第3話 スライムの生態と喧嘩

 さて、気を取り直して今度は物をつかむ練習。


 え?自動車移動はどうしたって?美景様のお怒りが静まるまで自重しますよ。


 とりあえずスライムの体の一部を変形。手のような形にして近くにあった石をつまもうとする。まだ変形もスムーズにできないのでマジックアームのような二本指でそっと石をつまみ、拾い上げる。


 うん。なかなかいいんじゃないだろうか。


 細かい動作はまだ練習が必要だけど、単純な形や動作なら何とかイメージできるし体もついてきてくれそう。ただまだ五本指はきついかな。腕も体から10センチくらい伸ばした程度の長さだし、本格的な人型はまだできそうにないな。


 とりあえず石を投げようとする。と、その前に。


 (今から前に石投げるけど問題ない?)


 (だいじょうぶだよ~)


 確認も終わったので投げてみる。腕が非常に短い上に手首もなくて腕に直接指がついている状態から投げるのはほぼ無理。ならばと腕を体の上部までスライド、そこから一気に下にスライドさせつつ石から指を放す。その結果、最初からうまくいくとは思っていなかったのだが、まさかの前方50センチの地面に投げてしまった。


 これはなかなかタイミングが難しそう。でもこういう動作って色々と応用が利くかも。


 ということでしばし投擲の練習。


 美景からはまだ周囲に異常は見られないとの報告があり、ならばと私は黙々と浜辺方向に向かって小石を投げ続ける。


 あ~。なんか幼稚園のころ思い出すな~。家から海が近かったから、いじけたときはよく浜辺で黙々と石を投げつけてたっけ。


 (あの時ののーちゃんかわいかったな~)


 (ふぇ!?)


 え?まさか思念に漏れてた?感傷に浸ってたから気づかないうちに漏れてたのかな。


 (というか幼稚園の時はまだ美景と会ってなかったと思うけど?)


 (あれ~?そうだっけ?)


 やっぱりぼけぼけな美景に一瞬取り乱してしまった自分が情けない。そう思わせる返答だった。


 30分くらい黙々と小石を投げ続けた結果。ようやく意識した方向に石を投げられるようになってきた。飛距離も最初に比べてずいぶんと伸びている。


 だから何だって思われるかもしれないが、やれることは増やしておいて損はない。石を投げつけて牽制することもできるし、いざとなったら砂を投げて目つぶしとか。


 手も今ではマジックアームからトングのようなものに変形できていて、より安定したつかみができる。砂をすくうことだってできるので目つぶしもやろうと思えばできるのだ。


 とりあえず、狙った場所に大体投げられるようになったところで次は全力で投げたらどうなるのかを試してみる。


 実は最初に全力で投げてみたが本当にどこに飛ぶかわからないほど制御が難しかったので、しばらくはほどほどの力でコントロールを重視した練習に切り替えていたのである。


 だいぶコントロールが良くなったし、全力で投げても多少違うところに行くだけであらぬ方向に飛んでいくことはなくなったでしょ。


 漫画とかだったらそのうえ知らず知らずのうちに筋力とかが底上げされたり変な力を獲得してて投げた瞬間とんでもないことになるっていうのがセオリー。なら!今こそわが力を開放するとき!


 ということで確認。


(今から全力で前に投げるけど大丈夫?)


(特に異常はないから大丈夫~)


 許可も取れたので改めて。


 ハイパーウルトラスーパースローーーー!!


 腕を上から全力で振り下ろし、前方に力の限り投げる!その時に適当に付けた技名を叫ぶ!思念で!すると!!


 ポシュ!(目の前の砂浜に落ちた音)


 ・・・うん。わかってた。スライムだから筋力とかまずないし、変な能力的なのも別になかったしね。スライムってこの世界最弱級モンスターっぽいし。


 うん。知ってた知ってた。


 (落ち込むのーちゃんハスハス。)


 (傷に塩塗りたくるのやめてもらえますか美景様) 


 (私のーちゃんに塗るなら砂糖がいいな~)


 どっちにしても痛いわ!


 まあ落ち込んでしまったのは事実なのでとりあえず気持ちを切り替えるために違うことをしようそうしよう。


 ということで美景の機嫌も戻ったということで、もう一度車移動を実践してみる。


 (今からもう一度車移動してみるけど大丈夫?)


 (・・・今度は急に加速したりどっかにぶつけたりしないでよ?)


 (へ、へい親分!)


 よし!これは一刻も早く汚名を返上せねばなるまいて。


 とりあえず先ほど変形した軽自動車に再度変形。一度変形した形はしばらくたっても割とイメージ通りに変形できるみたいなので今回はスムーズにできた。


 (ちょっとタイヤがさっきより小さくない?)


 ・・・はい。日々精進ですね。慢心ダメ絶対。


 では、気を取り直してレッツドライビング!


