キタキツネの冒険

空日記

小冒険

『――夕暮れまで外で遊んで来なさい』


ある日の昼下がり、ボクは頭を抱えていた。

いつものようにゲームしていたら、ギンギツネに突然そう言われて家を追い出されてしまったのだ。

「はぁ……外にゲームより面白い事なんてないのに……」

そんな事をボヤきつつ、時間を潰すため特に宛もなく雪山を歩いている。

「んんっー! 早く日が暮れないかなー」

歩いていた雪山の頂上に辿り着き、背筋をグッと伸ばした。

その瞬間――


「――こんにちは」

「――ひぃ!?」


背後から突然声を掛けられ、驚きのあまり飛び上がってしまった。慌てて後ろを振り返ると、そこには紅くて綺麗な羽をした鳥の子が立っていた。

「驚かせてごめんなさい。私の名前はトキ。貴方は?」

トキと名乗ったその子は、心配そうに話しかけて来る。

「……ボクはキタキツネ」

「よろしくね。こんなところで何をしているの?」

「実は――」

特に隠す事もなかったので、トキに事情を話した。

すると、

「それなら、私が良い所へ連れてってあげる」

「えっ」

そう言うや否や、トキは背中に回り込み、ボクの両脇を抱え――

「ちょ、ちょっと待って!」

「じゃあ行くわよー。……ちなみに暴れると危ないわ」

「ぎゃ――」

返事を聞く前に高々と飛び立ってしまった。



「――空から見る景色は綺麗でしょ。どう? 空を飛ぶ気分は?」

飛び立ってから少しして、トキが話しかけて来た。

「こんな高いとこから落ちたら死んじゃう……ボクの命もここまでか……ガクッ」

「もう。落としたりなんてしないわよ。それにもう少しで着くわ」

「どこにー?」

「それは着いてからのお楽しみ」

トキはニヤッと笑って、速度を上げた。

「――着いたわ」

長い飛行の末、ようやく地面に降り立った。辺りを見渡すと、小さな小屋が一つあるのが見える。

「……あれは?」

「カフェって言うの。美味しい物が食べられるわよ」

そう答えてトキはカフェに入っていった。

ボクもその後ろへ続いた。

「いらっ、しゃーい! ようごそー、ジャパリカフェへぇ!」

中に入ると、独特な喋りをする白くてモコモコした子が出迎えてくれた。

「と、どうも……」

「キタキツネ、こっちよ」

既にトキは椅子に腰掛けており、こちらを見て手招きをしている。

「彼女はアルパカ・スリ。ここを営んでいるわ。それでこちらはキタキツネ。お客さんよ」

ボクが腰掛けるのと同時に、トキがそれぞれの自己紹介をしてくれた。

「よ、よろしく……」

「よろしくねぇ! ゆっぐりしてってぇ!」

アルパカは嬉しそうにそう言うと、テーブルの上にカップとお皿を置いた。カップの中には赤茶色の液体が入っており、お皿には茶色くて四角い物が置かれている。

「これは?」

「紅茶とクッキーよ。どっちもすごく美味しいわよ」

確かにそれぞれから、とても美味しそうな匂いが漂ってくる。

「……いただきます」

アルパカとトキの二人に見守られる中、ボクはおそるおそるクッキーを齧った。

「――っ!!」

口の中に入った瞬間、クッキーの甘みが

口一杯に拡がった。

「これ、すごく美味しい! ジャパリマン以外でこんなに美味しいもの食べたの、ボク初めてだよ!」

初めて食べるクッキーのあまりの美味しさに感激し、一個また一個とどんどん手が伸びて行く。

「ふふっ。気に入ったみたいね」

「いやぁ、喜んでくれて良かったよぉ! まぁだ沢山あるから、どんどん食べてねぇ!」

「うん! それに、紅茶もクッキーと合っててすごく美味しい!」

二人は次々とクッキーを頬張っているボクを、微笑ましそうに眺めていた。



その後も、紅茶とクッキーを頂きながら三人で楽しく話しながら過ごした。ボクの住んでいるちほーの事やゲームの事など二人は興味津々に聞いてくれ、二人からは色々な面白い話を聞かせて貰った。普段、あんまり他の子と関わらない自分にとって、この時間が凄く新鮮でとても楽しいと思えた。

