第3話 シュレッサ

 ブオン! と風を切る音がした。それはもちろん、シュレッサから解き放たれた素早い拳の音。しかしそれより早くセレネは動く。攻撃をよけてばかりの彼女に嫌気がさしたのかシュレッサが舌打ちしながら間合いをとった。


「ちょこまかと逃げて…あんた、戦う気あんの?!」


 セレネのエメラルドグリーンの瞳が細められる。


「大ありだ」

「じゃあ逃げてばっかりいないで、かかってきなさいよ!」

「やれやれ」


 セレネは溜息とともに今度は二本の指を使って空気中に何か文字を書いた。


「気性が荒い姉だ…だからあんなことになったのではないのか」

「あんなことって…なに」

「あの幼い兄弟のことだ」

「──…!」


 そして言いながら、セレネは文字を書き続ける。


「知ったような口を…叩くな!!」


 シュレッサは両拳を天に掲げる。彼女の拳が光り輝き…そして。


「粉々に砕けてしまえ!!」


 ダン! と力強く足踏みをした。


「アース・トルネードぉお!」


 声高らかにそう発言した直後、彼女はその光り輝く拳を地面に突き刺すと、その部分から地震のように地面が揺れ動き、あたり一帯、いくつも巨大なとがった岩が地面から壁から突き出たと思いきや、まるで竜巻のごとく疾風が巻き起こり岩が砕ける。

 そのまま風が岩を運びながら敵を巻き込もうとした。


「圧倒的だ…」


 こんな圧倒的な力の前では…人間はまさに無力ではないか。少しだけわかった気がする。何故マペットと呼ばれる彼女たちが…恐れられたのか。

 しかし、イアンはそれでも怖いとは思わなかった。


 否…


 思えないのだ。どうしても。


 彼女たちが使う力は──…圧倒的で、不思議で、奇妙で…

 だがそれらは人のために彼女たちは力を振るった。人を助けるために。たとえ埋め込まれたプログラムだとしても、彼女たちは健気に守ったハズだ。


 それが、今は暴走している…なぜ、暴走している?


 イアンはジッとシュレッサを見つめた。そして気が付いたのだ。


「もしかして…」


 そう彼が呟くのと、セレネが空気中に文字を半月程度に書き終わるのと、ほぼ同時だった。

 セレネは目を細めた。憂いある目。


「我が姉シュレッサ…今まだ悔い改められる。まだ…間に合う」


 セレネはスッと彼女へ手を差し伸べた。シュレッサはそれを驚の顔で見つめ、次に迷う仕草をした。


「だめ…もう間に合わない…なにもかも! もう手遅れなんだ!!」


 彼女の感情が高ぶり、ますます岩が出てくる。


「ああぁぁああああああ!!」


 シュレッサは泣きながら頭を抱えた。


「…手遅れなんてことはないのにな…なのにシュレッサ…あなたは諦めてしまったのか…」


 セレネはフッと目をつぶった。そして再び静かに瞼を開ける。


「ならば…もう休め…私が眠らせてあげよう」


 その顔は悲しみ一色に染まっていた。

 セレネは空気中の文字を鍵盤のようになぞり、光り輝かせた。


「セレクト」


 ピッとシュレッサを指さす。すると彼女が光り、宙に浮く。


「タイム…」

「まって…」


 イアンが立ち上がり、走った。


「まってよセレネ!!」


 バッと彼はセレネの前に両手を広げながら現れ、セレネの攻撃を止める。


「…何をしている」

「それはこっちのセリフだよ! セレネは…シュレッサになにをしようとしてたの?!」

「そ、それは…」

「消そうとしてたんじゃないの?」

「…?!」

「駄目だよ!! せっかく…せっかく会えたんだよ?! 家族に出会えたのに…なんで消そうとしちゃうのさ?!」

「イアン、お前は何もわかってない。だが、先ほどの戦いでどれほどマペットたちが危険か…思い知っただろう?」


 セレネは悲しい顔のまま、伏せた。


「私たちの居場所なんて、この世界のどこにもありはしない」


 生まれても、生きてみても…苦しくて悲しくて痛くて…


「それでも私たちは中々死ねないんだ…だから、マペットがもう生きたくないと思うのならば…引導を渡してやるのがせめてもの報いなのではないか? それが…私ができる唯一の」

