第11節 会食
「ちはや先生、ごちそーさまー」
少女は満足げな表情で、両手を合わせる。口の周りには、食べ終えたばかりのパフェのクリームがくっついている。
彼女との約束通り、千早黒樹は近くのファミリーレストランを訪れていた。国立一弥と昼食をとった場所でもある。彼女の両親への電話連絡は済ませており、3時のおやつといったところだった。
「おいしかったです。また食べたいです」
「ちゃっかり次回も予約か。きみは立派な大人になるね」
クリームを拭いながら笑顔で話しかけてくる少女を尻目に、彼は財布の中身を確認していた。「なくなったら国立先生に仕送りしてもらおうかな」などと不穏な独り言をこぼす。
「美味しかったかい?」
「はーい」
「じゃあ、そろそろ塾に戻ろうか?」
「いやー」
「でも、もうちはや先生のことは嫌いじゃなくなったんだよね?」
「ねむーい」
「ここにずっといたらお店の人が困るだろう? だから帰らないと」
「おやすみー」
少女はレストランのソファ席に横になった。演技だろうかと疑っていると、すぐにすやすやと寝息をこぼし始めた。
「嫌われなかったということで、今日は満足しよう」
寝た子を起こさないよう静かに立ちあがった彼は、レジへと向かい会計を済ませた。しばらく彼女はそっとしておこう。そんなことを考えながらテーブルに戻る。
「ちはや先生、どこ行っとったん」
すると少女が寝そべりながら不機嫌そうに視線を向けてきた。
「おいて帰るつもりじゃったんじゃ。うちがわがまま言うけん」
「お金を払ってきたんだよ。わがままだからって――」
「帰る」
少女は、ひょこんと席から飛び降りて、出口へ向かう。
ころころと態度を変える少女に困りつつ、そのあとに続く。ドアベルを鳴らして外に出て、歩いてきた道を並んで帰っていると、いつもの雑居ビルが見えてきた。
「なんで怒らんのん、嫌いにならんのん」
すると少女の口から、弱気な台詞が落っこちてきた。「なんで、なんで、ねえなんで」と質問攻めを始める。
「うちのお父さんは怒るが。わがままな子はいらん言うて。なんでなん、なんでなん?」
「うーん、と……」
彼の歩みは緩やかになる。どう答えようか考えているからだ。
「わがままだから、嫌いにならないんだよ」
彼は思案のすえにそう答えた。少女はまたもや言葉を失う。勉強をしないでいいと言ったときのように、彼の答えは自分の想定を越えていた。
「おかしい、わがままな子は嫌われるはずじゃがん」
「そんなことはないよ」
「嘘じゃ」
「だって退屈だよ? わがまま言えない関係なんて。言い合ってるほうが面白いだろう?」
「嘘じゃ嘘じゃ」
「うーん……」
このままだと問答が続くか、会話に飽きられてしまう。
「わがままな女の子のほうが可愛い」
彼は方向性を変えることにした。
「はっ……、はっ……、はげはげのちはや先生に言われても嫌じゃし!!」
少女は頬を赤く染める。方向性の転換は、よい結果をもたらしたようだった。
「そんなこと言って、本当は照れている――」
「ちはや先生、そんなん言いよると気持ち悪い」
だが無情にも、少女の態度は冷いものに急変する。女心は難しい。
「ろりこん、変態、犯罪者」
「…………」
再び、2人の間に沈黙が回復する。雑居ビルに入り、エレベーターで3階を目指す。
「頑張るけん」
エレベーターのドアが開くと少女は言った。
「うん」
男が少女の背中に手を当てながらエレベーターを出ると、にぃ、と少女は笑った。
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