発火
「っ……あ」
「おっお前まだやってたのかよ」
「ハズレ君ボロボロじゃん! その制服で学校行くのはもう無理だろ!」
「あ? ハハ、来なくて良いよこんな奴」
アレからオレはひたすら魔法でボコられた。
土魔法は防御が得意だが、肝心の魔力量が少ないからすぐガス切れして魔法が使えなくなるし、魔法適正も低いから高威力の魔法は貫通する始末。
盾役として攻撃から仲間を守るってのが土魔法使いの役割なのに、噛み合ってなさ過ぎるんだ。
そして今――コイツの攻撃を受け続けて、真っ先にオレは魔力切れ。
はは、笑えるよな。
もし火属性に適正があれば短期決戦型で行けたかもしれないのに。
なんで自分、星丘受かったんだっけ?
「氷の目よ、敵の力を示せ……『マジックビジョン』」
地面に横たえるまま見下すタクマの目に晒される。
マジックビジョン。彼の一族が使えるらしいそれは――敵の魔力残量を視れるというもの。
「どう?」
「ああ、やっぱアイツほとんど『空』だ。流石ハズレ、帰ろうぜ」
「死ななくて良かったね~ママの所に帰っとけ!」
「ほんと、ハズレって何でここ来れたんだよ――」
……ああ。
本当に、死ななくて良かった。
生きている――それだけで十分だったかもしれない。
弱者は地面に這いつくばって、強者の目を避けて行く。
なあ。
そうだろ?
そうだと言えよ!
「――はは……『落ちこぼれ共』が弱い者イジメか、お似合いだよな」
「――あ?」
「はぁ?」
「コイツ――」
なのに。
オレの口は――そんな言葉を並べていた。
空気が凍っていくのを感じる。
瀕死で思考がおかしくなったのかもしれない。
「タクマの兄は立派だよな。星丘の第八位……学園の『星』だよ。対してお前は何? 底辺のGクラスで成績は下、筆記に関してはオレより下だ! しかも今こうして――」
「『ウォーターボール』――死ね!!」
「――かっ、は……」
「おいタクマ! マジで死んじまうって!」
「気持ちは分かるが明日に……」
「うるせぇ――『アイスボール』!」
「……ぐっ!!」
氷の鈍い衝撃。
ほら見ろよ、視界が霞んで来やがった。
お前のせいだよ――優生。
でもありがとう。おかげで火が付いた。
ここで何も出来ないのなら死んだ方がマシ。
……そう。おそらくオレはこのまま『死ぬ』。
その覚悟は、お前のおかげで出来たんだ。
「も……燃えろ」
「はっ!? おい見ろよ、アイツ『異能』使ってるぞ!」
「あ……?」
オレの異能は本当に簡単なモノだ。
『手の平に火を灯せる』、それだけ。
火といってもろうそく程度。場所も手の平限定――
――もう一度言おう、『それだけ』。
異能ってのはマジでそういうもんなんだ。
あの優生の異能はおかしいんだよ。
でも。そんなカスみたいな特殊能力でもさ。
オレにとっちゃかけがえのない大事なモノなんだ。
笑われて、馬鹿にされても。
世界が無用の長物とか言ったとしても。
この火は――オレの誇りだったんだ。
「……来ないのか? 『一族の恥知らず』が」
「アイツ――」
「お、おいタクマ。アイツマジで頭イッちまって――」
「――おっ俺を、ここまで侮辱しやがって……『アイスボール』!! 殺す!」
「――っ、がっ、おえ……」
防御なんてこの魔力量じゃ出来ない、血を吐いて倒れる。
それでも――オレは手の平の火を灯し続けた。
大切な宝物を抱えるように。
《――「見ておかーさん! オレ手から不思議な火が出せるんだ、カッコ良くない?」――》
《――「ごめんね炎、異能なんて。こんな名前付けちゃったからかしら……」――》
《――「なんで? なんで泣くのおかーさん」――》
走馬灯の様に流れる光景。
忘れていた会話。
《――「おれは、魔法と異能……両方持ったスゲー魔法使いになれるんだぜ!」――》
……ああ。
ごめんな、やっぱり駄目だった。
でも――最期ぐらいは。
オレがこのまま死ねばコイツらは『負け』だ。社会的に死ぬ……そうだろ。
「よ、よせってタクマ――ほんとに死んじまう!」
はは、バカかお前ら見て分かんねーの?
