護国隊の襲撃

「護国隊?賊なのにずいぶんと大層な名を名乗っているのですね」


 ウィルは向かいのベッドの上に胡座をかいている男に問いを向けた。


「なんだってそんな名を付けたのかは知らんがね。ただまあ、襲撃した相手の生命までは取らないらしいんだが」

「ほう、そこまで残忍ではない、というわけですか」

「そもそもこいつらは、誰でも彼でも襲うってわけじゃねえらしいんだ。俺も詳しいことは知らんが、相当に富裕なやつだけを狙ってるみたいでね。大規模な隊商なんかはよく目をつけられるらしい」


 男はそう言いつつ、鼻の頭を指先でこすった。

 命は取らず富裕な者だけを狙うというのは、いわゆる義賊、という奴なのだろうか。


「では、その者達はある種の義侠心の持ち主であると?」

「さあ、どうだろうな。たしかに庶民には手を出さんらしいが、かと言って奴等が貧しい奴等に奪った金を配って回ったって話も聞かねえ。金持ちだけを狙うのは、単にその方が実入りがいいってだけのことだろうさ」


 確かにそうかもしれない。しかしそうであるなら、なぜ護国隊などという名を名乗っているのだろう。


「しかし、誰も殺さないということは、彼等はよほどの手練なのでしょうね。富裕な者は腕の立つ傭兵を雇っているだろうし、彼等が追ってこないようにするためにも死に至らしめた方が良いはずなのに、生かしておくとは」

「それがな、どうも奴等の襲撃は妙なんだ」

「妙、と言うと?」

「俺にゃよくわからんが、奴等に襲撃された現場というのを、当の護衛連中もよく覚えてないらしいんだな。だもんで、誰も殺さないのに追いつかれることもないし、本拠地がばれることもねえらしいんだ」

「うむ……それは確かに妙ですね」


 ウィルは腕組みをすると、少し思案を巡らせた。襲撃した時点で姿を見られているはずなのに、その現場を護衛の者達が覚えていないとは、一体どういうことなのか。


「襲撃された時の記憶が無いということは、金品を奪われているところも誰も見ていない、ということですか?」

「ああ、どうもそうらしい。気がついた時には全て事が終わっていて、護国隊の連中はどこかに雲隠れしちまってるんだとさ。そんな調子だから誰も奴等をとっ捕まえられないし、首領の正体も掴めねえのさ」

「なるほど」


 護国隊とやらの正体は全く不明だが、襲撃している時に何かが起きていることは確かだ。

 ウィルの詩人の魂が疼く。その現場をどうにか目の当たりにし、あわよくば彼等を捕まえることはできないだろうか?


「どうも物騒な人達のようですが、別に放っておいてもいいのではありませんか。お金持ちの人しか襲わないのなら、どのみち私達には関係のないことでしょう」


 階下のベッドからコーデリアが話しかけてきた。疲れているのか、語尾に生あくびが重なった。


「いえ、関係ない、とまでは言えないかもしれません」


 ウィルの脳裏を、食堂でこちらを睨みつけてきた男達がかすめた。

 あの明らかに腕の立つ男達が、何を守っているのかが気になる。


「それは、どういうことですか?」

「我々はこれからクロンダイト公に面会しなければいけない立場です。どうせなら、何か手土産があったほうがいいとは思いませんか?」


 しばらく間を置いてから、コーデリアは答えた。


「そのことなら、明日お話を聞きます。今日はもう早めに休みましょう」


 言葉を切ると、ベッドの下から毛布をかぶる音が聞こえてきた。

 これ以上話しても無駄だと悟ったウィルも、明日に備えておとなしく眠りにつくこととした。



 ライ麦パンとスープだけの簡素な朝食を終え、宿の支払いを済ませると、ウィルとコーデリアは昨日食堂で同席していた男達の後ろを歩いていた。

 後をつけていると思われないよう少し距離は離しているが、この距離からでも男達が馬車の周りを固めつつ、四方に気を配っていることがはっきりと見て取れる。

 剣呑な雰囲気を感じつつ、ウィルは砂利の多い峠道を下る。


「ウィル、詩の題材が増えるって一体どういうことです?」


 コーデリアの問に、ウィルは振り返りつつ微笑で応じる。


「誰も正体を見たことのない賊をこの眼で確かめられたなら、良い詩の一つも生まれるでしょう」

「もう、私達は詩作のために旅をしているのではないんですよ?面倒事になんて巻き込まれない方がいいに決まっているじゃありませんか」

「竜の巣に入らなければ竜の卵は抱けない、とも申しますよ」

「竜の卵なんて欲しくありません。私は無事にクロノイアに着ければ、それでいいんです」

「我々がそう望んでいたとしても、果たして彼等がそれを許してくれるでしょうかね」


 ウィルの周囲で微かに空気が揺れた気がした。

 街道の両脇には丈の高い草が繁茂しているが、その向こうに何者かの気配が感じられる。


「──どうやら、竜の卵の方から我々の手の中に飛び込んできたようですよ」


 ウィルがそっと囁きかけると、鋭く空を裂いて何かがくさむらの中からコーデリアに向けて飛来した。ウィルはそれがコーデリアに当たる寸前で素早くつかみ取り、掌の中を改める。


