第二次ファルギーズの戦い
西より吹きくる風はすでに秋の気配をはらみ、頬に心地よい。
ダインベルトの兜の極楽鳥の羽飾りもまた、西風を受けて揺れている。
普段は学者然としていても、こうして馬上の人ともなればそこはやはり大将軍であり、この千軍万馬の名将はただそこにいるだけで周囲の兵に絶大な安心感を与えるのだった。
「そろそろ、オングートの馬も肥える季節ですね」
ダインベルトの隣で馬を歩ませつつ、ウィルは空を見上げる。
千切れ雲の飛ぶ秋の空は、どこまでも高い。
「ああ、この季節はいつもあの騎馬の民の来寇が絶えなかったものだ。どうすれば彼等が二度と長城を越える気にならなくなるかと、ずいぶん頭を悩ませたものだよ」
「それで、地烈の聖紋を発動させたと?」
ウィルはオルバスに聞かされた大北方戦争でのダインベルトの戦いぶりを思い出した。囮でオングート兵を引きつけた上で聖紋の力を発動させ、さらに包囲して騎馬兵を叩きのめすその容赦のなさは、この大将軍の穏やかな話しぶりとは似つかわしくない。
「ウィル、私はできることなら戦いたくなどないのだよ」
「それはどういう意味です?」
「オングートの侵攻を防ぐには、一度彼らを徹底的に叩いて戦意を喪失させる必要がある。土下座すれば黙って兵を退いてくれるならこの頭などいくらでも下げるが、そういうわけにもいかないのでね」
ダインベルトの細い目が、どこか寂しそうな光をたたえた。
「将軍とは因果な商売だ。将来の平和を確保するため、今どうやって敵を殺すかを考えなければならない。それも必要なこととはいえ、命の価値を計られる側からすればたまったものではない」
「しかし、それが兵法というものではありませんか」
「兵法などというものはしょせん、嫌がらせの大系さ。相手がされて最も嫌なことをするのに長けているものが兵法の大家になれる」
「ということは、閣下はさしずめ嫌がらせの大家ということですか」
「そんなところだ。そういう者でも、ヴァルサスのような輩を相手にする時には役に立つ」
どこか自分を突き放したように笑うダインベルトに、ウィルは不思議な安心感を覚えた。
「それにしても、詩人というのは酔狂な真似をするものだ。最前線で私の戦いを見物させろなどという願い、鉄槌公の手紙で君の実績を知っていなければ絶対に受け入れなかったぞ」
「伊達と酔狂が私の信条です。この世紀の決戦をこの目で見ずして、戦場詩人などと名乗れましょうか」
「言うまでもないだろうが、戦場では自分の身は自分で守らなくてはならない。私のそばにいれば安全だなどという保証はできないのだぞ」
「閣下がみずから戦う姿をこの目で見ることができるのなら、それこそ本望というものです」
事もなげにウィルが言うと、ダインベルトは軽く肩をすくめた。
「大将がみずから戦っているようでは、その戦の
鉄槌公の推薦を受け、オルバスは百騎将としてダインベルト軍に入れられている。
出陣前には必ずヴァルサスの首をあげてやると意気込んでいたが、ダインベルトは敵陣に深入りするのは避けろ、とたしなめたものだった。
「それにしても、またこのファルギーズの地でアスカトラとカイザンラッドがぶつかることになるとは、一体なんの因果なのか」
ダインベルトの見つめる先には、見渡す限りの草原が広がっている。
遠くに小高い丘がいくつか見えるだけで、視界をさえぎるものは何もない。
野放し馬が草を食む姿も見えるのどかなこの地も、七年前にはヴァルサスがアスカトラ軍を破り、降参兵一万を生き埋めにした場所だ。
そして今、草原の彼方から黒雲が湧き出るように、黒い甲冑の軍団が現れた。
率いるはカイザンラッドの若き竜将、ヴァルサスである。
王都アルストから出陣したアスカトラ軍を、ヴァルサスは再びこの地で葬り去る気でいるのだろう。
ダインベルト軍が布陣を終えると、ヴァルサス軍は中央に黒鬼隊含む重装歩兵を、その両翼に騎馬隊を並べた。その姿は、あたかも黒竜が両の腕でダインベルト軍を掴み、大きな
対するダインベルト軍も中央を緑色の甲冑に身を包む重装歩兵、その左右に騎馬隊を並べている。両者の軍の構成はほぼ同じだ。ゆえに戦術の優劣と兵の練度で勝負が決まる。
戦いは、中央の部隊の弓の応酬からはじまった。
双方の陣営から弧を描いて飛来する矢の多くは盾に防がれるが、それでも大量に注がれる矢の雨は互いの兵力を少しづつ削り取っていく。
やがて矢が尽きると、先に動いたのはダインベルト軍だった。
草原の緑をそのまま写し込んだような緑色の一軍が、槍を構えて一斉にヴァルサス軍の中央へ突き入れる。
迎え撃つヴァルサス軍も槍を携え、戦場で激しく獲物が打ち合う音が鳴り響いた。 両者の力は拮抗し、戦況は一進一退を繰り返しているように思われたが、この時ダインベルトの本陣で異変が起こった。
リセリナは相変わらず感情に乏しい目で、ダインベルトの背中を見つめ続けていた。ダインベルトは兜を脱いだまま、引っ切り無しに前線からやってくる物見の兵の報告を聞いている。次々と指示を飛ばすダインベルトの首筋は、今や自分のためにがら空きになっているとしか思えなかった。
今ならやれる。そう確信したリセリナは隠し持っていた短刀を取り出すと、背後からダインベルトの首に突き立てた。
ダインベルトは悲鳴を上げることもなく、ぐらりと身体を揺らして落馬した。
側近が血相を変えて駆け寄る頃には、すでにリセリナの肩に止まっている鷹がヴァルサスの本陣めがけて飛び立っていた。鷹は程なくして、ヴァルサスに暗殺成功の報を届けることだろう。
ダインベルトが急死したことが前線にも伝わったのか、それまで必死で戦っていた重装歩兵は算を乱して逃げはじめた。皆が我先にと戦場の外へ駆けてゆき、もはや軍隊の体すらなしていない。
これを好機と見てとったヴァルサス軍は、一気にダインベルトの本陣をめがけて攻め込んできた。重装歩兵の壁がなくなった本陣では、弓兵が周囲を固めているのみだ。本陣を攻めるため、ヴァルサス軍の左右両翼の騎馬隊も動きはじめた。
リセリナはただちに捕らえられ、縄を打たれた。
だが、ダインベルトを殺せたのだから本望だ。
あとはここで、アスカトラ軍が瓦解するのを見ていればいい──そう思っていたのも束の間、絶命したはずのダインベルトがのっそりと地面から身を起こした。
ダインベルトはゆっくりとリセリナに歩み寄り、淡い燐光をまとわせながら足を止める。
「人は見たいものしか見ないものだが、人の血が混じっているお前も同じだったか」
その厳かな声は、ダインベルトのものとは違っていた。
額に鏡の紋様が浮かぶと、灰色の短髪が伸び、緑色の甲冑は消え失せて優雅な
「お前は、誰だ……!」
リセリナの目に激しい怒りの火が灯った。謀られていたことに気づき、激しく身をよじって縄を振りほどこうとするが、きつい戒めを解くことなどできない。
「このナルディス、人と手を組むのは不本意であったが、一族の血を引く者がアスカトラの柱石の血でその手を汚すことを防げたのなら、それも悪くはない」
リセリナは吠えるように叫んだ。自分の試みはすべて失敗に終わった。
絶望が視界を染める中、ナルディスは踵を返してもう一人のエルフのもとに歩み寄り、何事かを囁いた。
重装歩兵を撃退し、
弓弦が一斉に鳴ると、矢は降りしきる豪雨のような勢いでヴァルサス軍を次々と射止めた。飛来する矢の先は蒼く光っている。シルターン鋼の鎧にすら突き立つその矢は、森エルフの長老の聖紋の力で放たれる
