揺れる灯火


あの後。

結局アイツは、学園十位すらも降参させ決闘を終えた。


身体が震えて涙すら出てきたその瞬間は、恐らく一生忘れることなどない。

でも、きっとそれは遠い世界の話だ。実際彼の異能とオレの異能じゃ何もかも違い過ぎる。


そう無理矢理に思って――オレはその会場を後にした。



「……」



でも今。


部屋に戻っても。夜になっても。

落ち着かず……眠れなかった。

彼の決闘を見てから――


「あー! 何だってんだよちくしょう!」


この胸のざわめきはなんだ?

落ち着かない――


ピロン!


そんな中鳴る着信音。

手元の携帯、母からだった。



『炎、学校は順調? 無理しないでね』

『心配し過ぎだって、友達もしっかり居るし魔法の成績もバッチリよ』

『そう? 貴方は私の自慢の息子です。星丘にまで入学して……でもどうか、無理だけはしないでね』



もちろん嘘だらけの返信。

こうするしかないだろ? 友達どころか毎日奴らのパシリ、成績は下の下、下手すりゃ二年になれるかも――



「――クソっ!!」



力無い拳が、枕を襲う。

……こういうときはいつもの掲示板を見るに限る。




250:名前:名無しの落ちこぼれ

今日ヤバかったな


251:名前:名無しの落ちこぼれ

いやあボクも久しぶりに震えたよ 

この六本目の指もピクピクしてる


252:名前:名無しの落ちこぼれ

>>251

隠す気なくて草 お前それって異能なの??


253:名前:名無しの落ちこぼれ

そうだよ えっとね、念じるか言葉にするかすると出てくるんだ

『シックスフィンガー!』って


254:名前:名無しの落ちこぼれ

えっ常にあるわけじゃないの


255:名前:名無しの落ちこぼれ

だからいつもは仕舞ってる

出したらバカにされるし


256:名前:名無しの落ちこぼれ

草 


257:名前:名無しの落ちこぼれ

異能にすら格差ってあるんだねぇ 


258:名前:名無しの落ちこぼれ

誰でも即死させる異能下さい


259:名前:名無しの落ちこぼれ

全人類死ぬぞ……


260:名前:名無しの落ちこぼれ

速攻でヤバい機関に連れていかれそう


261:名前:名無しの落ちこぼれ

隕石降らせる異能くれ 学校休みの時に学校つぶす


262:名前:名無しの落ちこぼれ

もう魔法で隕石はあるんだよなぁ……どうやるかとか知らんけど

噂じゃ複数人で力を合わせてドカーン 多分禁術


263:名前:名無しの落ちこぼれ

それじゃ隕石跳ね返す異能をry


264:名前:名無しの落ちこぼれ

そんなんあるわけねーだろwwww




「……いつも通りじゃねーか、コイツラも」



安心する。

ここは相変わらずで、オレもずっとコイツらの仲間なんだ。

それで良い。これで良いんだ。




270:名前:名無しの落ちこぼれ

お前らありがとうな、元気でたわ


271:名前:名無しの落ちこぼれ

えっ


272:名前:名無しの落ちこぼれ

おいおい照れるぜ 俺の異能で体重一グラム減らしてやろうか


273:名前:名無しの落ちこぼれ

なにそれ女の子にもてそう


274:名前:名無しの落ちこぼれ

あっごめんこの異能自分にしか使えねーんだった……


275:名前:名無しの落ちこぼれ

ゴミ


276:名前:名無しの落ちこぼれ

あ!?




「――でさー」

「そういやー」

「駅前のアレが~」



翌朝。

うるさく感じるクラスメイトの声は、きっとオレがボッチだからなんだろうな。


「そういや昨日の転校生凄かったね」

「アレ魔法じゃないらしいよ」

「『炎剣』が負けたとか聞いたけどマジ?」

「大マジ」


そして当然の様に上がる彼の話題。

そりゃそうだよな、なんたって異能だけであの炎剣を倒したんだから。

自分の事じゃないにしろ、異能持ちの自分からしたら嬉しい事この上ない。



「異能って弱いんじゃなかったの?」

「そりゃそうだろ、絶対アイツ実は魔法使ってるとかだって」

「異能っていったらゴミみたいなのばっかだもんな、自分だけの特殊能力って聞こえは良いけど」

「そうそう、なんたってウチのクラスにいるだろ?」



……雲行きが怪しくなってきた。

これは来るな。



「……ハハッなあ『ハズレ』! お前の異能なんだっけ?」


「……」


「あ?」

「えっ無視?」

「おいお前ムシされてんじゃん!」


……分からなかった。

いつもなら、適当に愛想笑いして受け流すのに。


「……おい」

「っ!」


「シカトするなんて良い度胸じゃねーか、ええ?」

「はな、せ」


「後テメェ昨日もパシリシカトしやがったよな? 舐めてたらぶっ殺すぞ、なあ?」



胸ぐらを掴まれ、そのまま思いっきり睨まれる。

ぶっちゃけ怖い。目を反らしながらそう言うのがやっとだった。

ただ――『抵抗』する事だけは辞めなかった。



「――おいタクマ! 先生来るって」

「チッ……覚えとけよ、ハズレ野郎が」



そのまま帰っていく不良共。

永遠にも感じたその地獄は、ようやく終わ――



「ハハハどうする? 放課後シメるか」

「っしゃあ! リンチだなリンチ」

「……ぶっ殺す」



――どうやら、地獄は始まったばかりの様だ。


手が震える。

後悔が押し寄せる。

それからの授業は――全く見に入らなかった。



301:名前:名無しの落ちこぼれ

放課後ボコられるらしい


みんなさようなら……


302:名前:名無しの落ちこぼれ

死ぬなwwwwww


303:名前:名無しの落ちこぼれ

しょうがねえな 俺達総動員でボコり返すか?


304:名前:名無しの落ちこぼれ

多分返り討ちにされるとおもう()


305:名前:名無しの落ちこぼれ

ヤバくなったら逃げるんやで


306:名前:名無しの落ちこぼれ

ネタだと信じてるよ





刑の執行を待つ囚人なんてのは、こんな気分なんだろうか。

何やってんだよオレは。馬鹿か?



「……」



キーンコンカーン……


と、その鐘の音が鳴ったということは放課後というわけで。

いよいよその時が来てしまった。

朝の愚行を悔いる暇すら、時間は与えてくれなかった。


……そうだ。

このまま帰ってしまおうか――



「――逃がすかよ」

「おいタクマ、流石に教室じゃまずいだろ!

「校舎裏行こうぜ、ひっさびさに暴れるかぁ~」


背中を制服ごと引っ張られる。

名門星丘は当然の事ながら勉学にも重きを置いているんだ。

だからこそ、鬱憤が堪るってものなんだろう。オレはそこまで苦じゃないが。


校舎裏。

いかにもって場所だよな……でも。



「な、なあ。どうせオレの事やるんなら決闘場の方が良いだろ」



地獄も長引けば嫌でも慣れるものらしい。

だからオレの頭は――今、何というか冷静になっていた。


決闘場なら周りの目もあるし、魔法が校則違反にならない。

しかも終われば身体の傷なんて一瞬で無くなるんだ。


どうせボコられるのは変わらない――彼らもこっちの方が容赦なくオレをやれる、オレは無傷で帰れる……Win-Winってやつ。



「……ハハハハハ! コイツボコられる方法提案するって!」

「どうするタクマ? 決闘申請出しとくか、適当に対人練習とか言えば通じるだろこの時期だし」

「ハハッ! 確かに合法で魔法ぶっ放せるのは良いな――」



……オレの素晴らしい案は受け入れられた。

コレは実を言うとあの転校生が決闘場で闘っていたのを見て思い付いたもの。


彼と大違いなのは、オレはコイツラに全く勝つ気が無いってことか。



「……?」


異変に気付いたのは、不良連中に連行されて――しばらくした後だった。


明らかに行き先が違う。

これは――校舎裏だ。


「お、おい、決闘場のハズじゃ」


「あ?」

「お前の狙いなんてバレバレなんだよ」

「テメーの言う通りになると思ったのかよバーカ」


憎たらしい笑みを貼り付け、オレへと告げる彼ら。

終わった。

クソっ――



「――おいっどこ行くんだよ?」


「ぐっ……がっ!」


「お前ら二人は見張っとけ。オレがボコる」

「チッ、タクマいいとこ取りかよ」

「さっさと終わらせろよ~」



タクマがオレの首根っこを掴み地面へと放り投げる。

鈍い痛み。遠ざかる声。

目の前には、歪んだ笑みを浮かべたタクマ。


「水よ、敵に水球を」

「――!?」


意識がハッキリする頃には、彼は既に詠唱を終えていて。



「『ウォータボール』」

「――ぐああっ!!」



ドッチボール大の水球が、オレの胸部を撃ち抜いた。



「っ、はっ、はっ――」



痛みと衝撃で、上手く息が出来ず倒れてしまう。

初級魔術、詠唱短縮のそれでもこれだけの威力。



「水よ、凝固し、敵を逃さず水針を――!」


「っ――」



生成されていく氷の槍は、明らかに中級魔術だ。これを食らったら本当にマズい。

でも――体が動いてくれない。魔法を、魔法を発動しないと!



「あ、『アースシールド』――」

「『アイスランス』」


手のひら大の土の盾は、襲い掛かる氷の槍に耐えられる訳もなく砕け散り――


「ぐあああ!! 痛っ、痛ってえ……」

「ハハハ、初級魔法でこれが防げるかよ。まあ防御しなきゃ瀕死だっただろうがな」



吹き飛ぶ身体。

刺さるような痛み。

血が出ていないのが不思議なぐらいだ。



「こんな事して、良いのかよ……!」

「あ? もしお前が『この事』を密告でもすりゃ俺達は退学だろうな」


笑う彼。


「でも、そんな事すりゃ……お前の家族もお前自身も、俺の『力』で終わらせてやる」

「……っ」


……そうだ。

タクマは、有力な魔法使いの一族の一員。オレなんかが敵う訳のない『力』を持っている。

手出しできない。コイツが息を吹きかければ飛ぶのがオレだ。そして……全く関係ない母親すらも。



「まっそういう訳だから、オレの気が済むまでお前はサンドバックな。おら防御しろよ――『アイスランス』」


「あ――『アイスシールド』……ぐっ!」


「シカトした自分を呪えよ! ハハハハハハ!!」



揺れる視界。

地面を眺めるその中で――その地獄が終わるのをただ待つだけの自分が。


どうしてか、凄く腹立った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る