第8話 踏まれて蹴られる眠る人。
彼は、眠っている。
実験器具の横に椅子を据え、水槽の縁にもたれて幸せそうに眠っている。
彼が起きているのを見た事がある者はあまりいない。
彼はケイシィ。「眠りのケイシィ」。この通りで、貧乏なりに自由気ままに自給自足の生活をしている錬金術師だ。
テーブルの上には、昨日取ってきたらしき木の実が食べかけのまま転がっている。
コップの中身は、一昨日汲んで壺に溜めおきした泉の水。
その隣には、タバコの吸殻が山になった灰皿。
タバコ代を除けば、特に金銭にこだわらなくてもこの森では充分生きていける。タバコ代や研究費を稼ぐなら、薬草や森の恵みを集めて市で売ればいい。
金銭にがつがつと追いかけられない、気ままな生活。
彼の家の窓から煙が出ている時は、ぼやでなければ実験中かタバコを延々とふかしているのだと思って間違いはない。
喫煙と睡眠の合間に研究をする。そんな、平穏な日々。
治安がいいこの通りで、ただでさえ取られる物もない家でドアの鍵を気にする必要もなく。
ドアを半開きにしたまま、彼はすうすうと眠っている。
故に、通りをあじの開きが跳ねて行こうが、それを追いかけるエリカが寝ぼけ声で叫ぼうが、あまつさえあじが家の中に侵入してテーブルの周りをエリカとぐるぐる追いかけっこして自分が踏まれて蹴られて突き飛ばされて実験中の水槽に頭が水没しようが……構わず眠り続けているのであった。
……彼は、まだ眠っている。
薄蒼く輝く液体の中に首を突っ込んだまま、ぷくぷくと眠っている……。
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