奏の声
なす術も無く僕はある場所に連れて来られた。
コンクリートで囲まれた地下室のような一室。
手足以外の拘束は外され、座らされる。
「『あの方』が来るまで、ちゃんと見張っとけよ」
「うっす!」
「ちょっと手間取ってな。一日ぐらい掛かりそうだ」
「うえー、退屈っすねぇ」
二人組の内一人が出て行く。
今なら――
「っと、言い忘れてたけど。あんた今魔法使えないっすよ」
「!?」
「別に試してみたら良いんじゃないっすか。ウチらそこまで愚かじゃないっす」
それが本当ならもう僕は確実に逃げられない。
「あの方が来られるまで、あんたの行動は全て縛らせて貰うっす」
「っ」
「まあまあそんな怖い顔しないで下さいっす、静かにしてれば大丈夫っすから」
分からない。『あの方』とかいう人物も、僕をこうする理由も。
あえて上げるとするなら僕のこの『魔法』だろう。
「じゃ、そういう訳っすから。多分明日の夜まではこの建物であたしと二人っきりっすね。宜しく」
「……」
「まあ邪な考えは捨てて、黙って静かに。あんたは絶対にここから逃げられない。痛い目に遭いたくなければってやつっす」
そう言って、部屋から出る彼女。
一人。
コンクリートの臭い。孤独感。襲い掛かる未来の不安。
「なんで、僕が……」
その全てが嫌で、僕の頬に涙が流れる。
泣いても叫んでも何も変わらない。でも……体が勝手に。
時間も場所も分からない状況の中――僕は、一人になってしまった。
――――――――
――――――
――――
今は何時何分だろう。
どれぐらい経ったかも分からない。
こんな場所じゃ、時間感覚も無くなっていく。
一分一秒が長く感じる。
ただでさえ弱い僕の精神が、どんどん細くなっていく。
明日。
僕は一体何をされるのだろう。
「もう、嫌だ……」
泣き言が自然と出る。
明日の夜までの時間がとてつもなく苦しい。
不安で眠れない。まるで地獄だ。
「誰、か」
助けて、そう言いかけて止める。
これまでずっと――親も兄弟もその他の人達も。
僕を助けてくれた事なんて。
――『全くの他人だ。隣の席ってだけのな』
頭の中。
『リピート』は出来ない。
でもまるで、本当に聞こえているかの様にそれが頭の中に木霊した。
僕を助けてくれた、『その人』を思い浮かべる。
「碧、君」
呟く。
僕の心が暖かくなる。
ずっと、痩せ細り続けていく僕の精神が、少しだけ回復した。
「碧、君」
その名を呟く。
『碧優生』。
僕を守ってくれた人だ。
一度も話した事なんてない。
でもいつの間にか、彼は大きな存在になっていた。
「碧、君。助けて」
それは、コンクリートの壁で反響する。
自然とその言葉が口から出ていた。
返ってきた自分の『声』に驚く。
ずっと小さかった僕の声――こんなに大きく発したのは初めてだった。
僕はまた口を開けた。
☆
「助けて」
「助けて」
「助けて」
その言葉をどれだけ続けただろうか。
飽きる事なくひたすらに。
「助けて、碧君」
僕はずっと言い続けていた。
一時間、二時間、三時間。
もしかしたらそれ以上かもしれない。
こんなコンクリートの部屋。聞こえているのは僕だけだ。
でもこうして続けていれば、いつか――そう思えるまでになるほど、僕の精神は安定している。
「ちょっと、あんた」
突如、僕の目の前に現れた仮面の女の人。
何をされるか分からない恐怖で腕が強張る。
「『あたま』……大丈夫っすか?」
僕に向かって、自身の頭を指で刺して僕に言う。
恐怖で何も言えなかった。
「さっきからさあ、助けて助けて……うざいんっすよ、そういうの」
「何時間もずっと、飽きないんすか?」
「最初に言ったっすよね、『助け』は絶対に来ない」
青筋を立てて、僕に捲し立てる彼女。
よっぽど僕の事が苛ついているらしい。仮面の先の目からもそれが伺えた。
「あんたの声はもう何者にも届かないっす」
キッパリと、僕のすぐ眼前に迫りにそう言う。
『届かない』。
「……」
《――「あっちょっと! カナデちゃんが何か喋ってるよ! 皆聞いてあげて」――》
《――「は? 何て?」――》
《――「オトナシさぁ、言いたい事あるならハッキリ言えよ」――》
子供の時から、この届かない声が嫌いだった。
口を開くと皆が不思議そうな顔でこっちを見て来るんだ。口元をじっと見られ、次に出てくる言葉は『聞こえない』、『声が小さい』だった。
何も伝わらない上に、人を不快にさせるだけのこの声。
……元々小さかった声が、更に小さくなっていく。口を開くのが怖くなってくる。
でも。
「何か言ったらどうっすか?もう『あの方』が来るまで半日を切ったっす」
「……助けて」
「は?」
僕は、君と会えて『声』を出したくなった。
答えなかったのは話したくなかったわけじゃない。その勇気が無かったんだ。
自分の声で君と話したいと思った。
君はこんな僕に、ずっと話をしようとしてくれたんだから。
「碧君、助けて!!」
『叫ぶ』。
僕の声が、狭い部屋に響く。
久しぶりに出す大声だった。
「あーうっざいなあ!! 『手は出すな』とか何とか言われたけどもう限界」
彼女が、懐からナイフの様な物を取り出す。
ギラっと光ったそれを僕に向ける。
「次なにか言えば刺す。いいっすね?」
血走った目。
怖い。
……でも。
「本当に来て、くれたんだ」
バタン、と『開く』音と共に、その影は姿を現していて。
「……え? はあ!? 何でここが――」
扉の前。
見えたのは、その顔。
涙が、頬に落ちていく。
ずっと待ち焦がれたその人の事。
『助けて』そう言っていた僕は、無駄じゃなかったんだ。
「ちゃんと聞こえてたぞ音無。ちなみに最後のは鼓膜弾けるかと思った」
『碧優生』。彼を見るだけで、心の底から暖かくなる。
これまでの恐怖が芯から溶けていく。
僕はもう大丈夫なんだと、そう思わせてくれる。
「今、助けてやるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます