4.強打

 この日最後の授業は体育であった。

 八雲や鉄平といった男子はグラウンドで何かやっているらしいが、ミコトや京華、瑞木など女子は体育館でバスケットボールである。


「瑞木、行ったよ!」

「ふえ〜? はぶっ‼︎」


 ミコトが折角声をかけたのも虚しく、瑞木はボールを顔面で受け、そのまま尻もちをついてしまった。


「ミコト〜。鈍臭い瑞木をアテにしちゃダメだって」

「鈍臭いて……京華……。おまえも大概に酷いな……」


 まあ、確かに瑞木は普段からおっとりしてる分、スポーツは……色々と残念な部類であった。


「うう……痛い〜」


 瑞木は鼻頭を赤くして涙目になっている。


「あ〜、えっと……ごめん……瑞木」


 バツが悪そうに体操着のクォーターパンツをクイッと持ち上げると、ミコトは手を差し伸べて瑞木を起こしてやった。

 なんだかんだでこういう時は非常に友達思いである。


「あ、あはは……ありがとう、ミコトちゃん。ウチ、鈍臭いからぁ」

「いやいやいや! 今のはあたしが悪かったんだ! それに誰にだって得意不得意はあるから気にするな」

「えへへぇ〜。やっぱりミコトちゃんは優しいね」

「んなっ……⁉︎」


 ミコトは耳まで赤くして絶句する。

 唐突に褒められるのは、やはり苦手だ。


「そういうこと言われると調子狂う……」

「そう?」


 瑞木はまるで理由を分かっていない様子。

 天然素材な女の子だから嫌味や皮肉で言ってるわけじゃない事はよぉ〜く分かっている。分かっているだけにミコトは余計にきまり悪くなってしまうのだ。


「ほらぁ! ミコト、早く!」

「はいは〜い」


 京華にせっつかれて再びプレイを開始した。

 ミコトは言うまでもなく上手い。勉強だけでなくスポーツも万能だから、体育の授業でも大いに活躍する。

 京華も……勉強はイマイチだが運動神経は悪くない。

 事こういった団体競技になると幼馴染みであるミコトと京華はコンビを組んでプレイする事が多いが、普段はミコトが京華に文句を言ったり、京華がミコトの弱みをチラつかせて黙らせたりといった仲なのに、こういった場面では実に息がピッタリである。

 京華がドリブルでフリースローライン辺りまで進むが、相手チームの二人に壁を作られる。


「京華!」


 すかさずミコトがその脇を縫うように走り抜け、パスを求めた。

 京華は頷くと、すぐさまミコトに合わせてパスを送る。

 京華からのパスを受けた、その時だった。


「ん?」


 体育館の鉄扉の傍らに体操着ではなく、制服姿の女の子の姿があった。

 ミコトは……偶然、目に飛び込んで来たその女の子の姿から目が離せないでいた。


「な……」


 だって、その子は……。


「ん……」


 弟子入り志願をした……。


「で……⁉︎」


 ——ゴッ‼︎


 伊予という少女……と気を取られている間にミコトは突っ走り過ぎた。余所見をしながら走り続けていた為に体育館の壁にそのまま突っ込み、横っ面をしこたま打ち付けて倒れる。

 そこでプッツリと意識が途絶えた。


 気がつくとミコトはベッドの上に寝かされていた。

 天井から薄桃色のカーテンが吊り下げられていて、ベッドの周囲を囲っている。

 どうやら保健室のようだ。

 上体を起こすと額に乗せられていたであろう何かがポトリと落ちた。濡れタオルだった。


「あたし……何でここに……」


 ボ〜っとする頭で記憶を辿ってみる。が、思い出すよりも先にクズの声が頭の中に響いて来た。


「大丈夫か? おぬし、籠球の最中に壁に激突して、ここに担ぎ込まれたのじゃ。脳震盪のようじゃのう」

「籠球? あ、バスケか……。そう言えば確か——」


 ようやく思い出したところで勢いよくカーテンが開放された。そして小さな体がミコトに飛びつく。


「先輩!」

「うわっ! 何だ何だ⁉︎」


 よくよく見れば伊予ではないか。

 その後ろに京華や瑞木、八雲に鉄平といつものメンバーが勢揃いしている。


「ミコト先輩! 心配したんですよ! うう……」

「え? いや、だって……」


 思いがけないところに伊予が居たものだから、驚きのあまり壁に接近している事に気づかず激突してしまった訳だが、心配そうにベソをかいてる伊予の姿を見せられてしまうと、さすがのミコトでもそんな事は言えよう筈もなかった。


「ミコト、大丈夫? 凄い勢いで壁に激突してピクリとも動かなくなったって聞いたからさ」


 八雲も縋りつく伊予の肩越しにミコトの顔を覗き込む。

 瑞木などは目の前で見ていた分、よほど心配だったのだろう。ミコトが目を覚ました事で「良かったぁ〜! 良かったよぉ〜!」と、人目も憚らずボロボロ涙を零していた。


「大袈裟だなぁ、瑞木は」


 と、言って苦笑したものの、心配かけてしまった事は確かだし、


「ごめん……」


 素直に謝った。


「でもよ……ミコトが脳震盪起こして保健室に担ぎ込まれるなんて前代未聞じゃねぇか? ミサイル撃ち込まれても生きてそうなのにさぁ」

「おい……そこの肉ダルマ……。おまえは一度、簀巻きにしてボクシングジムにでも寄付してやろうか?」

「サンドバッグか? サンドバッグにする気か⁉︎」


 鉄平はこう……余計な事さえ言わなきゃ、ミコトに殴られたり蹴られたりせずに済むのに……と、この場にいた八雲たちは思った。

 それでも……鉄平は鉄平で心配していて、敢えて道化に徹しているという事はミコトも承知している。

 だから表向きは物騒な事を言っていても、今度ばかりは本気で手を上げようなどと思っていない。

 放課後であるにもかかわらず、こうして皆んな残ってくれていたのが何より有り難かった。


「ところで伊予だっけ……? 何であんなとこに居たんだ?」

「あ……えっと……」


 伊予はミコトの体から離れ、何やら言いづらい事でもあるのか口ごもってしまった。

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