第3節 シャルパンティエ効果

「ふわ、ぁ……あと、30分か」

 岡山駅の改札口で、終電時刻を確認する。

 あのあと花本先生とのんびり散策しながら、私は駅にたどり着いていた。「続きはまた今度」と先生はタクシーで帰宅している。することのなくなった私は、駅のコンビニエンスストアへと足が向かっていた。

「柴田に武田じゃないか」

 到着したコンビニエンスストア店内で、見慣れた2人を発見する。

 お酒コーナーにいた柴田と武田は、私の存在に気づくと、しまったという表情を浮かべた。

 彼らは買い物かごを手にしている。「見せてみろ」と中身を確認すると、そこには缶ビールが数本投げ込まれていた。

 私は買い物かごを取りあげ、缶ビールを商品棚に戻すと、2人の手を引いてコンビニエンスストアの外に出る。

「おい、何をしているのか分かっているのか」

 店の一角に柴田と武田を整列させると、私はやや激しい口調で叱りつけた。

 彼らは互いに顔を見合わせるが返事をしない。

「高校生がアルコールを飲んでいい理由があるのなら説明しろと言っているんだ。しかも、こんな遅い時間に」

 私は腕時計の文字盤をに見せつけた。すでに短針は『11』を過ぎている。

 腰に手を当てながらにらみつけられ、観念したのか柴田のほうから口を開く。

「俺ら、練習試合で楽勝だったから」

「ちょっとお祝いをしようって、さっきまで柴田と遊んでて」

 横にいた武田も頬をかきながら事情を説明する。

「このまま帰るのも気分が下がるっていうか、あれだからって。武田とそういう話になって」

「近くの公園で飲もうって話になったんです」

 淡々と語る2人をまえに、情けない気持ちが溢れてくる。

 インターハイへの出場が決まっているというのに、この脇の甘さは何なのか。もし、アルコールを口にしたことがおおやけになれば、出場停止は避けられない。今後の部活動にも支障をきたす。真面目に頑張ってきた佐々岡のことは考えなかったのだろうか。

「飲んでるのか……?」

 柴田と武田は強く首を振った。

 アルコールを飲んでいないというのは不幸中の幸いと考えるべきなのか。まだ2人が常飲している可能性は完全に否定されたわけではないため、今後の指導を考えると偏頭痛がしてくる。

「あの、国立先生」

 困り果てている私の様子を心配したのか。柴田がやんわりと話しかけてくる。

「自分らが悪いことしたってのは分かってます。それについては反省もしています。だから、そんな国立先生だけ頑張らなくてもいいと思うんです」

「俺も柴田と同感です。いっつも先生は真面目っていうか、そこまで我慢しなくてもっていうか」

 こいつらの言いたいことが理解できない。

 現場を押さえられてばつが悪かったり、あるいは私のことを逆恨みしたりすなら、まだ分かる。なのにこいつらは、私が頑張りすぎていると、まるで労苦をねぎらうようなことを。どうして私が心配されなければならないのか。背筋に強烈な寒気が走る。

「先生のことは、今はいい」

 屋台の出店にある水風船を慎重に引っ張りあげるような気持ちで、話を仕切り直す。

「お前たちが酒を飲もうとしたことは事実だ。見なかったことにはできない。処分がどうなるかは分からないが心の準備をしておくように」

「はい」

「はい」

 私は、彼らの手を引いて、タクシー乗り場に向かった。そして自宅に2人を送り届けてから自分も家路についた。

 自宅のアパートに戻ってからも、私の背中から寒気が引くことはなかった。

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