと言っちゃってさぁ。可愛い後輩の頼みだよ? 弟子にしてあげたら良いじゃない」
「あのなぁ……
勝手な事を言ってる京華に対してミコトは口を尖らせる。
大体、弟子にしたところで自分は何をしてやれば良いのかも分からないし、伊予がミコトの弟子になりたいという理由だって、殆どミコトへの憧れに過ぎない。これじゃあ師弟も何もあったものじゃないと思う。
「弟子だったら、まずはミコトの身の周りの世話からじゃねぇか?」
「あたしは相撲部屋の兄弟子か!」
鉄平の本気のボケにミコトは先程まで額に
乗せられていた濡れタオルの端を掴むとスナップを利かせて、鞭のように鉄平の頬を
「はびぇっ!」
タオルは湿っているぶん重みがあるから、横っ面にクリーンヒットを受けた鉄平はどこぞの怪鳥のような声を発してよろけた。
だが、いつもなら鉄平の言う事に賛同することなど殆ど無い京華は、今回ばかりはそんな鉄平の言う事に変な顔ひとつせず、それどころかコクコクと一、二度頷いて見せる。
「まあ、鉄平の言う事も一理あると思って、あんたの着替えは伊予ちゃんに任せたよ?」
「は……?」
よく見れば、さっきまで体操着姿だった筈なのに、いつの間にか制服を着ている。ミコトは言われて初めて気がついた。
「僭越ながら着替えをさせて頂きました……」
などと言って伊予は顔を赤らめているではないか。
「いやいや……何でそこで恥ずかしそうにしてんだ」
寧ろ恥ずかしそうにするのはこっちの方だと突っ込んでやりたくなる。
とはいえ、別にこっちも女子、この子も女子なのだから少なくともミコトは恥ずかしいとも思わないが……。
「いやぁ、服脱がせる前にアタシがミコトのパンツはいつも赤黒の縞パンだって教えてあげたら、この子緊張しちゃってねぇ。可愛いったら」
「なぜ、それを教える必要がある⁉︎ それを教える事に何の意味があるんだ!」
そりゃあ確かに同じ柄の下着しか着けてないけれど、京華はそのネタが面白いらしく、何かというとミコトのパンツに関して
「本当に赤と黒でした……」
そう言って一層赤くなる伊予。
「あらためて言わなくてもイイだろ! あ、あたしが恥ずかしくなる!」
これが京華や瑞木たちだけなら良いのだが、ミコトとしては八雲の目の前でそんな事を言われるのが気恥ずかしくてならない。もちろん、京華たちと普段から一緒にいる事が多いから、今更隠すまでもなく八雲も知ってはいるのだが……。
ちなみに鉄平に関しては眼中に無かった。
「いつも同じのを穿いてるんですか?」
「そんなわけ無いだろ! 同じ柄のをいくつも持ってるだけで毎日替えてる!」
「そ、そうですよね。ビックリしました……」
この子も瑞木に負けず劣らず天然キャラのようだ。
それどころか……。
「でも、素敵です」
などと言い、頬を紅潮させている。まさかとは思う……が、嫌な予感がしてならない。
「あのさ……伊予って、そういう趣味あるの?」
「え……? さ、さあ……。よく分からないです」
ミコトは「そういう趣味」としか言ってないのに、即座にそれが同性愛を意味していると理解しているのだから、ますます怪しい。
「そこは否定してくれないか? 言っとくけど、あたしはそういう趣味無いから」
げんなりしているミコトをよそに、京華はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、
「ははぁ……ひょっとして伊予ちゃんって、ミコトの事をそういう目で見てるのかしらぁ?」
からかうように伊予の脇腹をつつく。
それに飽き足らず、戸惑う伊予が面白いものだから、
「ミコトと二人っきりでエッチな事なんてしてみたいんじゃない?」
だんだんと悪ノリして来た。
伊予は真っ赤になってぶるぶると首を振るが、どこかまんざらでも無いといった顔でもある。
いい加減、ミコトも京華の悪ノリを止めようかと思ったその時——
「京華ちゃん……そろそろオイタが過ぎるんとちゃうかなぁ……」
隣りのベッドに腰掛けていた瑞木がゆらりと立ち上がり、口を三日月状に歪めて微笑していた。しかし、口もとで笑ってはいるが、目が笑っていない。
もともと大阪出身の瑞木は、特定の場合のみ一同の前で大阪弁になる事がある。
ひとつは興奮したとき。ひとつは親と会話しているとき。そしてもうひとつは……滅多に怒る事のない彼女が怒ったときであった。
「あ……すみません……瑞木さん……」
京華は当然だが、ミコトも八雲も鉄平も……瑞木の事をよく知らない伊予を除いては全員がその場で青い顔をしていた。
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