「違う!!」


 イアンのどこからそんな大声が出たのかわからないような声が、彼女の伏せていた顔をあがらせた。


「違う違う! そんなの間違ってる!! 人間だって生きてるのが苦しい時あるよ!」


 君たちの感じることは俺たちも感じることなんだよ!!


「だからいっそ消えてしまえばいいなんて思わないで!!」


 君たちは…


「生きてもいいんだよ!!」


 その彼の言葉を聞いてシュレッサも、セレネも目を見開いた。


「「生きても…いい?」」

「あたりまえだろ? 生まれたその瞬間から誰にでも無条件に与えられるものなんだよ普通は!」


 そしてイアンはシュレッサへと歩を進める。


「イアン! あまり近づいては…!」

「そうだ! 近づくな!!」

「大丈夫…」


 彼の声は静かに、そしてとても穏やかで…力強い声。二人とも動きを止めてしまったほどだった。


「大丈夫だから…」


 イアンはペタンと地面に座ってしまっているシュレッサと視線を合わせた。そしていいこいいこしたのだ。

 一瞬、何が起こったのか彼女も、兵士たちも、セレネでさえわからず、呆けた顔でいた。その間にもイアンはニッコリと彼女へ笑いかけた。


「大丈夫。もう怖くないよ。だから…怯えなくていいんだ」

「!!」


 そう。イアンがあの時、シュレッサの目を見て確信したのは、深い悲しみと憎しみの間に…怯えがあったこと。

 そして一つの答えにたどり着いたのだった。


「君たちは…怯えたら力が制御できないんじゃないの?」

「…」

「どうすることもできなくて、助けても言えなくて…だから、これ以上被害を広めたくないから…ここにきたんだろ?」

「…本当なのか? シュレッサ」


 シュレッサは伏せていた顔をゆっくりと上げた。その顔は苦笑いで、しかし今にも泣きだしそうで。


「あたしは…守れなかった…」


 そこから語られたシュレッサの過去は悲しいものだった。

 なんでも彼女が目覚めたのは土の中で。どうやら彼女が入っていたマペット保管機が壊れてしまったために、他の建物は土へと帰ってしまった。

 唯一彼女だけがそのまま残っていた。幸いにも彼女の力は『アース』土、地だったので、出ることはたやすかった。


 生まれたばかりの彼女も、他のマペットたちの記憶を共用できるので何が起こったのか、何が起きているのかなどすぐに把握できた。

 なので力さえ使わなければ、マペットだと知られることもない。自分は人間の十八歳の娘の形をしているのですぐに雇われた。


 ある日、彼女は幼い兄弟と出会う。どうやら親はなく施設で世話になっている子供たちらしかった。

 しかしその割には兄弟は酷く痩せており…服も破れ小汚い。おかしい…誰もがそう思うハズだ。なのに…彼らは見て見ぬふりをする。

 なぜだ?


