転入試験②


「実技試験に移る。付いてこい」

「分かりました」


筆記試験で満点を叩き出した彼は、何でも無いように私に付いてくる。


私は煙草を三本消費し……気を取り直して、実技試験に移る事にした。いくら勉学が出来た所で、魔法が一切使えない以上入学を蹴る事は出来る。

それを校長は分かっているのか?


「君は魔法が使えないんだってな」

「そうですね、魔力量もゼロですね」

「……それでこの学園に入学出来ると思うか?」

「出来るんですかね」

「私は――君の入学には反対だ」

「……」


黙る彼。

思わず喧嘩越しになってしまう。

仕方が無い事だ――こんな舐めた態度。


「私は容赦しない。校長がああ言えども、この実技試験でふがいない結果であれば――」

「まあ、頑張りますから」

「……試験の説明をする」


私達が辿り着いたのは、魔法射撃場。

遠距離魔法の訓練に用いる場所であり――向こう二十五メートル先には棒の上に乗った円形の『的』がある。


「アレを破壊しろ、それが試験だ」

「はぁ……魔法じゃなくても良いんですよね」

「……出来るのなら何でも良い。この際、別に遠距離攻撃に拘らなくても大丈夫だ」

「えっ」

「フッ、殴っても良いぞ?拳が壊れるだけだろうが」


悪戯に笑い彼に言う。


アレは生半可な攻撃では破壊出来ない。

というか――魔法による遠距離攻撃でも破壊は難しい。

本来は遠距離魔法の精度を測る道具。壊せるモノでは無いのだから。


「……じゃ、早速――『弾力強化』」

「!?」


次の瞬間。

彼は右腕からリング状の何かを取り出し、両手で伸ばし狙いを定める。

……輪ゴムだった。

分かっていても理解が出来ない。


「『発射』!」


瞬間。

バチン! と鈍い音がして――的は壊れた。


呆気なく。

まるで発泡スチロールの如く。


「……」

「……コレで良いですか? もう結構しんどいんですよね」

「だ……だが」

「破壊しろって言ったじゃないですか」

「ッ、そうだけれども」


何も言えない。

事実、その通りなのだから。


「……ははは。先生、さっきまで煙草吸ってましたよね」

「! なんでソレを」

「匂いで分かりますよ。ちょっとライター貸してくれません?」

「な……」

「良いですから」

「! 未成年は」

「じゃ。先生の手に握った状態でも良いですよ」

「は、はぁ!? 君は一体何を言って」

「――ほらほら。こっちこっち」


呆気に取られる私の手を取り、彼は的のある場所に歩いて行く。

この男、女性の手を平然と。



「……近くで見ると結構デカいんだな。信号機現象か」

「何をするつもりだ」

「じゃ、ライター握ってもらえますか」

「……ッ」


壊れた的の横にある、もう一つの的を前に彼は言う。

私は何も言えず、手にライターを取り出した。

その後に一回り大きい手が私の手を包む。

ほんの少し鼓動が高鳴る。


「は、早くしろ……」

「良いライターですね」

「ッ!」


銀色に鈍く光るソレは、私が星丘の教師になった記念に買ったものだ。

それを褒められて少し嬉しくなってしまった。

いや違うだろ!

でも今は彼の言う事を聞こう……。


「使うんだろう。蓋を開けて、歯車の部分を回せ……」

「どうもどうも――じゃ、いきますよ」


的から地面に伸びる棒に、彼は私の手ごとライターを持って行く。

不可解な状況。


そして、次の瞬間。


「『着火』」

「!? な……なんだこれは」


キン、と何時もの音と共に火が『噴き出る』。

明らかにライターの火力じゃない、

そしてそれは一瞬で、棒から的まで燃やし尽くした。


「……っ、はっ」

「おっおい! 大丈夫か!?」

「ちょっとクラッとしただけですよ……筆記で力使い過ぎたな」


火が尽きて、ガクンと体勢を崩し掛ける彼。

それを支える。



「んで……先生。コレ、魔法と何が違うんですかね」

「! それは――」



悲しげな碧優生のその台詞に、私は言い淀んだ。

『何』が違うか?

魔力を使っていない事。

魔道具を使っていない事。


でも答えはそうじゃない。

この規格外の異能を前にしても、やはりそれは違うのだ。

私達が使っているこの力と、その力とでは。

まるでそれはこの世界の常識であるかのように頭に刻みつけられている。

『異能』とは、この世界の『異物』であると――



「異能はどこまでいっても『魔法』じゃない……そうですよね。分かりますよ、使ってる本人が一番そう感じてますから」



まるで思考を読んだ様に、彼は寂しく笑いそう言った。

胸が締め付けられるその表情。


「……それはそうだ。でも」

「でも?」

「君は――ココに入学するべきだ」


放っておけなかった。

彼は自分の目に入る所に居て欲しい。


その強大な力とは対照的な――不意に見せるその表情。

寂しさ、悲しさが入り交じったそれ。

放っておけばどこに行ってしまうか分からないような、小さい子供のような危うさを彼は私に感じさせる。

碧優生という男を、己から遠い所へやりたくない……そんな強い想い。


「もちろんそのつもりですよ」

「そ、そうか」

「手。離してもらって良いですか?」

「あ――ああ!」


気付いたら、もう片方の手が彼の手を取っていた。


「あの……」

「何かあれば――すぐに私に相談しろ」

「ありがとうございます」


手を離してしまう前に。

私は彼にそう言った。





「それじゃ。気をつけて帰るんだぞ」

「はーい」

「先生! お兄ちゃん、入学出来るんですか?」

「冬休み明けからだ」

「やったー!」

「それじゃまた、松下先生」

「さよならー!」


校門から去ろうとする碧優生。

夕に染まる世界が、そのまま彼を奪ってしまいそうで。


「――ゆ、優生!」

「ん? 何ですか」

「……その、何でも無い。気をつけて帰るんだ」

「ははは、それ二回目ですよ。じゃ」


笑って星丘を後にする優生。

その目が――私に向けられて。


「……ッ」


どうして今、こんなに鼓動が高鳴っている?



「彼は、一体何なんだ……」



大きな夕焼けの空に私の声が響く。

その呟きには、誰も答えてくれなかった。

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