S.『土石炎』
子供の頃。
魔法使いの家系でもない、普通の両親から生まれたオレは。
《――「炎の異能は綺麗だね」――》
《――「普通の火と違って、色んな色が混じってるみたいだな」――》
両親は、オレの火を見て言ってくれた。
手に宿る不思議な火が好きだった。
魔法でもない、マッチやライターのものでもないそれ。
小学生、異能持ちとからかわれた時。
中学生、受験勉強から逃げたくなった時。
《――「負けるかよ……」――》
その火を見ればどこかやる気が沸いてきた。
でも高校になって、圧倒的な他生徒の差を感じて。
タクマ達に苛められる様になって。オレはこの火を見る事も無くなったけど。
《――「おい見ろよ、アイツ異能使ってるぞ!」――》
奴らに対抗した時、久しぶりに……それを宿した時に思い出せたんだ。
ソレのせいで学園の底辺に落ちたとしても。
周りが何を言ったとしても。
世界がそれを無用の長物だと決めつけても。
この異能は。
この火は――オレの誇りだったんだ。
☆
「当たり前だろ。こんなもん持って生まれたくなかった」
「可能であればこんな異能を投げ捨てて、お前の様に少しでも魔法が使える身体になりたかったさ!」
「ふざけてんのはお前だろうが……!」
心の底から――本気で思っている声。
目の前の彼は、オレと考えが全く違っていた。
『異能なんて要らない』。
『異能なんて捨てても良い』。
『異能は異物』。
その言葉。
己の価値観と真逆のそれに、分かっていても理解が出来ない。
「世界が異能をそういう目で見るからか」
「そうだよ」
「碧さんの母親が、凄い魔法使いだからか?」
「っ! さっきから何を――」
「……世界がなんだろうが、オレはその異能が好きだ、そしてそれを使う碧さん自身も。まとめてオレは憧れてる」
「は……?」
『憧れ』なんて、こんな形で言うつもりじゃなかったんだ。
お礼じゃなくただの当てつけ。
それはまるで子供の様な――
「『パイロキネシス』」
この火も全部。
己の理想と違った彼への、自分勝手なモノだった。
☆
「っ……」
「はあっ、はあっ」
「『サウンドヒール』」
「『再生』!」
そして、依然として立つ彼と輝の回復によって――ほんの少し正気になった。
「お前、名前は?」
「炎だ……土石炎」
「良い名前だな」
そして彼はさっきまでの激昂した様子から一転。普段の飄々とした口調で俺に声を掛ける。
それに釣られて、オレの怒りもどこかへ行ってしまった。
「来いよ炎」
そして。
初めて、オレを真っ直ぐに捉える彼の目線。
さっきまでの様な慰める様なモノじゃない。
「ああ――ごめん輝、手は出さないでくれ」
一対一。
敵としてようやく見てくれた。
湧き上がるのは挑戦心。
感情が燃え上がる様に昂ぶっていく。
オレのこの火を――ぶつけたいと。
「今なら、もっと『上』に行ける気がするんだ」
オレの異能が、力を使えと囁いてくる。
そうだ。この火は――敵を燃やすだけじゃなく。
己自身にも宿す事が出来るんだよな。
「『パイロキネシス』――『ブースト』!」
手にある火を、身体を巡らせ更に燃やす。
もっと。
もっと、もっと。
念じれば念じる程、それは増幅するよう増していく。
もう手のひらだけには収まらない。
肩。足。心臓にすらその火は燃え上がる。
「行くぞ」
「ああ――『装甲化』」
コレまでのような『燃焼』じゃない。
イメージは『爆発』。
拳が到達した瞬間に、全ての火を一気に出すんだ。
「らああああああ!!」
瞬間最大火力を彼にぶつける!
「――『リリース』!」
「っ――!」
自分でも驚く程に、その一撃は上手くいった。確かな手応え。
衝撃で仰け反りながら――前を見る。
「ははは、服が滅茶苦茶だ」
「く、そ……ッ!?」
でも。
目の前には、余裕で立っている彼の姿。
しかし目を上げれば――その裸の上半身が目に入った。
火傷痕。
まるで何かに撃たれたかのような痕。
首に無数にある痛々しい切創痕。
彼の過去を物語る、壮絶な古傷が露わになっていて――
「こんなもんどうでも良い。お前は全部使い切れたか?」
「あ、ああ」
「じゃあ俺の番だけど」
対してどうでも良さげな声。
……本当に遠くの所に居るんだな彼は。
一体いつ追いつけるのか。
「降参する?」
「まさか」
「ははは! そうか――な。俺の異能、どれが印象に残ってる?」
「へ……?」
「良いから答えろ。何でも良い」
笑って言う彼。
突然の質問。
でもそれは――あの瞬間だ。
「そ、そりゃ……あの生徒達を殴ってた所」
「了解。んじゃ『拳』で行くわ」
身体が自然と震える。
オレは一体何をされるんだろう。
初めて恐怖が溢れてくる。
でも、今逃げたら彼に追いつくのは一生無理だ。
「ははっおいおい……こんな状況で笑うのか?」
「それは碧さんこそ」
精一杯の強がりを。
彼がほんの少しでも――オレに躊躇しない様に。
「ふー」
息を吐く彼に合わせオレも覚悟を決める。
しっかり見るんだ。
この世界の『異能』が、どこまでやれるのかを。
「――『増速駆動』」
空気を裂く様な彼の声。
それと共に、碧さんの身体に何かが宿る。
白く半透明のそれ。
まるでオーラの様にソレは存在していて。
途轍もない圧。
「『右足』――『脚力激化』」
「――ごほッ!? え?」
見えたのは、彼の右足にオーラが宿ったのと。
その次にオレは蹴られたという事。
そして今自分は、遙か後ろにあったはずの壁に張り付いていて。
「『装甲化』――行くぞ、本番だ」
身体に感じる違和感。
まるで剛鉄を羽織っているような感覚。
彼の異能で守られているのだと気付いたのは、全てが終わった後だった。
「『左腕』――『腕力激化』――『
その白色透明のオーラは、彼の左腕に移動。
振り被られるそれ。
「――――うあッ!!」
――『何か』が来る。
そう感じた時には既に――
「……ココに来てよかったよ、炎」
風圧で吹っ飛ぶ身体。削り取られる意識。
視界が切れかける寸前に見えたのは。
「ありがとう。またやろうぜ」
決闘場の壁。
まるで隕石が突っ込んだかの様な巨大な穴が、そこに空いている光景だった。
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