第2節 Still Blooming?



 ばたん、と車のドアを閉める。

 運転席側の扉に背中を預けたまま、動くことができない。

 決断を迫られていたが、まだ諦めきれなかった私は、学校で一日を過ごすことにした。その私を信じているという人間を求めるように。しかし結果は惨憺さんたんたるものだった。

 授業。

 お昼休み。

 男子バレー部。

 どこにいても、何をしていても、誰とも接触しない。生徒も教員も遠巻きに私を眺めるばかり。授業は壁相手にしゃべっているみたいだった。お昼休みは一人っきり。放課後も私を無視して練習メニューを消化している。何度も声をかけたが反応はなかった。

 ついに私は、職員専用の駐車場に逃げ出していた。

 このまま苫田高校を帰ってしまいたかったが、どうしても最後に、確認しなければならないことが1つだけ残っている。

「お待たせしてすみません」

 視界に人影が入ってきた。「こちらからお声かけするつもりだったのですが」と待ち人は告げる。

「いえ、おいでいただき、ありがとうございます」

 ちょうど真正面に立ち、お互いに見合う。

 メールで呼び出した彼女は、前よりもきれいな気がした。

「どんな話を聞かれたのかは知りませんが事実無根です。それは先生もご存じのはずです」

 月島の話をどう認識しているのだろうか。私に対して何を感じているのか。

 く気持ちが、すぐさま本題へと入らせる。

「もちろん分かっています」

 彼女は視線を落とさない。「月島さんは嘘をついていることくらいは」と続けた。

「国立先生が風邪を引かれているとき、門田さんから相談を受けました。月島さんが悩んでいるから話してあげてほしいと」

 門田が持ちかける月島についての相談事。

 私に起きたことと一緒ではないか。屋上に呼び出すために門田が暗躍するという構図と。

「月島さんが国立先生に迫られて困っているという内容でした。先生として尊敬しているから、異性としての関係を断りにくい」

「そ、それはまったくの嘘です」

 しかも設定までまるで逆。

 生徒として見ていた月島に迫られたのは私のほうだ。

「もちろんそうでしょう、ですが」

 彼女は顔を動かさない。そこにはいつもの微笑みがあった。

「そのとき疑ってしまったんです。国立先生が何かしたのではないかって。そのとき、もう、駄目だって分かってしまったんです……」

「……何が駄目なんですか」

「どうして国立先生を疑ったのか。普段、あまり話をしない門田さんを信じてしまったのか。本当に後悔しました。私はなんと酷い人間なのでしょう」

「……そんなことくらい、大したことではありません。誰だって間違えます」

 彼女はゆっくりと首を横にふった。「そうじゃないんです」と。

「坂を転げ落ちるように、疑いの気持ちが、どんどん大きくなっていって……。胸いっぱいにあった幸せな気持ちが、もう、国立先生から離れていくのを、止められなくて……」

 離れていく、どこからどこへ、何が……?

 彼女の言葉が上滑りする。

 分からない分からない分からない。何も見えてこない。意味が分からない。理解できない。

 どうして駄目なのか。たったそれだけのことで駄目になることなんてあり得ない。

「月島さんのことを耳にして、何もかも分からなくなっていました。私は、国立先生のことを好きだったのかどうか。自分も周りも信じられなくなって。いろんな憶測が流れるなかで、嘘でもいいから楽になりたいと、考えるようになって……」

 彼女は瞳を潤ませながらしゃべっていた。

 口を動かすたびに、痛々しく痙攣けいれんする頬。「ごめんなさい」とハンカチで顔を覆い、嗚咽おえつをこぼした。

「国立先生は何もされていないと思っています。でも、もう真実がどうであるかは関係ないんです。疑った事実は消せません。この気持ちのまま、あの事件を一緒に乗り切るなんて、もう……」

 待ってくれ。

 全部独りで決めるなんて。まだ私は話をしていない。

 まだ、まだ間に合うはずなんだ。もうこれ以上はしゃべらないで。もし言葉を発したら、そこでその気持ちは確実になってしまう。

 私は、車から身体を離して彼女に近づこうとする。

「花本――」

「ごめんなさい、もう疲れました」


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