間断なく放たれる矢はその場にヴァルサス軍を足止めし、前進する気力を奪った。
その時、戦場の外へ逃げ散ったはずのダインベルト軍が、再びヴァルサス軍へと斬り込んできた。戦意の落ちていたところへさらなる打撃を受け、ヴァルサス軍は大混乱に陥った。まるで獲物を狩るように、ダインベルト軍は怯えるヴァルサス軍の命を刈り取っていった。
「さて、これでまず正面の壁は引き剥がした。彼らを引き込むには、私が死んだと思わせる必要があった。戦とは実に騙し合いだな」
左翼の騎馬隊の中央で、ダインベルトは馬上からウィルに語りかけた。
「仕方がないでしょう。もともと我等を謀ろうとしていたのはヴァルサスなのですから」
「これこそが嫌がらせの真骨頂というわけだ。さて、次の嫌がらせにかかるとするか」
気軽に言うダインベルトの様子に、ウィルは苦笑した。
「嫌がらせなどという程度ではすまないでしょう」
「ヴァルサスがこの国に攻めてこなければ、私とてこんな真似はしないさ。さて、今度は左の壁を剥がしにかかるとしよう」
ダインベルトが高々と掲げた右手を振り下ろすと、騎馬隊は一斉に駆けはじめた。
ヴァルサスの右翼の騎馬隊との距離が詰まると、ダインベルトの額の紋様が輝くのをウィルは横目で見た。
次の瞬間、ヴァルサス騎馬隊の立っていた地面を強烈な振動が襲い、馬上の兵が次々に落馬した。何が起きたかわからぬヴァルサス軍は大混乱に陥り、慌てふためいた兵をダインベルトの騎馬隊が次々と馬蹄で踏みにじり、槍の餌食にしていく。
ヴァルサス騎馬隊がほぼ戦意を無くしたのを見て取ると、ダインベルトはそのまま戦場を横切り、ヴァルサスの本陣へと迫った。
その時、ヴァルサス本陣をダインベルトと反対方向から襲った一隊がいた。
この一隊の先頭に立っていたのはレグルスである。ヴァルサス軍の右翼騎馬隊の一隊を任されていたレグルスは、配下の護国隊を引き連れてヴァルサスの本陣を急襲した。
レグルスに近寄ろうとする兵は聖紋の力場の力で武器を折られ、勢いづいた護国隊に押されはじめていた。ヴァルサスを守る黒鬼隊はさすがに強力で、護国隊の攻撃にもひるまず必死に戦い続けていたが、そこへさらにダインベルトの騎馬隊が襲いかかった。
「おい、どこだ、ヴァルサス!さっさと俺と勝負しろ!」
オルバスは大剣を黒鬼隊の兜を叩き割るように振り下ろしつつ叫んだ。
先鋒として黒鬼隊に突き込み、その左腹を破ったオルバスは闘神のような働きぶりをみせ、大剣を振るいつつ辺りに血風を巻き起こしていた。
黒鬼隊が怯えたようにオルバスから距離を取ると、ちょうどヴァルサスの本隊に穴が穿たれたような格好になり、ダインベルト軍は
黒鬼隊はなおも奮戦するが、勢いに乗るダインベルト軍に押されて累々と戦場に死屍を積み上げていった。ダインベルト軍右翼の騎馬隊もレグルスの離脱のため数を減らしたヴァルサス軍左翼の騎馬隊を破り、余勢を駆ってヴァルサスの本隊へと攻め込んできたため、いよいよ黒鬼隊はヴァルサスの周辺を固める者だけとなりつつあった。
「もう観念するのだ、ヴァルサス。お前の命運もここで尽きた」
みずから剣をとり奮戦するヴァルサスに、ウィルは馬上から呼びかけた。
「ふん、こんなところで終わるくらいなら俺は竜将の器ではない」
不敵に笑うと、ヴァルサスの額に閉じられた目の形の紋様が浮いた。
閉じられていた目が開き、禍々しい紅い光を放つと、ヴァルサスの足元から無数の細い影が周囲に伸び、ダインベルト軍の兵士の腕に絡みついた。
「──我が意志は己が意志、我が
ヴァルサスが静かに呪言を唱えると、鉤爪の付いた手の形の影が兵士の腕を持ち上げ、そばにいたダインベルト軍の兵に剣を振り下ろした。兜ごと頭を割られた兵は、驚きに目を見開いたままその場にくずおれる。
