『サウンドノイズ』
「すげー、ホントに勝手に治っていく」
「だから言っただろうが」
治っていく壁を眺めながら呟く。
フル詠唱の音魔法がここまでのモノだったとは。
これなら、タッグとして俺は省エネで行けるな。
手を抜くつもりなんてない、だが余力は残しておくに越した事はないのだ。
……ただ。
彼女には、乗り越えるべき壁がある。
魔法を発動する彼女の表情に――さっきから引っ掛かってたんだ。
「コレまでの音魔法、全部もしかしてあんな詠唱付けれんの?」
「た、たぶん……でも」
「『サウンドノイズ』は行ける?」
「……」
「行けるんだな。んじゃそれ俺にさっきみたいな詠唱付きでぶっ放してくれ」
「お前何言ってんだ!?」
「そりゃ使うなら、タッグの俺が威力を知らなきゃな」
別に俺は、頭がどうかした訳じゃない。
ただ――そうするべきだと思ったからだ。
これは彼女の未来の為。俺には無いモノを持つ音無には、その壁を乗り越えて欲しかった。
「……や、やだ」
「なんで?」
「碧君に、いや……例え碧君じゃなくても、人にこれは………」
つらつらと話す音無。表情は暗い。
でも俺の意思は変わらない。
「コレまでにフル詠唱付きで誰かに試した事は?」
「……な、ないよ。でも」
「やっぱりか。怖いのか?」
「……」
「じゃ。もし今俺に試さなければタッグ解消だ。それでもやらない?」
「ぇ……」
困惑する音無。
そりゃそうだ、でも今は心を鬼にする。
「きっと俺はお前の魔法に頼る事になるし、その時そんな風に
「でっでも……」
「なあ、音無」
きっと音無はこう思っている。
人を傷付け、その人から恐れられ、嫌われたくない。
それは優しさじゃなくただの甘え。
「コレはきっとお前が、何時かやらなくちゃいけない事なんだ」
「誓ってやる。何があっても音無を嫌いにならないし、恐れない」
「信じてくれ――俺はお前を信じてるから」
音無の頭に手を置く。
前髪が揺れ動き、潤んだ目と合った。
「……ほんと、に?」
「ああ」
「分かった……」
☆
自慢では無いが、俺はこの人生で二桁は瀕死になった。
火事のモールで閉じ込められた時、ビルの上から落ちそうになった時もあったし、アメリカでは銃で撃たれた。魔法使いから殺されそうになった事もあったっけ。隕石とかもあったな最近。
だがそれでも、怖いものは怖い。
あのサウンドボールを見た後だぞ? 怖くない訳ないっての。
「だ、大丈夫だよなぁ優生?」
「骨は海に撒いてくれ」
「オイ! 笑えねえよ!!」
「するなら、決闘場の方が……」
「うーん。あそこだと色々都合悪いし、今ココでやってくれ」
決闘場じゃ決闘が終われば『治ってしまう』。
この魔法世界、魔法を打って敵を傷付ければ当たり前だがそのままだ。
将来――音無が魔法使いになった時の事を考えれば、こうするべきと思った。
大丈夫、死にやしない。
サウンドノイズはサウンドボールみたいな、物理的に大ダメージって感じの魔法じゃないからな。回復魔法もあるし。
俺なんかとは比較にならない才能を持つ彼女になら、喜んで耳でも差し出そう。
「うぅ、分かった……い、行くよ」
「ああ。あっまた遺書書くの忘れた……」
「だから笑えねぇって!」
冗談はほどほどに。
俺は――練習場の壁にもたれ掛かった。
「……音よ、敵の元に集まりて――」
「暴虐の音色を奏で――跳ねて、跳ねて、跳ねて――」
ヘッドホンに手をやり、詠唱する音無。
髪に隠れた目が真っ直ぐに俺を見る。
……ああ、そうだ。
迷い無く目の前の者にぶつけろ。
怖がらなくて良い。なんせ俺はお前の――
「暴れて――『サウンドノイズ』!」
瞬間。
――『縺斐a繧薙↑縺輔>』――
「――ぐっ!? あああああああ!!」
耳の中。
暴れる不快音。
爆音で流れていくそれは――俺の意識を削り取ろうとするが……耐える。
でも。
――『縺ゥ縺?縺ヲ蜷帙?縲∝ヵ縺ォ縺昴%縺セ縺ァ』――
まだ、この地獄は続いていく。
コレは一体終わるのか?
鼓膜を破るまで続くのか?
そんな不安が過るが、解決法なんて無い。
ただ目を瞑って耐えるのみ。
「っ……あ……」
やがて。
音は消えた。
そして――耳から流れる何かに気付く。
ああ、血かこれ。
つーかさっきから耳鳴りが収まらない。
「――――!」
「――――」
う、うるさい。めっちゃ不快だこれ。
目を開ければ、煉と音無が近付いてきて何か話している。聞こえないけど。
「――――」
「――!」
「――」
すげー、俺が話した言葉すら聞こえん。
どんだけうるさく喋っても駄目。
不思議な感覚だ。
「……」
「――! ――!」
「?」
ヘッドホンを取り外す音無。
そして煉はジェスチャーで手を下に振り下ろす動作を繰り返して叫んでいる。
……え? 何やってんの。
ってああ、そういう事か!
「――」
「――、――――、――!」
その場で屈んで、音無はそのヘッドホンを俺に装着――しながら詠唱している。多分。
丁度良い、聞こえないついでにちょっと恥ずかしい事も言ってしまおう。
「――」
「……!」
音無が驚くのと同時に、頭の中で流れ始める優しい音色。
俺を癒やすその音楽は――
「――あー、あー! 戻った……あ」
俺の聴力を復活させて。
削り取られた意識もある程度までは戻って。
ついでに、周りの練習していた生徒達の視線すらも気付かせた。
「う、うるさくしてすいませんでした……」
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