紙魔法


「……危なかったな」


俺は目の前の光景を見て声を漏らす。

何かに縛られている音無。ナイフを振りかざしている仮面の女。

あと一秒でも遅ければ……考えたくない。

そしてその仮面の彼女が、俺に明確に殺意を持っているのが分かった。



「あんた、どうしてここが分かったっすか」

「さっきも言ったろ仮面女、音無の声が聞こえたからだ」


「……ここ一帯、彼女の声は聞こえないどころか『地図』からも消えてるはずなんすけどね」



俺の言葉に苛ついたらしい仮面の女は、手に持つナイフをこちらに向ける。


「まあ良いっす。あんた生きて帰れないっすよ」

「へえ。そりゃ良いな」

「あ……?」

「殺せるもんなら殺してくれ」


コイツの情報は全く無い。

今持っているナイフが武器って事しか分からん。

いつも通りやるしかないだろう。


「ふざけた事を……『ウィンドステップ』」


早い!

彼女が唱えた直後――すぐに俺の目の前に現れた。

対応しようとするもののその仮面に潜り込まれる。


「――っ」

「遅いっすよ!」


そのまま腹へと襲い掛かるナイフ。

避けきれない――



「『装甲化』」



回避は不可能。俺は制服を『あの時』のように硬くする。



「ッ――何すかこれ!」



ガキン、と鈍い音。

ナイフが俺の服に弾かれる音だった。

正直これはやりたくなかったんだがな。



「只者じゃないっすね、あんた」



距離を取り、構え直す彼女。

俺は服を摩る。



「これ新品なのに穴が……今更か」



フラつく体を支え呟く。『刃物』は服には天敵。

ただでさえ今日は体調が悪い上に、イヤホン、地図の力を引き出すのに大量に体力を消耗しているんだ。

このまま攻撃を受けていればいつか『剥がれる』。


力を全て使えばコイツを倒す事は可能だが、追っ手が来た時に終わる。

この戦闘は省エネに。無茶は不可能。



「……? まあ良いっす。一発で通らないなら百発!」



仮面の女は突っ込んで来ない。

何かしようとしている。



「舞い散れ――『百切ハンドレッド』!」



ナイフを此方に向けたと思えば、それが『分裂』する。

『紙』の様に薄いナイフが――パラパラと数えきれない程舞う。

そしてそれは俺の方に刃先を向けた。


これは洒落になんないね。


ソレは、聞いたことがない詠唱。

魔法には決められた詠唱がある。

『ファイアボール』なら、『火よ、彼の者に炎を』みたいに。

だから魔法使いと戦う時は、詠唱によって事前に取る行動を決められるのだ。


だが彼女のソレは今まで耳にした事がない魔法。

よって、対処法が分からない。

そして、その威力すらも――



「――遅いっす!」

「ぐっ――!」



避けようとするが間に合わない。

『装甲』を抜けるべく紙のナイフが俺の身体に襲い掛かる。



「……流石にきつい」



防ぐ事が出来たのは半分程度。

後は全て俺の服を貫通した。

まるで針が無数に突き刺さっているような痛み。


流れる血が、俺の意識を朦朧とさせた。

攻めないといけないのに脚が動かない。



「どうやら、終わりみたいっすね――我求めるは、千の紙束――敵を覆い尽くす刃となりて――今ここに裂せよ!」



冷酷に告げると共に、詠唱を始める仮面。

先程とは比にならない鳥を象ったような刃が、無数に宙に舞う。



「『千刃鶴サウザンド』!!」



それが全て俺に向かった。

まるで紙吹雪。側から見れば綺麗だが……俺にとっちゃ死が見えている。


……悪いが、それを甘んじて受けるつもりなんてねえよ。

今ここで死んだら音無が死ぬからね。

後まだ遺書書いてないし。



「――、ヘッドホン」



覚悟を決めよう。

恐らくこれが――俺の最後の攻撃だ。

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