「……あれが、ヴァルサスの紋章の真価なのか」
ダインベルトは紋章の力に支配されないよう、急いで馬首を返した。ヴァルサスの足元から伸びた影はダインベルト軍の兵を操り、味方を襲わせ、そこかしこで凄惨な同士討ちが発生していた。
「どうだ、これでも俺を討てるか?お前たちが俺を討つ気なら、まずこいつらを始末しなくてはならない」
ヴァルサスは虚ろな目をしたアスカトラ兵を壁のように自分の前に並べた。
「どれだけ部下が減ろうと、そこに人さえいれば俺にはいくらでも忠実な手下を作り出せる。味方が死ねばそれで終わるお前たちとは違う」
「ずいぶんと寂しい力だな。そんな力に頼っていたから、ハイナムの文明は滅びたのだろう」
静かに窘めるように、ウィルは口を開いた。ヴァルサスは唇の端についた血を舐める。
「負け惜しみか?どれだけ敵を追い詰めようと、勝つのは最後まで立っていた者なのだ。お前たちは俺の目の前まで来ていながら、この俺に指一本触れることすらできない。このアスカトラ兵にすら手出しができんのだからな」
ヴァルサスは突然目の前の兵士に斬りつけた。凄まじい速さで剣が翻ると、兵士の首がぐらりと傾き、地に転がり落ちる。
「どうだ?俺は敵であろうと味方であろうと、ためらいなくその命を奪うことができる。味方を殺せないお前たちはそれだけ選択肢が少ない。選べる道の多い者が勝ち残るのはこの世の必然だ」
「──そうか、そういえばお前はボエティアでも仮王を殺してのし上がったのだったな」
かぶりを振りつつ、ウィルは吐き捨てるように言った。
「だが、お前が強みと思っているその力は、実は弱みだ」
「そう言えば俺が動揺するとでも思っているのか?」
「その問いに答える前に、まずお前には我が味方を解放してもらおう」
ウィルは剣を頭上に掲げ、吟唱呪を唱えはじめた。
天空より来たれ、戦乙女の熾光
我が剣に宿りて、災厄の鞭を打ち払わん──
その声に応じて刀身が光り、小さな文字が剣の周囲を回転し始める。
「……ほう、吟唱呪か。お前がハリドを破った戦場詩人なのだな。だがお前にその先を唱えられるのか?」
ヴァルサスは目を
「お前は戦場詩人としてヘイルラントで我が軍を破って以来幾多の戦功を立ててきたようだが、今まで積み上げてきた信頼をすべてこの場で投げ捨てる気なのか?」
ヴァルサスの足元の影がウィルの手にも伸びてきた。
鉤爪の生えた手が手首を締め上げ、ウィルの額にも血管が浮き出る。
「どうせなら、お前も俺に従ったらどうだ?この紋章の力がある限り、誰も俺を倒すことなどできはしない。俺のもとで戦えば、いずれは世界をも手にすることができるというのに」
「それは、不可能だ」
「なぜそんなことが言える?」
「お前が紋章の力を完全に制御できていないからだ」
「何を馬鹿なことを言っている?このアスカトラ兵は皆俺の命に従っているではないか」
「そういう話ではない。ヴァルサス、お前は自分自身の心を支配できていない」
「なんだと」
ヴァルサスが眉に皺を寄せると、ウィルの手首を締める力が急に弱まった。
「ドワーフ達がハイナム時代に使っていた紋章は、魂への定着が深まるほど人間らしさを奪っていくものだった。逆に言えば、人間らしさを捨てるほどに紋章の力は強くなる。だがお前はまだ自分自身の欲望に引きずり回されている。そのような人間らしさが残っている限り、お前にはその紋章は使いこなせない」
「詭弁を弄すな」
「詭弁ではない。お前がまだ完全に紋章に支配されていないのは、あまりに人間的すぎるからだ。この世界の全てを手に入れようなど、所詮は凡夫の願望にすぎない。お前は自分で思っている以上に凡庸で、弱く、愚かしい、どこにでもいるただの成り上がりでしかない」
