S.『土石炎』


子供の頃。

魔法使いの家系でもない、普通の両親から生まれたオレは。


《――「炎の異能は綺麗だね」――》

《――「普通の火と違って、色んな色が混じってるみたいだな」――》


両親は、オレの火を見て言ってくれた。

手に宿る不思議な火が好きだった。

魔法でもない、マッチやライターのものでもないそれ。


小学生、異能持ちとからかわれた時。

中学生、受験勉強から逃げたくなった時。


《――「負けるかよ……」――》


その火を見ればどこかやる気が沸いてきた。

でも高校になって、圧倒的な他生徒の差を感じて。

タクマ達に苛められる様になって。オレはこの火を見る事も無くなったけど。


《――「おい見ろよ、アイツ異能使ってるぞ!」――》


奴らに対抗した時、久しぶりに……それを宿した時に思い出せたんだ。


ソレのせいで学園の底辺に落ちたとしても。

周りが何を言ったとしても。

世界がそれを無用の長物だと決めつけても。


この異能は。

この火は――オレの誇りだったんだ。





「当たり前だろ。こんなもん持って生まれたくなかった」


「可能であればこんな異能を投げ捨てて、お前の様に少しでも魔法が使える身体になりたかったさ!」


「ふざけてんのはお前だろうが……!」


心の底から――本気で思っている声。

目の前の彼は、オレと考えが全く違っていた。


『異能なんて要らない』。

『異能なんて捨てても良い』。

『異能は異物』。


その言葉。

己の価値観と真逆のそれに、分かっていても理解が出来ない。


「世界が異能をそういう目で見るからか」

「そうだよ」

「碧さんの母親が、凄い魔法使いだからか?」

「っ! さっきから何を――」


「……世界がなんだろうが、オレはその異能が好きだ、そしてそれを使う碧さん自身も。まとめてオレは憧れてる」


「は……?」


『憧れ』なんて、こんな形で言うつもりじゃなかったんだ。

お礼じゃなくただの当てつけ。


それはまるで子供の様な――


「『パイロキネシス』」


この火も全部。

己の理想と違った彼への、自分勝手なモノだった。



「っ……」

「はあっ、はあっ」


「『サウンドヒール』」

「『再生』!」


そして、依然として立つ彼と輝の回復によって――ほんの少し正気になった。


「お前、名前は?」

「炎だ……土石炎」

「良い名前だな」


そして彼はさっきまでの激昂した様子から一転。普段の飄々とした口調で俺に声を掛ける。

それに釣られて、オレの怒りもどこかへ行ってしまった。


「来いよ炎」


そして。

初めて、オレを真っ直ぐに捉える彼の目線。

さっきまでの様な慰める様なモノじゃない。


「ああ――ごめん輝、手は出さないでくれ」


一対一。

敵としてようやく見てくれた。

湧き上がるのは挑戦心。

感情が燃え上がる様に昂ぶっていく。


オレのこの火を――ぶつけたいと。



「今なら、もっと『上』に行ける気がするんだ」



オレの異能が、力を使えと囁いてくる。


そうだ。この火は――敵を燃やすだけじゃなく。

己自身にも宿す事が出来るんだよな。



「『パイロキネシス』――『ブースト』!」



手にある火を、身体を巡らせ更に燃やす。

もっと。

もっと、もっと。


念じれば念じる程、それは増幅するよう増していく。

もう手のひらだけには収まらない。

肩。足。心臓にすらその火は燃え上がる。



「行くぞ」

「ああ――『装甲化』」



コレまでのような『燃焼』じゃない。

イメージは『爆発』。

拳が到達した瞬間に、全ての火を一気に出すんだ。


「らああああああ!!」


瞬間最大火力を彼にぶつける!



「――『リリース』!」

「っ――!」



自分でも驚く程に、その一撃は上手くいった。確かな手応え。

衝撃で仰け反りながら――前を見る。



「ははは、服が滅茶苦茶だ」

「く、そ……ッ!?」



でも。

目の前には、余裕で立っている彼の姿。

しかし目を上げれば――その裸の上半身が目に入った。


火傷痕。

まるで何かに撃たれたかのような痕。

首に無数にある痛々しい切創痕。

彼の過去を物語る、壮絶な古傷が露わになっていて――



「こんなもんどうでも良い。お前は全部使い切れたか?」

「あ、ああ」

「じゃあ俺の番だけど」



対してどうでも良さげな声。

……本当に遠くの所に居るんだな彼は。

一体いつ追いつけるのか。



「降参する?」

「まさか」

「ははは! そうか――な。俺の異能、どれが印象に残ってる?」

「へ……?」

「良いから答えろ。何でも良い」



笑って言う彼。

突然の質問。


でもそれは――あの瞬間だ。


「そ、そりゃ……あの生徒達を殴ってた所」

「了解。んじゃ『拳』で行くわ」


身体が自然と震える。

オレは一体何をされるんだろう。


初めて恐怖が溢れてくる。

でも、今逃げたら彼に追いつくのは一生無理だ。



「ははっおいおい……こんな状況で笑うのか?」

「それは碧さんこそ」



精一杯の強がりを。

彼がほんの少しでも――オレに躊躇しない様に。




「ふー」




息を吐く彼に合わせオレも覚悟を決める。

しっかり見るんだ。

この世界の『異能』が、どこまでやれるのかを。




「――『増速駆動』」




空気を裂く様な彼の声。

それと共に、碧さんの身体に何かが宿る。


白く半透明のそれ。

まるでオーラの様にソレは存在していて。

途轍もない圧。




「『右足』――『脚力激化』」

「――ごほッ!? え?」




見えたのは、彼の右足にオーラが宿ったのと。

その次にオレは蹴られたという事。

そして今自分は、遙か後ろにあったはずの壁に張り付いていて。



「『装甲化』――行くぞ、本番だ」



身体に感じる違和感。

まるで剛鉄を羽織っているような感覚。


彼の異能で守られているのだと気付いたのは、全てが終わった後だった。





「『左腕』――『腕力激化』――『限界突破リミットブレイク』」






その白色透明のオーラは、彼の左腕に移動。

振り被られるそれ。



「――――うあッ!!」



――『何か』が来る。

そう感じた時には既に――



「……ココに来てよかったよ、炎」



風圧で吹っ飛ぶ身体。削り取られる意識。

視界が切れかける寸前に見えたのは。



「ありがとう。またやろうぜ」



決闘場の壁。

まるで隕石が突っ込んだかの様な巨大な穴が、そこに空いている光景だった。

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