 そう思いつつシュレッサは彼らと接触した。話してみると案外普通の子供で。お腹がすいているようだったので彼らにお昼をおごってあげると、感動でなきだしてしまった。そこで明かされるのは信じられない事だった。

 その施設はいわゆる、子供を預かるだけではなく、子供を働かせて金儲けを図る場所で。働けない子供たちは外で盗むかしなければ罰を与えられる。


 それを知ったうえでシュレッサがなんで街のみんなは知らぬふりをするのかと彼らに聞くと、彼らはできないのだと言った。

 なんでもその施設は裏で巨大な悪の組織とつながっており、何かをすれば消されるか、酷い目にあわされるのでほとんど野放しになっていると。


 シュレッサは正義感が強かった。なのでその組織を潰すことを彼女は二人に約束し、二人を信頼ある唯一の友にたくし、変装をして彼女はつぶしにかかった。

 だが、ある程度破壊した時、彼女は身動きが取れなくなってしまった。

 目の前に血だらけのあの幼い兄弟が、人質として連れてこられたから。なぜ、ここに連れてこられたのかと睨んでいると、信じていた友が出てきた。


 その友こそが、裏で彼らに情報を渡していた、彼らの仲間のだった。


 その日からは地獄のような日々。表は普通に暮らしたが、夜には彼らの仕事を手伝わなければ兄弟が殺される。

 家を壊し、人を浚い…盗みも働いた。かならずその後で朝まで泣いた。それを兄弟たちは見ていたのだ。


 だから知らなかった。兄弟たちがあんなことをしでかすなんて…


 ある日、いつものように彼女が支度をしていると、兄弟のうちの弟がかくれんぼを始めたら兄がケガをしたと言った。

 シュレッサは急いでその場へとかけつけると、時計台の上に彼はいた。ニッコリと笑って、もう苦しまなくてもいいんだよ。そういって兄が身を投げた。

 一瞬何が起こったのかわからなかった。シュレッサは一切行動できずに立ち止まったまま、目を見開いたまま固まってしまった。


 弟が儚く、そして暖かく笑った。自由に…生きてと。そして彼もまた身を投げた。

 今度は彼女は動いた。手を伸ばしその小さな手を掴もうとした。だが…彼の手を掴むことはできなかった。そのまま幼い兄弟は命を落とした。


 シュレッサは悲しんだ。泣いた。泣いて、泣いて…


 そして。


 その夜、彼女は組織を完璧につぶしたのだった。


 街から彼女は離れ、転々とし、そして何十年かたったころ…彼女は森に一人小屋をつくりゆったりと暮らしていた。

 そんな日も長くは続かなかった。彼女は魔女狩りによって追われた。森に一人で住んでいるだけで魔女だと疑われた。彼女は逃げた。そしてまた何十年か逃げ続けていきついたのがイアンたちが住むこの国、グラン・ティアルテだった。


 数年後、そのイアンたちの街、マルテッドを支配する王家のものがシュレッサに会いたいと直接訪ねた。

 彼女もなかなか断れず、一応何用かと尋ねれば…王家の幼い女の子は彼女を見ながらこういった。


『あなたがマペットだということは知っている』


 次の瞬間シュレッサに流れ込んだ記憶。グラン王家と、マペットたちの隠された秘密。それにショックを与えられたシュレッサはカタカタと震えだした。

恐ろしい。怖い。一体今度はなにをさせるのだと怯えながらも、用件を聞いた。


 はじめは唯の護衛だった。しかし時がたつにつれて彼女は王家として女王となり、結婚し子を持った。子供と彼女は問題はなかったが、あったのは彼女の旦那であり、王に君臨したものだ。


