音無奏


《――「お前は音無家の恥だ」――》




星丘に来る前はよく親からそう言われていた。

三人兄弟のうち、長男と次男の次に生まれた僕は生まれつき身体が弱く、魔法の覚えも悪かった。

そして一番駄目だったのは……声の大きさが、とても小さかった事。


『音魔法』は攻撃だけでなく、身体能力強化や回復まで行える優秀な属性。

しかしこれは、僕にとってとても都合が悪いものだった。

なんたって魔法は、音魔法は特に、詠唱の『声』の質が良ければ良い程、その威力や効果が大きくなるという特性があったから――



《――「音無奏さんね。Aクラス行きまででは無いが……うん、流石あの音魔法の使い手だな」――》



でも、星丘の試験の時だけは頑張った。小さい声を張り上げた。


兄弟は他の魔法学園に入学していたから、ここしかなかった。

それにある程度の魔法学園に受からなければ――親の居る実家で暮らす事になってしまうから。


ただ、逃げる為だけに。

僕は――この学校を選んだんだ。





「なぁお前なんでBからEに落ちた」

「っ……!」



神楽さんからの問い。

それは、Bクラスの人達に混ざっている自分が恥ずかしかったからだ。逃げる為だけにこの学校に居る僕と違って、僕以外の皆は輝いていた。

Bクラスは優秀な魔法使い候補だらけ。皆活き活きして、毎日が楽しそうで、切磋琢磨していて――恥ずかしくなった。


《――「……やる気あるのか、君」――》


入学から半年後、クラスを決める試験で――僕はわざと手を抜いた。幸い、その時は今みたいにタッグ試験じゃなかったら好きなだけ手を抜けた。


《――「ウチへ入学したかった者は多い。そして入学できず、泣いて悔しがった者も居る。君はそんな者達の上に立っているんだ」――》


《――「しかし実際、君が入学を勝ち取ったのも事実。手を抜くのも好きにすれば良い。だが」――》


《――「次は無い、そう思ってくれ」――》


Eクラスに降格決定後、先生から言われた言葉が強く残って。僕はただ、死んだように日々を過ごしていたのに。


「あー別に良いってそんなの。大事なのは未来、そうだろ?」


「音無、良かったらこれ使うか?」


「乙女には色々あんだよ」


初めて出来た僕の友達は――僕をいつも救ってくれる。

コンプレックスだった口元にも気付いて、こんなマスクも渡してくれた。凄く楽になった

……これなら、彼の為に頑張れると思った。

入試の時みたいに。

だから――久しぶりに、フルの詠唱で音魔法を発動した。


「……す、凄いじゃん」


彼の驚いた顔。

久しぶりのその詠唱は――自分でも不思議なぐらい、気持ちよかった。声も自然と出てくれた……碧君が思い出させてくれたんだ。


――なのに。



「んじゃそれ俺にさっきみたいな詠唱付きでぶっ放してくれ」



何で? さっきのサウンドボールを見て、どうしてそんな事が言えるの?


《――「うぅ……あ、暴れて、『サウンドノイズ』」――》


《――「み、耳があああああ! 」――》

《――「う、あ……」――》

《――「うるさいうるさいうるさい!!」――》


子供の時。

声が小さい僕をいじめてきたクラスメイトに、短めだが詠唱付きの音魔法を発動した事がある。

ある者は気絶し、ある者は発狂し……その日からイジメは無くなった。


《――「やっぱ音無家って怖い」――》

《――「アイツと喋ったら終わりだぞ」――》


代わりに、恐怖の視線が僕を包み……より一層孤独になった。そして気付く、この力は人に恐怖を与えると。


クラスの不良生徒達みたいな、僕と敵対してる人達は関わりたくも無いから良い。

でも――碧君だけは。

君だけには、この魔法をぶつけたくないのに。しかも詠唱付きのものなんて、例え敵でも躊躇するのに。


「もし今俺に試さなければタッグ解消だ」


その言葉で、頭が真っ白になったけど。


正直……分かってるんだ。

タッグ試験では、人対人で――当然人に僕の魔法をぶつけることになる。

彼の言う様に……日和っている今のままじゃきっと足手纏い。

碧君はAクラスに行けるかもしれないけど僕は駄目だ。



「コレはきっと何時かやらなくちゃいけない事なんだ」



――まるで彼はエスパーの様に、僕の課題を示してくれる。



「誓ってやる。何があっても音無を嫌いにならないし、恐れない」



――僕の欲しい言葉を言ってくれる。



「信じてくれ。俺はお前を信じてるから」


――触れて欲しい場所に、彼は手を置いてくれる。撫でてくれる。



「……ほんとに?」

「ああ」



君のおかげで、僕はまた一歩を踏み出せた。





……そして。



「――ぐっ!? あああああああ!」



フル詠唱付きのサウンドノイズ。

試した事は今まで無い――それでも、叫ぶ碧君を見れば威力は分かる。

初めて見る、彼の苦しい声だった。


「っ……あ……」


それをじっと耐えた後。

血を耳から流しながら、呻き声を出し頭を抑える彼。


「お――オイ大丈夫か!?」

「あ、碧君。今回復魔法掛けるから……」


「あー! なんだって!? 耳鳴りで何も聞こえない!!」


「声デケェんだよ――って自分の声も聞こえてねぇのかコイツ!」

「……せ、背が高くて届かない」

「オイ屈め! 屈め!」 


「? ああそういうやつ!」

「だから声でけー!」



「音よ――その者に集まりて――治療の音色を奏で――巡り、巡り、巡り――」


目の前の彼を、いち早く治したいと思ったからか……その詠唱は、これまでで一番スムーズに出来た。

自然と声が出て、まるで歌う様に出来た。


「癒して――『サウンドヒール』」


「……お、来た来た」


そして魔法が発動し、彼は回復されながら――優しい口調で僕へと言う。




「綺麗な声だよな。音無って」



それは、まるで時間が止まった様に感じた。

ずっと否定されてきた僕の声を、君は綺麗だと言った。

一生貰う事がないと思っていた言葉を――そんな簡単に言わないでよ。



「ありがとう……」



そうだ。

きっと僕は、君と出会う為にこの星丘に入学したんだ。


碧君の為。そして自分の為に。

半年前の様にはしない。

全身全霊で――試験を頑張ろうと決めた。

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