第7話再々会。

そう、そこにいたのは紛れもなく昨日、今日ずっときにしていた少女だった。


 少女は俺の叫びを聞いて――今度はなんだという顔をして――肩を少しビクッとさせる。


 だが、すぐに表情を変え、槍をキュッと抱え直しこちらを睨む。


 俺は彼女のプレッシャーに少し気圧されたが、その弱気な自分を今は封じ込めることにした。


 俺は再度彼女に「なぜだ?」と問うてみるが、返ってくるのは沈黙だけだった。


 ……なぜだ? なぜ、あいつがここにいる? ま、まさかだとは思うが華凛の様子がおかしかったのもこいつのせいか? いや、それは考え過ぎか? でも華凛が見ず知らずの人間を家に入れるとは思えない。 だが、あいつが俺の友達だと言っていたら? あるいは……


 俺が自分の中に数々の疑問や、思考を巡らせていると不意に、彼女のそのふっくらした桜色の唇が動く。


 その唇は、やわらかそうで、つやがある。でもって色合いもよかった。


 ああ、なんて言うか、かわいいな。 いやそうではなくて……


「ジェウンニ! ヴェ!」


 もちろん、何を言っているのか分からない。だが、彼女が何か怒鳴りつけてきているであろうことは見て取れた。


 しかし俺の頭は、考えるのをやめる素振りすらみせなかった。そのまま俺の頭はフルで回転し続けたのだ。


 そもそもお前は誰なんだ? とも思った。


 だが一向に答えは出ない。出るはずもない。――出たら怖い。


 そうだ! 分からい事は質問でしょ! 学校でもそうだよ! 頭の中の幼少期の俺がそんなことをほざく。


 ……馬鹿か、お前は? そんな自分に、少しイラッとくる。 それほどに俺は切羽詰まっているのだろうか?


 でも待てよ?


 さっきは馬鹿か? などといったが、なにも言葉が通じないと決まったわけではない。 問うてみるの、案外もいいかもしれない。 よし、それなら即実行だ。 思い立ったが吉日ってやつだ。 ちょっと違う気もするが……


 と、いうことで、今度はこちらから声をかけてみることにした。


 まず、一番聞きたかったことを尋ねてみる。


「お、お前は……一体、何ものなんだ……」


 なんだかんだ言って、俺も少し緊張しているようだ。 少しだけ、声が震えていた。――うわずっていた。


「……」


 彼女は――意思の疎通が叶わなかったのか――表情も姿勢も変えないまま、こちらをじっと見ている。


 ……かと思うと、彼女はむくっと立ち上がり槍を部屋の中心に放った。――ネガティブに言うと俺の方に放ってきた。


 俺は驚いて一歩退くが、その槍は俺に届くことも、床に落ちることもなく、床から百四十センチぐらいのところでふよふよ浮かんでいた。


 びっくりしたなぁ~、脅かしやがって。  ……てか、それも浮くのかよ……明るいとこで見ると……なんていうか、禍々しいな。


 その槍は――昨日や、今朝は暗くてわからなかったが――『禍々しい』、まさにこの言葉がぴったりな、黒単色で塗りつぶされた槍だった。


 こいつ、黒好きなのか?


 こんな状況の中で、そんなくだらないことを思った。


 でもそれは逆に考えれば、くだらないことを思える位の余裕が今の俺にある、ということだろう。


 実際、余裕があるのか、ないのかは、この際どちらでもいいだろう。


 俺が自分のことを分析していると、彼女はここで大きな動きを見せた。


 まず、俺のことを無言でキッと睨む、するとふよふよしていた槍が、穂先をしっかりこちらに向けて宙で静止する。


 俺はつばをゴクっとのみ、立ち尽くす。――実際は足がすくんだだけだが……


 そのまま彼女は俺の勉強机――叔父が、小学校の入学祝いに買ってくれたニ○リのやつだ。その上には本が数冊並んでいて、他には筆記用具、お菓子、プリント、あと四角い形のデジタル時計がおいてある。とてもじゃないが綺麗とは言い難い机だ。――に、手のひらサイズに折りたたまれた紙? を置いた。


 気になったが、彼女はすぐに動き出したので、それを目で追う。


 すると彼女は開いていた窓に手をかけ、そのまま飛び降りた。彼女が飛び降りると、それを追うように槍も窓から出て行った。


 俺は数瞬、ポカーンとしていたがすぐに、はっとして窓に駆け寄り首を出す。


 が、目に映るのは、家の駐車場と、その駐車場の左端にポツンと置かれている俺の自転車だけだった。


 ……一体なんだったんだ?


 俺はそのまま頭上を見上げ、朱色に染まってきた空をボーッと眺めていた。


 もうすっかり夕方になり、少し肌寒くなってきていた。


 だが、俺は聞いてしまった。 華凛の「アアァァーーッッ!!」という悲痛の叫びを。


 一瞬俺は聞き間違いか? と思ったが、それは自分の都合のいい思い違いだった。


 俺が……華凛の声聞き間違えるはずないだろ!!


 自分にそう言い聞かせ、まだ持っていたバックを放り投げ、駆け出す。 そのまま階段を駆け下りて、リビングへ飛び込む。


 そこで俺が目にしたのは。 イスに座ってテーブルで頭を抱える妹。


 それと、テーブルの上と、イスの下に広がる赤い液体。 つまり……


「――ウゥゥゥアアアァァァァァ!!!」


 俺は今日、二度目の叫びを上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る