もう遅い。
この出血量だ――それに。
「――『アイスアロー』!!」
「ぐがっ……おっ、あ……」
ダメ押しにもう一発。
それでも手の火は消さない。
ああ、最期くらいはコイツと共に逝こうじゃないか。
はは。
本当に綺麗だ、この異能は――
――なあ。
オレは、本当に。
このまま終わって良いのか?
『一発』入れなきゃ、満足に逝けねえだろ――!
「――っ!?」
瞬間。
頭がかち割れる様な感覚。
「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
激痛。まるで何かが頭の中で生まれる様な。
頭がおかしくなりそうなのに、意識は決して離れない。
まるで――死ぬのは早いとオレの身体が教えるように。
「はっ、はっ……あ? ああ……」
そしてほんの少しだけ『理解』出来た。
理屈なんて知らない、でも身体で分かった。
今のオレに――何が出来るかを。
「……お、おいコイツなんか怖いよ」
「やばいって……もう行こうぜ、なあ」
「……」
頭から流れる血が、視界を侵食し赤く染まる。
ドン引きの二人とまだ殺意満々なタクマ。
……ああ、どうしてだろう。
この手に宿る小さな火は、今になってオレに力を貸してくれる様だ。
なあ、応えてくれないか。
『オレは今、何の為に闘ってる?』
コイツらに腹を立てているからか。
優生の影響を受けたからか。
母親に申し訳なくなったからか。
ああ、全部そうだよな。
でも一番は自分の為――『プライド』だ。
このまま野垂死になんてして堪るか。せめてタクマに一撃入れなきゃ気が済まない!
「――! ああ、最高だ!」
それは己に応える様に。
感情が昂ぶる度に火は燃え上がっていく。
ろうそくのような灯火は、いつしか業火へ変化して。
「チッ、気持ち悪ぃ……『アイスボール』!!」
「――っ! なあ、どうして今まで攻撃の手を休めてたんだ? 格好のチャンスだったろ」
「あ……?」
火事場の馬鹿力ってやつだろうか。
身体が途轍もなく軽い。詠唱無しの氷の玉なら難なく避けられた。
「怖いのかオレが。ははは! そうなんだよなあ?」
「……マジで、ぶっ殺す!!」
煽り続ければ、簡単に向かってきてくれる。
そうだ――もっと怒れ。憤怒し判断を鈍らせろ。
「――っ」
「クソがッ、『ウォーターボ―ル』――!?」
弾道を予測して避ける。
そのまま突進。目標はコイツの首根っこ。
走って走って――捕まえた。
「ぐッ、何しやが――」
本能のまま。
心に宿る火のままに。
教えてやるよ――オレの、この異能の名を!
「燃えろ――『
瞬間。
手のひらが火に包まれ――次いで『伝染』。
タクマの身体が燃え上がる。
体力というガソリンを吸い上げながら炎上、炎上。
オレの残り少ない寿命すら、この業火は食らい尽くす様に思えた。
「あああああああああああああああ!!! あつい! あついあついあついあついあつ――」
「……」
タクマの悲鳴。
そしてそれをバックに、意識は薄れていく。
ふわふわとした感覚。
ああ、オレは死ぬんだろうか。
こんな時になって思い出す。
自分がどうしてココに入れたのか。
《――「炎君。その異能というハンデを持った君は、我が星丘を通し何になりたいんだ?」――》
星丘の入試試験後の面接。
《――「異能と魔法を使いこなす、最強の魔法使いになりたいです」――》
《――「……! ははは、君良いな」――》
オレは確か、恥ずかし気もなくそう言った。
その後受かって母親と泣いて喜んだっけ。
……ああ。
『アイツ』みたいな、最強は無理だったけど。
最悪な学校生活だったけど。
最期に一発、成し遂げたから良いか。
ありがとう。そしてさようなら。
母親に別れを言えないってのは寂しいけど、こればっかりは仕方ない。
「が、あ……あつい、あつい……」
「――や、やべえってまじで! おいタクマ――!?」
「!? お前誰だよ――」
「いやお前らどけって、このままじゃ普通に死ぬだろ」
諦め――目を開けているのもしんどくなって。
視界が真っ暗になった時。
「さてと……絆創膏貼ってやらないとな。軟膏もいる?」
「……? ああ……たの、む……」
どこか聞き覚えのある声がして――オレは意識を無くしたのだった。
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