そして時間はあっという間に過ぎ。

「――それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」

「えっ……」

外を見るともう太陽が傾いており、空がオレンジ色に染まり始めていた。

「じゃあ、お見送りしなきゃだねぇ! 片付けるから、先に外に出ててぇ」

アルパカは立ち上がって、空になったカップやお皿を片付け始め、その間にボクとトキは一足先に外へ出た。

「行きましょう」

「う、うん……」

名残惜しかったけど、お別れを言うためカフェへと振り返る。

すると、

「遠いとごから来てくれてありがとうねぇ! よがったら、持っててよぉ」

後から出て来たアルパカに白色の紙包みを手渡された。中を見ると、先ほど食べていたクッキーが沢山入っている。

「……ありがとう。お家に着いたら、ギンギツネと一緒に食べるよ」

「まぁた、いつでも来てねぇ! もうキタキツネさんは、うちの大事なお客さんだよぉ!」

「……うん!」

「それじゃあまたね。明日も必ず来るわ」

「トキさんもまたねぇ。待ってるよぉ!」

アルパカと別れを済ませ、行きと同じように、トキに抱えられながら空へと飛び立った。行きと今度は逆方向に向かって、オレンジ色の空の中を進んでいく。周りを見渡すと、山や木々が夕陽を浴びて綺麗なオレンジ色に染まっていた。行きは怖くて見渡す余裕なんてなかったが、今はしっかりと堪能することが出来た。

「ねぇ、私のお気に入りの場所はどうだった?」

「……すごく楽しかった! ボクも気に入ったよ」

「喜んでもらえて良かったわ。また一緒に行きましょうね」

「えっ、いいの?」

「もちろんよ。だって、私たちもう友達でしょ?」

「友達……うん! ありがとう、トキ」

お互いの目線が重なり、自然と笑みが浮かんだ。



その後も二人で話しているうちに、徐々に見覚えのある建物が見えてきた。

「あそこがボクのお家だよ」

ボクが指差した所に向かってトキが少しずつ高度を下げて近づいて行く。

「――おかえりなさい」

着地するのとほぼ同時に、中からギンギツネが出迎えてくれた。

「ただいま。ギンギツネ」

「ずいぶん遅かったわねー。あら、そちらの子は?」

「彼女はトキ。ボクの友達だよ」

「初めまして。トキです」

ボクの紹介の後に、トキはペコリとお辞儀をした。

しかし――

「う、嘘でしょ!? あなたが友達を家に連れて来るなんて!?」

全く想像できなかった展開だったらしく、ギンギツネはもの凄く慌てていた。

「ギンギツネ、慌てすぎ」

「だ、だって!」

「それから、これお土産」

「お土産!?」

「ふふっ。お話で聞いたとおり愉快な方ね」

「でしょ。ギンギツネっていつもこんな感じだよ」

ボクとギンギツネのやり取りを見て、トキは可笑しそうに笑っていた。

「もう! 変な事は言ってないわよね!」

「……たぶん」

「たぶん、って……はぁー。トキさん、でいいかしら」

「は、はい」

「外も暗いし、今夜は泊まっていきなさい」

「え、いいのかしら?」

「この子の友達なら大歓迎よ! 部屋に案内するから着いて来て」

「ありがとう! じゃあ、お礼に後で一曲歌うわ」

トキは嬉しそうにギンギツネの後を追った。



二人が行った後、ボクは外に出て空を見上げた。もう日は沈んでいて、空には沢山の星が輝いていた。星を見ながら、今日の出来事を一つずつ振り返る。

「……ゲーム以外にも、楽しい事ってあったんだね」

今日の出会いや体験は凄く楽しかったし、また味わいたいと思う。

「んー、気になる」

まだ外に、ゲームより楽しい事があるのなら、もっと知りたいと心が疼く。

だから――



「――明日も出掛けてみようかな!」

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