 最初は遅く回転させるイメージで、徐々に速度を上げていく。


 お!おお!これは、これは快適じゃーーー!


 キャタピラー移動法とは比較にならない程の速さで進むことができ、かつかなり小回りの利く移動になっている。イメージしただけで簡単にドリフトなんかもできるし、急ブレーキ、急発進、バック。自動車でできる移動法はほぼ何でもできるようになっている。


 (すご~い。これなら移動も楽ちんだね!)


 (浜辺なのにスリップせずに走れるし、疲れとかも今のところ感じないからどこまでもいけそう。)


 (でもなんでこんなに運転上手なの?運転したことあるの?)


 (ないけど・・・たぶん車が動くイメージが想像できるのと、さっき延々と石投げたりして細かい調整とかが鍛えられてるからそれでタイヤの動かし方とかも自然とわかってきてるんだと思う。)


 そう。さっきから私は車輪を回転させる際にそれほど意識を向けていない。手をほぼ無意識に動かせるのとほとんど変わらないくらいに感覚だけで動かせるようになってきたのだ。


 結局楽しくなって1時間ほど浜辺を走り回り、ちょっと休憩。


 別に疲れたわけではないのだが、はしゃぎすぎて周りが見れていなかったので少し落ち着くために赤い大樹の下にきて休憩をとっているのだ。


 (これでだいぶ行動範囲は広くなったね。そろそろ浜辺から出てみる?)


 (う~ん。でもこういうちょっと調子に乗ってるときって決まって悪いこと起きたりしない?のーちゃんに借りた漫画でも似たようなシチュエーションが結構あったような・・・)


 確かに。


 ド定番中のド定番。調子に乗ったやつから死ぬ。いわゆる死亡フラグまたはハプニングフラグ。


 そのことに漫画を貸していた当の本人が気付かないとは・・・。


 やっぱりまださっきの楽しい気分から落ち着いてないみたいだな。


 落ち着け私!クールに行こう!


 (じゃあ今日はとりあえずこのあたりでゆっくりしとこうかな。ちょうど日も落ちてきたし。)


 (だね。でもやっぱりこれだけいろいろして時間も経ってるのに・・・やっぱり夢じゃないんだね。)


 (・・・やっぱりこのままじゃいやだよね。スライムだし。)


 まだ人なら良かった。ファンタジーな世界でもそれならまだここまで不安に駆られることも、おびえることもなかっただろう。


 最低限人型なら差は多少あっても生きづらく感じることはなかっただろう。


 でもなぜか私たちはスライムに転生してしまった。それもいきなり訳も分からず浜辺にほっぽり出されて。


 こんな状況なら夢であればと願わずにはいられないだろう。


 (・・・でも)


 美景の思念から落ち込んだ感情が流れてきていたが、今度は少し暖かい気持ちがあふれてきた。


 (のーちゃんと一緒でよかった。)


 (同じ体になっちゃったけどね。)


 (それでも、私一人でスライムになっちゃってたら、きっと今みたいに落ち着いていられなかったと思う。)


 (それは私もだよ!)


 美景の言葉にすぐに反応する。


 私もたった一人でスライムになっていたらどうなっていたかわからない。美景が見当たらなかった時点でパニックになっていたのに、もしそのうえこんな意味の分からない状況に置かれたら、私は何もせずにただ死ぬのを待つ身になっていたと思う。


 だから私こそ、その言葉を言いたかった。そして私はだんだんとこみあげてくる激情を抑えられずに言ってしまった。


 (・・・どうして、あの時私をあきらめてくれなかったの?)


 (そんなの、のーちゃんが死ぬと思ったからに決まってるじゃない!)


 (でもあの時私をあきらめていたら美景は助かっていたかもしれない!あの時私は手を振り払ったのに!私があの時変にからかわなければこんなことには―。)


 (馬鹿なこと言わないでよ!)


 美景が私の言葉をさえぎって思いきり怒鳴りつけた。思念で怒りと悲しみが混ざった胸を締め付けるような感情が流れ込んでくる。


 (私が海に落ちたのは私の不注意のせい!私がからかったせい!のーちゃんが私を落としたんじゃない!私がのーちゃんを巻き込んで落ちたの!だから私は必至で・・私のせいでのーちゃんが死ぬなんて・・・そんなの耐えられるわけないじゃない!)


 美景と私の感情が、意識が、思念を伝わって混ざりあっていく。ゆえに相手の気持ちがこれでもかというくらいに伝わる。自分が思っていることかと錯覚するくらいに、混ざって、混ざって、一つになっていく。


 (・・・ごめん。美景。)


 (・・・ごめんね。のーちゃん)


 互いに謝ったとき、胸がスーッと軽くなったような気がした。スライムの体に胸はないけれど。


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