桜さんはいつ咲くか
@tanukids
桜さんはいつ咲くか
「佐倉さん、今週末空いてますか」
絵文字もなにもない強面な文面に少し寂しさを感じながら、私は一言「はい」と返信した。直接話している時は気にしなくていいが、文字にすると私はまだ桜さんではなく佐倉さんなのだと思い知らされる。無糖の青春を謳歌してきた私には、異性との距離の詰め方など分かる筈もない。上目遣いなどした日には、「川高剣道部の鷹」と恐れられたその瞳で萎縮させてしまうだろう。先生、私に大いなる知恵を授けて下さい、と本棚からはみ出して平積みされた少女漫画に手を伸ばすと、ピローンと可愛い音が鳴った。
「桜を見に行きませんか」
これってもしかして満開の桜を前に「桜が綺麗ですね」なんて言われちゃったりしてそれが実は私のことでさらにプロポーズだったりしてうひゃひゃああああ、とベッドをゴロゴロしながら一通り妄想を満喫した私は、「いいですよ」と一言返信した。
―――生憎の雨。昨日まで満開だった花びらは空しくも地面に散乱し、山々に連なる木々は緑の息吹を見せ始めている。傘に長靴着用という、およそ花見とは思えない格好をした私たちは、黙々と山を登っていた。
「ごめんなさい。私、雨女なんです」
「いえいえ」
続かない会話。お見合いでの記憶が甦る。うわっなにこの出来る営業マン風イケメンお兄さん、生で見ると五割増しだよ、と頭の中でプチパニックを起こしているうちにいつの間にか顔合わせは終わっていた。その後も映画を見に行ったり、夕食をご一緒したりはあるものの、いつもこんな感じである。正直なところ分からない。吉野さんの気持ちも、私の気持ちも。
「着きました」
ああだこうだと物思いに耽っているうちに、いつのまにか山頂のお寺にたどり着いていた。しかし、来る途中に駅で見つけたポスターとは似ても似つかない殺風景が目の前には広がっている。暫く横に並んで突っ立っていると、吉野さんが激しい雨音に負けない大声を張り上げてこう言った。
「桜が綺麗ですね」
「……はあ?」
自分でも想像していなかった声が出る。
「どういう意味ですか?」
「そ、それは。……味噌汁つくってのほうが良かったのかな、いやでもそれじゃあなんか厭らしい感じがするし……でも」
目をあちらこちらに泳がせながら、もごもごと何かを言っている彼に、私はだんだんと腹が経って来た。
「あのね、吉野さん。はっきり言ってあり得ないですよ」
ふうっ、と一息を着くとこれ迄なんとなく抱えていたモヤモヤが爆発した。
「そうです。普通デートでVシネマなんて見ないし、夕食に二郎系なんて食わないし、第一こんな天気で花見になんて連れてこないでくださいよ、プランB考えといてくださいよプランBぃぃい!」
一気にまくし立てて息を切らしていると、なんだか怒りを通り越して笑えてきた。見た目に騙されて感覚狂ってたけどこの人、恋愛経験値ゼロなんだ。
「……佐倉さんが男らしい人が好きだっていうので。一度決めたことを変えるのはよくないかなって思いまして。僕なりに勉強したんです、漢ってやつ」
「なにでですか?」
「……漫画、とか」
良い年した男が漫画片手に悶えてる様子を想像して、私は思わず吹き出した。彼が私と一緒だったのだと思うと、心が軽くなった気がした。
「もう、全然ダメな教科書ですね。これからは私が教えてあげます。まず呼び方。少女漫画では佐倉さんなんて呼びません」
「少女漫画?」
「聞こえませんでしたか?」
「……桜」
「よろしい」
薄紅に色づいた彼の頬を見て、私は盃を傾けたい気分になった。
「で、こんな雨ですから。体が冷えないようにこうするんです。えいっ」
二本の遅咲きの桜が、今花を咲かせた。
桜さんはいつ咲くか @tanukids
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