決着、紙魔法


俺は、迫りくる刃に対峙する。



「――ちょっと、借りるからな」



彼女が詠唱をしている間に『繋いで』おいたそれ。

道中拾った音無のヘッドホンだ。

今それが俺のミュージックプレイヤーに繋いである。


不思議な形で、至る所に魔法陣っぽい何かがあった。

だがしっかりコードはあった。ワイヤレスだったら詰んでたね。


覚悟は決めた。

本日二度目の『同時発動』。

俺のイヤホンよりもずっと質がいいソレと、プレイヤーに俺は手を添えて。



「――『『音量最大フルボリューム』』!」



それは本当に単純な音の強化。

トリガーを引いたその瞬間に『再生』を押した。

同時に音の方向を一直線に、仮面に向ける様、ヘッドホンを持つ。


ダイヤル、目いっぱい!



「っ!?何で――」



俺に向かってきた紙の刃達は、押し返され地へと舞い落ちた。

プレイヤー、ヘッドホンとで増幅した『音』の仕業。

ありったけの音が空気を振動させ、彼女へと向かった『音の波』が刃を跳ね返す。

紙の様に薄く軽い刃。相殺するのは容易という訳だ。



そして。



「ッ!? ああああああああッ――!!」



その余波は――当然彼女にも襲い掛かっている。

大音量の『ロックンロール』。

あれだけの魔法を発動した直後のカウンター……為す術もないだろう。


身体は浮き、吹き飛び――今冷たい壁に激突した。


「あッ、耳、耳が壊れ――」


今彼女の身体には、未だに音楽が流れているだろう。

決して離れぬ大音量。


倒れて耳を抑え、悲鳴を上げる仮面。

俺はそれに、ゆっくりと近付いていく。

懐からあるモノを出しながら。



「聞こえてるか? 仮面」

「ぐっ……な、なんすか――ひっ!?」


「次は、お前を切刻む事になる。良いか?」



忍ばせて置いた『カッターナイフ』を、耳鳴りに唸る彼女に向ける。

刃をギチギチと出しながら。


うん。


正直絶対に使いたくない。

ただ脅しとしては確実に効果があるだろう。

というか早く降参して。倒れそう!


「はっ、ひっ、お、お願いっす。助けてください……」

「……このまま警察にでもお前を連れて行く。黙って着いてくれば――」


朦朧とする視界の中。

俺は、彼女の雰囲気が切り替わるのに――気付けなかった。



「――紙よ身代わりに――『再生紙リサイクル』!」


恐怖に歪むその表情が一瞬で笑みに変わったと思えば――彼女が目の前から『消える』。

落ちていた紙と入れ替わったと気付いたのは、頬にそれがのった後で。


「な――」

「――へへ、油断したっすね!『ウィンドステップ』!」


声は俺のすぐ後方。

ゴム銃を装填する時間は――



「ま、待て――っ……」


ない。

もう既にこの部屋から出ようとする所だった。



「ぐっ――流石にこれ以上は無理か」



出血を続け、力を酷使し続けた身体。

正直立っているのも辛い。走って追いかけるなんてもっての他だ。

最後の最後のポカしたか。



「やべ……」



フラッと揺れて、思わず座りこむ。


……どうする。アイツがもし助けを呼んだとすればかなり不味いぞ。

音無は疲労で意識を失っている。拘束を解いて、早く脱出しないと――



「……マジかよ」



見れば、音無の手足には特殊な金属で作られた輪に、がっしりと錠をされている。

いや、錠と言うには『鍵穴』がない。

銀に少し青みがかかったそれ。ミスリルか何かだっけか。

こんな状況じゃなければ、見惚れる程に綺麗だ。


そのままおぶって脱出――と考えたが、不可能。

ご丁寧に台座の様なものに付けられているのだ。

……これ、かなり頑丈だよな。


「やるしかないか」


俺は鞄から、筆箱、そしてハサミを取り出す。

イメージは――鉄をも断つ双刃。

頭の中で刃を研磨していく。


完成すると同時に、トリガーを引いた。



「『切味最大』……よし!」



手に持つそれは、力を入れずとも二つの刃で厚い金属の手錠と足枷を切断する。

力を振り絞ったにしては良い出来だ。


しかし。


「くそ、もうちょっと持ってくれよ――」


フッと、意識が切れる。

無理もない、限界を超えて更に能力を使ったからな。

隕石の時は一発に力をつぎ込んだが、今日は逆に色んなモノを使い過ぎ。



「くっ」



意識を持ち直そうとしても、ガクンと落とされる。

まずい。

ここで、落ちるわけには――



「……! あ、碧君」



……意識が切れる間際。

俺は声を聞く。必死に絞り出すようなそんな声だ。

これはもしかして音無のか?



「音よ、彼の者を癒やして……『サウンドヒール』」



倒れそうになる俺の身体が、抱かれて止まる。

耳に、さっき使ったヘッドホンが掛けられて。

同時に――柔らかく、暖かい『音』が、身体の中に響き渡った。

優しいピアノのような、オルゴールのような……そんな音色。



「何だ、これ」



仮面の攻撃で受けた痛みや、出血が緩和される。

身体の芯から、何かが俺を暖めてくれた。

ゆっくりと目を開ける。そこには心配そうな顔をした音無が居た。



「ありがとな――もう大丈夫だ」



彼女が何をしたかは分からない。でもおかげで『回復』した。

落ちかけた意識も持ち直している。


「……っ」


安心したのか、今度は逆に俺に寄りかかる音無。

意識を失っているのに加えて、息が荒い。

先程の魔法――あれは、最後の気力を絞ったモノだったのだろう。



「あお、い、君……」

「ここにいるから。もうちょっとの辛抱ね」



俺を呼ぶ様に唸る音無をおぶって、『ルート』を頭に描く。

交番……いや、音無の事を考えると先に病院だろう。

とすると、この先二キロメートル程だ。


通行人に助けを求めても良いが――それならもう、自分で走った方が早い。



「『走力強化』」



音無が俺にくれた、最後の力を俺の靴に吹き込み。

俺達は外へと脱出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る