「これは……」


 その矢をじっくりと眺める暇も与えず、二の矢がウィルに向かって放たれた。

 身を屈めるついでにコーデリアの肩を掴み、地面に伏せさせる。

 二人の頭上すれすれを矢が掠め、そばの樹木の根元付近に突き刺さった。


「ほう、この矢を全てかわしたか。久しぶりに骨のある奴に出会えたようだ」


 茂みを揺らす音とともに現れたのは、胸当てと膝当てだけを付けた軽装の戦士だ。

 口には黒い布を巻きつけているため表情は伺えないが、その目は猛禽のような強い光を宿している。


「どうやら、少々変わった矢を用いているようだが」


 地面から立ち上がりつつ、ウィルは馬車の方に目を向けた。

 すでに護衛の者達は矢を突き立てられて地に倒れているが、不思議と彼等の表情は穏やかだ。安らかな寝息を立てて眠っているようにすら見える。矢の刺さった肩や太腿からは血すら流れていない。


「惜しいことだな。この矢の的になっていれば、今頃いい夢を見ていられたものを」


 男は鼻を鳴らすと、抜剣した。剣の腹には古代ハイナム文字の紋様が刻まれ、刀身が緑色に光っている。紋章武器だ。


「なかなかに興味深い方達だ。国を護るなどと言いつつ隊商を襲い、それでいて人は殺さない……」

「生憎だが、あまり俺たちには興味など持たん方が身のためだ。長生きしたければな」

「退屈な余生を過ごすより、刺激を求めるのが戦場詩人のさがというものさ」

「夢を見るのは夢の中だけにしておけ。うつつの中に夢を見るな」


 鋭く声を発すると、男はいきなり斬りかかってきた。

 頭上に落ちてきた一撃を飛び退いてかわすと、剣の軌道が宙にみどりの尾を引く。

 ウィルが抜剣して突きを繰り出すと、男はわずかに首を動かしただけで避けた。


「その動き、アスカトラの流派ではないようだな」


 その言葉には答えず、ウィルは剣を舞わせ、男に斬撃の雨を降らせる。

 そのことごとくを弾き返しつつ、男は息一つ乱さない。

 三十合ばかり戦い続けた後、男はウィルと距離を離し、頭上高く剣を掲げた。


「なかなかやるようだが、俺もいつまでも遊んでいるわけにはいかん」


 男がゆっくりと剣の切っ先で円を描くと刀身の紋様が怪しく光り、ぐらりとウィルの視界が揺らいだ。足元が奇妙な浮遊感に包まれ、急に瞼が重くなり、どこからか子守唄のような歌声が聞こえてくる。


(これは……何だ……?)


 眼の前の景色が水彩画のように淡く滲み、溶け落ちてゆく。

 やがてその向こうに現れたぼんやりとした光の塊に、ウィルは目を奪われた。


「──オン、何も心配しなくていいのですよ。貴方はこの世界に守られていれば、憂いとは無縁に生きられるのですから」


 光の塊が少しづつ人の輪郭を形作り、こちらに語りかけてきた。

 その声の懐かしい響きに、ウィルの鼻の奥が熱くなる。


(……貴方は……)


 その声のする方へと、ウィルは呆けたように歩み寄る。


「なぜ、わざわざ苦しい生など背負おうとするのです?さあ、こちらにいらっしゃい」


 こちらに手招きする人影に、ウィルは近付こうとする。

 しかしすんでのところで、自分自身を咎める声が聞こえた。


(──行ってはいけない)


 何故だかわからないが、そんな気がした。

 ウィルは思い切り手の甲をつねると、声を振り絞った。


「お前は何者だ?私をどこへ連れて行こうとしている」


 人影は曖昧に揺らめき、その問いには答えなかった。


「生きることを諦めよというのなら、私の答えはこうだ」


 ウィルは人影に袈裟懸けに切りつけた。

 人影は凄まじい絶叫を発すると散り散りになり、細かい霧となって周囲の空間へと溶けていった。


(……どうにかして誘惑を断ち切れたようだ、が……)


 そこまでが意思力の限界だった。ウィルががくりと地に膝をつくと猛烈な睡魔が襲い掛かってきて、やがてウィルの視界が暗転した。

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