 彼はシュレッサがマペットだと知ると最初は怖がり、次に軽蔑し、そして罵りはじめ、終いには彼女をつかって街の人々から金品を奪うように命令した。

 そんなことはしたくはないとシュレッサが言うと彼はある呪文を唱えた。その呪文は王家がマペットを無理やり服従させるために開発したもので、王家でしか知らない。

 しかし彼女は強引にその術を解き、そこから逃げ出した。怯えは彼女の中で膨れ上がっていく。


 隠れても見つかりまた隠れる…そんな日常に疲れ、怯え…いつしか怒りと憎しみが渦巻き…彼女の力は暴走をした。

 風の噂で聞いていた、最後のマペットがいるであろう時計塔へ兵士を誘導し…そして自分も入った。


 人間を攻撃すれば入っているマペットは『プログラム』が作動する。そうすれば自分を消してくれる。


「…そっか…」


 イアンは、涙ながらに一生懸命語った彼女の背中を優しくさすった。


「辛かったね…でももう大丈夫だよ!」

「な、んの根拠…あって…」

「ねぇ…セレネ」

「なんだ」

「その空気中の文字…君のわざ?」

「ああ」

「それ、ちょっと変えたら別の技になるんじゃない?」

「…どうしてそれを」

「なんとなく」


 そういいながら笑う彼を見て、セレネは笑った。そしてまた文字をなぞり、いくつかの文字を変化させて…声高らかに、その可愛い声で言った。


「リワインド!!」


 次の瞬間、シュレッサが光る。


「え? な、なに?!」

「巻き戻しだ」

「え?」

「お前を…間違いが起きる前まで…“巻き戻す”んだ。だから…間違いを…正して来い。縁があれば…」


 また、会おう。


 そのままシュレッサは消えてしまった。


 あれから、数か月。セレネもイアンも何事もなかったように日々を過ごしていた。というのも、セレネが兵士たちの記憶をいじったためにある。

 彼女がいうにはなにかきっかけでもない限り思い出すことはないらしい。


「さて。今日の仕事は終わりだな…」

「うん。明日に備えて今日はもう…」


 寝ようか。そういう前にイアンに声をかける者がいた。


「あ、あなたは…!」


 茶髪の長い髪をポニーテールにした、今度は光ある瞳を輝かせながら、一人の美少女がニッコリ微笑んでいた。


「お久しぶり」

「シュレッサ?!」

「おや。どうやら成果はあったみたいだな…顔つきが違う」

「ええ。精一杯…失敗のないように…生きてきたわ」


 一生懸命いきてきた。


「もちろん失敗は色々あったけど、それでも救えた命のほうが多かった。」

「そうか。それで? お礼でも言いに来たのか?」


 セレネがそう言うと、シュレッサは、それもあるけど。と言いながら笑った。


「イアンが好きになったから、一緒に暮らそうと思って探したの」

「ハイ?」

「…なんだって?」


 二人の驚の顔なんてなんのその、シュレッサはイアンの両手をギュッと握った。


「あと、なぜか私より色々知ってそうなセレネから色々教えてほしくて」

「ちょっと待てシュレッサ。」

「そ、そーだよ! ていうか俺の事好きって…」

「君の事がここ二百年忘れられなかったんだよ。考えるだけで胸がキュンとして、ドキドキして…そこで共用したマペットの記憶の中にそれは“好き”“恋”という感情だとわかってさ!」

「ちょっとまっ…き、君たちって本当に極端だよ!」

「好き。だから、傍に居させて?」


 困ったような笑顔で、首コテンされてしまった。と溜息をしたイアン。


「いーよ。」

「本当?!」

「うん。でも…ここ王国の人たちが行き来するから…力は絶対使っちゃダメだからね?」

「わかってるわ! ありがとうイアン! 大好き!!」


 行く宛もないマペット、アースの使い手シュレッサを仲間にしたイアン・ブルールの日常は…これから少しづつ外れていくことになる。

 それを知るのは今まだ誰もいない。


「やれやれ…マペットを手懐かせるなんて…まるで──…」


 そこでセレネはハッとした。だが頭をふった。


「そんなこと、ない。あの一族は───…死に絶えたのだから」


 私たちのせいで…一人も残さず消されてしまったのだから。


 彼女の悲しい顔は…シュレッサがイアンに抱き着こうとしたことでムッとした顔になり、すぐさま間に入り、彼女と彼を引っぺがした。


「言っておくが」


 彼女の目が細めらた。


「イアンは誰にも渡す予定はない」

「…もしかして嫉妬?」

「嫉妬? なぜ私がこいつに嫉妬せねばならない?」

「…」


 場に、変な沈黙が流れた。

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