第1話 舞台役者のように踊りさえずる
「そろそろ中間試験の問題を完成させないとな」
大きく伸びをしたら、
私は、体育館での部活指導を終えて、職員室に向かっていた。お決まりの慣れきった道のり。『
「
すると背後から、男子部員の声が聞こえてきた。バレー部の部長をしている
「さよなら」「さよならさーん」
今度は別の男子2人が、体育館から駆けてきた。佐々岡の友人・
彼らの駆けた廊下をなぞりながら下駄箱に到着すると、私は回れ右をする。前方に見える職員室に向かおうとすると、
「国立せんせ、もう帰っちゃうの?」
またもや背後から呼びかけられた。その声は男子ではなく女子のもの。「男同士の交わりは?」ともったいぶった態度で続けてくる。
「男同士の交わりなら、もう十分してきたぞ」
「やあん、いやらしいわあ」
後ろを振り向くと、視線を泳がせながら口元を緩ませる女子生徒が、後ろ手を組みながら立っていた。
「熱き血潮のたぎる私立苫田高等学校の体育館。男子だけに許された饗宴(きょうえん)の園。高校一の堅物先生・
「その話は長いのか」
私のがっかりした様子に、彼女は、にぃ、と口角をあげる。
「『佐々岡っ!』『や、やめてください先生!』『うるさい! お前たちが……! 誘惑するお前たちが悪いんだぞ……!』『せっ、先生!?』――国立一弥の犠牲者がまた1人、歴史に刻まれるのであった」
そして彼女は、身振り手振りを交えて一人二役を演じきった。
「門田の想像力こそ、多くの犠牲者を生み出しているぞ」
この女子生徒は
飾らない性格で人懐っこい。多くの教員がムードメーカーとして彼女を重宝している。ときおり、男子生徒同士のやりとりを眺めては頬を緩ませるのだが、詳細は不明、ということにしたい。
「その豊かな想像力が、どうして校則に至らないのか」
何を指摘されたのか分からない。
そんな表情の門田が
「ここの規則は膝下だ。どうして短くする必要がある?」
「せんせが喜ぶかなって」
「門田が真面目になれば嬉しいぞ」
「私に視線奪われてるから? どきどきしちゃう?」
「奪われるのは門田の平常点だ。留年でもしたら、どきどきではすまないぞ」
「もう1年かけて、どきどきしてる先生の気持ちを奪っちゃおうかな」
「そうなったら、お前のせいで溜まった心労ごとくれてやる」
「あはは、約束だよ」
けらけらと門田は声をあげて笑う。「月ちゃんと半分こだね」と背後に視線を向けた。
門田の背中に隠れるように、もう1人の女子生徒が
彼女の名前は
2年2組で吹奏楽部。大人しい性格で、自分からしゃべることはほとんどない。成績優秀。問題行動皆無。教員からは手のかからない生徒として認識されている。おしゃべりで騒々しい門田とは対称的だ。
「ところで先生は結婚しないんですか?」
にやにやと笑いながら、上目遣いで見てくる門田。
またこの質問か。私は心のなかでため息をつく。30歳独身という私の肩書きは、門田だけではなく生徒たちのネタになっていた。「相手がいればな」と適当に返事をする。
「せんせ! ここには女子高生がよりどりみどり! 可愛い子もきれいな子も選び放題!」
「どうして私生活を犠牲にしてまで、子どものお守りをしなければならんのだ」
「あら不思議、せんせの目の前には、なんと苫田高校を代表する美少女が2人も」
「何も見えないな」
「いいの? 放っておいたら誰かにとられちゃいますよ? お買い得なのに?」
「安物買いの銭失い、って言葉を知っているか?」
「ほらほら、月ちゃんを見て? こんな美人の女子高生がいるのかって思わない?」
門田はわずかに横に移動し、背後の月島をアピールする。
月島は迷惑そうに横目で見つめている。この話題に巻き込むなと言っているようだ。私も同感だ。
私たちの気持ちを知ってか知らずか。にぃーっと笑顔のまま月島の背中に回り、「どーん」と彼女を突き飛ばした。おろおろとバランスを崩した月島は、私にもたれかかってくる。
「月島、大丈夫か?」
身体を預けたまま動けない彼女に声をかける。月島は無言のまま首を縦に振った。
両肩に手を乗せて、ゆっくりと押し戻し、元の位置へと戻す。
「あんまり月島をいじめてやるな」
「あれ? どきどきしなかった? もしかして月ちゃんのこと嫌い?」
「お前の聞きたい意味でなら、好きも嫌いもない」
とにかく完全下校の時間までには帰るんだぞ、と私は
「やれやれ、しつこいな」
職員室の入口に到着しても、門田はまだ叫んでいた。遠くに見える2つの人影のうち、一方が忙しなく動いている。
「もう帰れ」
私が大声で言うと、人影の片方は下駄箱へと消えた。もう片方は、動かないままこちらを見ていたが、しばらくすると下駄箱のほうへと姿を隠した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます