第3話 シシュフォスの神話


「中間試験、お疲れ様でした」

 花本先生が珈琲の差し入れをしてくれる。中間試験の採点作業を中断し、「ありがとうございます」とカップを受けとると、芳ばしい香りが立ちのぼってきた。

 こつこつ準備してきた中間試験も、試験日が来れば、一瞬で終わってしまう。採点に追われながら、私と花本先生は苦い余韻を味わっていた。

「ようやく終わりが見えてきましたね」

「ええ。早く採点作業を終わらせたいですね。インターハイに向けた部活指導や期末試験の問題作成に力を入れたいですから。あ、そういえば学級ノートへの返事も書かないと」

 あれこれと説明口調でしゃべる私。

「どれかお手伝いしましょうか?」

 花本先生は苦笑いを浮かべながらも助け船を出してくれる。

 が、先生にこれ以上甘えるわけにはいかない。多崎先生の「校長命令」によって、先生はインターハイ出場のための引率補助を行わなければならなくなったのだがら。

「もう花本先生には、十分お世話になってますから」

「ですが、お水の件もありますし、罪滅ぼしにも何か……」

 花本先生はそれでも引きさがらない。お水の件、というのは慰労会で花本先生が焼酎しょうちゅうとお水が同一であるという詭弁きべnを武器に、教員全員を酔いつぶした事件を指している。私では先生方の防波堤にならなかったのだが、そもそもアルコールはお水ではないのです、はい。

「でしたら、今度の練習試合に付き添っていただけますか?」

 すでに男子バレー部部長の佐々岡のアドバイスにしたがい、私は他校との練習試合をとりつけていた。

 あとは今度の土日を使って県外にバスで移動するだけ。引率は1人でも十分なのだが、花本先生に慣れてもらうという意味で提案した。

「はい、喜んで」

 先生は、ぱあっと笑顔で返事をしてくれた。

「ありがとうございます。詳しいことは、また説明しますので」

「よろしくお願いします」

 先生の笑顔に、不意に視線を奪われる。すると彼女も私の顔を見つめていた。

「あ、すみません」

「い、いえ」

 そして、取り繕うように視線を逸らす。お互いにデスク作業に戻った。

「そういえば、国立先生」

 花本先生は少しだけ高い声を出す。

「今日は夕方から大雨みたいです。警報は出ていませんが早めに帰ったほうがよさそうですよ」

「そうでしたか。だったら早々に切りあげたほうがいいですね」

 再び、視線を交えないまま、私と花本先生は言葉を交わした。


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