第5話 朝の日誌。
少し背の高い女性が、簡単な朝食を終えて机に向かっていた。
澄んだ焦げ茶の瞳に、たまに男性と間違われるきりっとした顔。肌には、ぽつぽつと荒れてかさぶたになった部分がある。
手の届く場所には、軟膏の入った瓶。
きれいに整えられた棚の中には、整然と並ぶフラスコ類。
別の棚には薬草を詰められた瓶が、ラベルを張られてみっちりと詰まっている。
壁際には魔力バッテリーを繋いだ蒸留器が設置され、透明な液体をたたえてしゅんしゅんと音を立てている。「試運転中」という張り紙があるところを見ると、おそらく調整中のものなのだろう。
きちんと壁にかけられた工具の数々がなければ、治療術師の家だと言っても通じそうな室内だ。
彼女はヨゥ。薬剤師出身の技術師だ。自分の体質に合う薬を作ろうと試行錯誤を重ねているうちに、必要な道具と動力を得るため必然的にこの道に足を踏み入れた。
こまめに日誌をつけるのは、ヨウの習慣のひとつ。
今日も羽根ペンを片手に、流麗な文字で日誌をつける。
○月×日
朝の内、晴れ。
今日は徹夜してしまったが、肌の炎症はあまりひどくない。昨日進まなかった実験が割と順調に進んで、ストレスを溜めずに済んだからかもしれない。前の実験の失敗は、蒸留器の改良が不十分なためだった。設計図の修正は、溶液を取り出す管の部分を書き直せば終了。朝食が終わってから済ませた。昼まで仮眠しようかと思う。
今朝は朝早くからエリカさんが道を走って行った。「朝ご飯」とか叫びながら何かを追いかけていたようだったが、一体何を追いかけていたのだろう。道を走るほど活きの良い食材だったのだろうか。窓を開けて見てみたが、エリカさんの背中に隠れて肝心の物は見えなかった。
たまにこういう事がある。気にはなるが、あの状態のエリカさんは眠っているから声をかけてもまともな会話が成り立つ自信がない。機会があったら、今度は現場を押さえてみよう。
軽く仮眠をしたら、午後から企業の人と打ち合わせ。今回来る担当の人が私を男に間違えたら、いっそ男性名でもでっちあげて書類にサインしてやろうか。いい加減、あそこの会社は担当がころころ替わりすぎて困る。
その後、チャムさんにホワイティの毛を分析して完成した「毛染め薬」が生産ラインに乗った事を報告がてら、発生したロイヤリティを渡しに行く予定。
ぱたん、と日誌を閉じ、短い黒髪に手櫛を通して伸びをする。ヨゥは薬品棚に日誌を片付け、ベッドに入るために立ち上がった。
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