「黙れ!特別でない者がどうして竜将になれる」
「お前に真に竜将の器量があるのならば、なぜ詩人を狩る必要がある。少しでも危険を感じる者を根絶やしにしなければ気がすまない不寛容は、お前の臆病さの現れだ。その程度の者がどうして世界など手に入れられよう。お前は自分の弱さを受け入れられず、自分自身の主人にすらなれていない。そんな者に世界を統べる資格などあろうはずがないのだ」
「ほざくな。俺がどのような人間であるかは、俺自身が決めることだ」
再び鉤爪の手がウィルの手首を締める力が強まる。にもかかわらず、ウィルはその力を振り切るように一気に剣を振り下ろした。
「
太古の
そう言い終えた後、ウィルの剣の切先から一条の光が放たれ、ヴァルサスの額を打った。ヴァルサスが額を抑えながらよろめくと、それまでアスカトラ兵を縛っていた影が急に萎み、細かな黒い霧となって空中へと溶けていった。
ヴァルサスの支配を離れたアスカトラ兵は、憑き物が落ちたかのようにその場に剣を取り落とす。
「……お前は、やはりセリオンだったのか」
ウィルの背に流れる髪は銀色に変色し、澄んだ湖面のような瞳は碧色になっていた。その風貌は、ダインベルトと面会した安宿に貼られていた皇子の似顔絵が命を得て動き出しているかのようだ。
「吟唱呪は、言霊の力を用いて魂を蝕む紋章から人を開放するものだ。お前が私を恐れていたのは、紋章の力を借りず、正味の実力で他者と相対することが怖かったからなのだろう」
「紋章の力を得て何が悪い?貴人は聖紋などという力を生まれつき得ているではないか。それに並ぶ力を俺が得ることがそんなに不満か」
「聖紋は、当人の魂にふさわしいものしか宿らない。魂と無理に適合させるハイナムの紋章術とは違う」
「ならば、この俺の力だけでお前をひれ伏させれば満足か」
ヴァルサスはウィルに斬りかかろうとするが、さっきまでヴァルサスに操られていたアスカトラ兵がその前を塞いだ。
「邪魔をするな!」
ヴァルサスは瞬く間に数人を斬り倒したが、衆寡敵せずヴァルサスの周囲を固めるカイザンラッド兵は次々と討たれ、ヴァルサスはダインベルト軍に取り囲まれた。戦い続けるうちに疲労の極に達したヴァルサスは剣を落とされ、ついに丸腰となった。
「いい加減に観念されよ、ヴァルサス殿」
林立する剣の切先に包囲されたヴァルサスに、ダインベルトが静かに呼びかける。
「よいか、竜将は決して敵の手にかかっては死なぬものだ」
ヴァルサスの額の目がわずかに輝くと、足元から伸びた影が目の前の兵の手から剣を奪い取った。
「カイザンラッドに栄光あれ……!」
絶叫が響き渡ると、鉤爪の形の影が剣を振るい、ヴァルサスの首を刎ねた。
血飛沫が草叢を紅く染めると、影が消えて剣が地に落ち、ヴァルサスも同時に前のめりに倒れた。
「──最後の最後でようやく、彼は自分自身の主人になれたということかな」
ダインベルトはヴァルサスの屍を裏返すと、ゆっくりとその瞼を閉じさせた。
「今まで身分を偽っていたこと、誠に申し訳なく思います、閣下」
頭を下げるウィルの髪は、すでに金髪に戻っていた。
伏せられているその瞳も、深い蒼をたたえている。
「さて、何のことかな。君は戦場詩人ウィルで、吟唱呪の力でヴァルサスを破った。それ以上でも以下でもない」
淡々と言うダインベルトを前に、ウィルは頭をあげることができなかった。
「私の部下には
ウィルが瞼を閉じると、その裏にコーデリアの姿が浮かんだ。
もはや、このアスカトラにも身の置き所はなくなった。
次はどの地に流れていくべきか。吹きつける西風に耳を澄ましても、風は何も答えてくれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます