閑話:神楽煉は戸惑い続ける


『碧優』。

星丘出身の彼女の事を、この学校で知らない者は居ないだろう。

当時では魔法世界では主流じゃなかった近距離特化の魔法を一人で極めて、二年からAクラス入り。

そこからは大躍進――日本が誇る魔法使いの一人だ。


そしてアタシが目標にしているのも彼女。

星丘に入ったのもそれが理由だ。



《――「ああ? 転校生?」――》


《――「はい! 何かあの碧優の息子らしいっすよ」「噂じゃコネ入学とか」――》


《――「……んだと?」――》



いつの間にかアタシの周りに居る彼らはそう言った。

あの彼女の血を引いている事。

そしてそれを利用しウチに入ったソイツに、アタシはムカついた。

見定めてやろう――そう思ったのだ。



「しょ、勝者――『碧優生』!」


結果。

アタシと、その他雑魚三十人は彼に負けた。

異能と馬鹿にした者達は逃げて。

自分もそれに、心が折れてしまった。


己の未熟さが身に染みた決闘だった。



「お前の焔剣は、今まで右腕で受けてきた全ての攻撃よりも怖かったって訳だ。分かるだろ」



そして、優生から声を掛けられる度に――胸の中がざわついた。

先ほどまで居た敗者共とは違う彼。


周りには、威勢の良かった舎弟達も。観客達も――口だけの奴らは全て居なくなっていた。



「じゃあ、さよ、なら――」



木霊する彼の声。

その別れで終わりたくない。

今までの舎弟を自称した奴なんて目にならない。アタシには無いモノを持つ彼を、もっと近くに置いておきたい――



「あっ。やっぱ無理ぽ……」

「は……? おっオイ!」



そう思考が乱れそうになった時。

優生は――まるで燃え尽きた様に倒れてしまったのだ。





「ほっほっ保健室連れて行きましょうか」

「はは、だいじょーぶ……」

「でもでも」

「ちょっと寝たら帰れるよ多分」

「寝るぅ!?」

「そこの雑草とか良い布団だよね」


倒れ込む彼に駆け寄っていた立会人。

それを追う様にアタシも近付く。


「オイ――」

「煉ちゃんとの話が長かったせいだ」

「れ、煉ちゃ……?」

「はあ? お前の事だけど」

「……ッ!」

「ははは、ごめんごめん」


何なんだよコイツは!

今まででアタシをそんな名で呼んだ奴なんて――って今はそんな事どうでも良い!


「そこまで無理してたのかよ」

「うん。色々力使いすぎた、異能って燃費悪いんだよね」

「ッ……」

「って訳で駅まで肩貸してくれ」

「は?」

「嫌なら良いけど」


コイツの思考が読めない。

これまで生きてきて、言われた事の無い事ばかり彼は続けてくる。


そしてそれに――悪い気がしないアタシが気味悪かった。


「……分かった」

「おっマジ? ありがとう」



「……ッ」

「助かる」


放課後。

肩を貸しながら彼と駅まで歩いて行く。

人があまり居なくて助かった。


……いつもなら人目なんて気にしない自分が、こんな気分になるとは思うまい。



「煉って電車乗るよね」

「名前で呼ぶのを今すぐ止めろ……そうだよ」

「勿体ないな。せっかく可愛い名前なのに」

「か、かわ……!?」

「神楽って前の学校で居たんだよ。だから下で呼びたかった。嫌なら――」

「チッ……ああクソ、もう何でも良い」

「おっホント? ありがとね煉」



また心がざわっとする。

決闘の時の、いちいち魔法に目を輝かせる様子もそうだ。

まるで子供の様な瞳がいちいち調子を狂わせた。



「オイ、さっきから何のつもりだ? アタシはテメェと仲良くする気なんて――」

「お前は『アイツら』と違ったから。実際こうして肩貸してくれてるし」

「!」

「ああ、それと」



アタシは何も言えない。

対して優生は一向に口が止まらない。



「煉ってさ、一緒に居ると安心するんだ」

「……は?」

「その攻撃的な感じが逆に着飾って無くて良い? みたいな」

「訳分かんねぇ」

「はは……なんつーか……こう……っ」

「!? オイ!」



そして話す途中。

彼の身体はずるずると地面に引っ張られた。

だが何とかその前に背中に乗せる。



「……」

「は? 寝てんのか? おい起きろって!」



どこまで気を許してるんだコイツは。

剣を交えたその相手に。

どうしてテメェは――



「クソッ、何なんだよ……」



分からなかった。理解出来なかった。

さっきまであんなにも強かった彼が、今アタシの肩で寝息を立てている。


その寝顔は無防備で――庇護欲が溢れて――守ってあげたくなる様な――



「何なんだよ。コイツは……」





「おはよう」

「!?」

「寝たらちょっとだけ元気になったよ」


結局。

その三十秒後に彼は目を覚ます。

それはもうピンピンとして。


……背中に掛かる声と暖かさが、アタシはもう色々限界で――



「わ、忘れ物した!!」

「あらら」

「先帰れ! 帰れるなら!」

「ありがとね。もう大丈夫」

「……ッ、じゃあな!!」



そんな嘘を吐いて。

アタシは学校に向けて走った。


この胸の中の、やりようのない熱さを掻き消す様に――

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