6.知らぬが仏

 随分と話が脱線してしまった。

 ミコトも右の額が少し赤く腫れていたものの、調子は良くなっていたため、皆んな揃って帰る事にした。


「伊予は家どっちなんだ?」

沢井川さわいがわを渡った先までは一緒です」


 沢井川というのはミコト達の通学路途中を分断する二級河川で、上流へ行くと唐草橋からくさばし、そしてその先にミコトが幼い頃に父を亡くした因縁のトンネルがある。

 以前は何となく、そのトンネルを通るのが苦手だったが、タタリモッケ退治の際にミコトも父の死を目の当たりにした事故当時の記憶が戻って、そこから立ち直る事が出来た為に今では前ほど通るのに嫌な気分にはならなくなった。

 もちろん、登下校の際はわざわざそんな遠回りをせずとも、学校前の通りから一直線に沢井川に架かるコンクリート製の橋を渡れば良いので、川沿いを遡る必要は無い。

 鉄平だけは学校前で別れるために一緒に下校という事にはならないが、彼も「今日は部活に出る気分じゃねえ」と、ミコトたちと一緒に学校を出た。


「あいつ……一年なのに、気分で部活に出る出ないを決めちゃってイイのか?」

「さあ……。先輩からは頼りにされてるって言ってたけど……本人の言うところだからね」


 そう言って八雲は苦笑い。

 そう言えば男同士だからなのか、鉄平の部活での様子は、このメンバーでは八雲しか聞いていない。

 まあ、ミコト達が聞こうとしないというのもあるが……。

 そんな訳で、途中までは鉄平を除く五人という事になる。


「あらためて訊くけどさぁ……ミコトに弟子入りして何を学びたいって言うの?」


 京華の質問にミコトと八雲はあっとなった。

 思えば余計な話ばかりしていて、根本的な事を失念していた。


「それは……立ち居振る舞いとか考え方とかを身近に居て参考にさせて頂こうかなぁと思ってます」

って……弟子にするなんてひと言も言ってないんだけど……」


 何だか勝手に話が進んでしまっている気がする。


(何で師匠みたいな扱いになってるあたしが蚊帳の外なんだ?)


 よく見ればミコトだけが五人の中で一人だけ後ろを歩いている。

 一方、京華、瑞木、八雲は伊予に興味津々で、彼女を取り囲むようにして話を聞いているが、当該者である筈のミコトだけが、そこはかとなく疎外感を抱くような状況となっていた。


(まあ、いいけどさ)


 心の中でそう呟きつつも、表面ではふてくされていた。


「ミコトの立ち居振る舞いを……ねぇ……」

「あははぁ……」

「それは……反面教師として……なのかな?」


 京華、瑞木、八雲と揃いも揃って乾いた笑みを浮かべている。

 しかし、恋は盲目とでも言おうか……もはや信者と化してしまっているこの後輩には三人の反応が伝わっていないようで、飽くまで真剣に、熱意が込められていた。


「あ〜、あのね……。悪い事は言わないから、ミコトを見習うのは……うん……オススメできないかなぁ〜」

「ウ、ウチも……それはちょっと違うかなぁって……」

「多分、友達が減ると思う……」


 二、三歩後ろをミコト本人が歩いているのに言いたい放題だ。


「お、おまえらなぁ……あたしを何だと——」

「どうしてですか?」


 ミコトが文句を言う以前に、伊予が少しムッとした顔で問い詰めた。

 信じ切っている伊予の前でミコトを悪く言うと、さすがに気弱そうな伊予でも異を唱えて抗おうとするようだ。

 これには京華たち三人も困って顔を見合わせる。


「ふふん。弟子にするかどうかはさておき、おまえらと違って、ちゃんと正当な評価をしてるな。なかなか見どころはある」


 ミコトは鞄から昼休みに買っておいたバナナオレの500mlパックを取り出すと、得意げになってグビグビと飲み始めた。


「どうしてって言われてもねぇ……」

「だって、ミコト先輩だって小さい頃は気弱で泣き虫だったと言うじゃないですか!」


 その爆弾発言に、それまで得意げになっていたミコトは「ブフーッ!」っと口に含んだバナナオレを噴き出してしまった。

 そしてゲホゲホと苦しそうに咽せる。


「ま、待て……伊予……。それをどこで……」


 幼い頃のミコトが気弱で泣き虫の甘えん坊という話は、学校では少なくとも京華と八雲しか知らない筈だ。

 そんな事実が学校中に広まってしまえば、完全無欠の絶対王者として君臨しているミコトの沽券はガタ落ち。名声は地に落ちるというものだ。

 ミコトはキッと京華を睨みつける。しかし、京華は「違う違う」とばかりに手を振った。

 ならば……と、八雲を睨むが、八雲も同様にブンブンとかぶりを振って否定する。


「筑波くんから聞きましたけど……違うんですか?」


 伊予はミコトが怒っている理由をよく分かっていないらしく、純粋そのものとも言うべき澄んだ瞳を向けて小首を傾げる。


「よぉ〜し! あいつか! 帰ったら断罪だ! もう死刑確定だな! 二度とお天道様拝めないようにしてくれる!」


 弟のリュウトが情報源と知って、ミコトは半笑いながらも額に血管を浮かび上がらせていた。


「あの……わたし、何かいけないこと言いましたか?」


 不安げな表情で上目遣いにミコトの顔を覗き込むが、ミコトは怒り混じりの半笑いを崩さず、


「いやいや、伊予は何も悪くないぞ! 寧ろ、大事な事をよぉ〜く教えてくれた! えらいえらい!」


 わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でてやった。

 何が何だか分かっていないのだろう。伊予は答えを求めるように京華たちに顔を向けて何かを訴えるような顔をしているが……。


「知らぬが仏って言葉も有るんだよ」


 八雲がそれだけ言って話を打ち切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る