第4話 №零
「ねぇセレネ」
「んー?」
ふと、思い出したようにイアンが彼女を呼ぶと、間の抜けた返事が返ってきた。
「そう言えばセレネは一体どうやってあの封印されていた場所から出られたの?」
「それ、あたしも聞きたかったんだ。」
シュレッサがひょっこりと姿を現しながら手土産にワイン数本と果物を机の上に置く。そんな彼女を見て呆れた半面、美味しそうなワインを見てちょっと嬉しそうなセレネ。
「今更だな…」
普段なら絶対そういう事を見逃したりしないはずのセレネなのに。なんで大人しいのだろうかと、イアンはジト目で彼女を見つめた。
「ていうか、呼ばれもしないシュレッサが普通に俺たちの家の食卓に腰かけてるの、何も言わないセレネが怖い。」
「手土産目当てだが」
「やっぱりそこか…」
どうやらシュレッサは、セレネが大のお酒、ワイン好きだというのをすでに調査済みらしい。ふふん♪ と鼻を鳴らしながらモグモグとステーキをほお張っていた。
「そのワイン、三本くらいはすっごく高かったから大事に飲んでね~」
「ああ。いつも気遣い感謝するぞ。シュレッサ」
「いつも持ってくんの?!」
驚きの新事実にガタリとイアンが席を立ちながら声を張り上げた。しかしセレネはキョトンとしながら首を傾げるだけで。
「…どれも美味いぞ?」
「そういう事じゃなくって! どうしてシュレッサはセレネに貢ぐ真似しているのか聞きたいの俺は!」
「…別に貢いでないけど?」
口の周りに食べかすをつけながら首を傾げるシュレッサ。今度はこっちだよ…とイアンはガックリ項垂れた。
「もういいよ…とりあえずどうやってセレネは封じられてたあの場所から出られたの?」
「…わからないのか」
ポツリそう呟くように聞いた彼女のその言葉を聞いて、さらに首を傾げる二人を見ながら、セレネは頬杖をついた。もちろん、いい香りのするワインをグラスに注ぎながら。
「母が私を封じたのは大体わかってはいるな?」
「たしか…えっと不完全でその力を持て余した…とか言ってたような…」
シュレッサとの激突の中で零した彼女の言葉を、イアンはちゃんと拾っていた。そんな彼を見てフッと、セレネは笑った。
「変わらず耳が良いな」
そんな彼女の微笑に驚き、わずかばかりの間、硬直した後フイっと顔を背けたイアンは溜息を吐く。
「…どうしたのイアン?」
「…別に? なんでもないよシュレッサ」
「そーお? なんか複雑そうな顔してるけど…まぁ、いっか! それで? 続き話してよセレネ!」
無邪気に笑うシュレッサを見て、またわずかに微笑したセレネ
(よくもまぁ、こんなに笑ってくれるようになったものだな…)
暴走した彼女と戦ったからか、はじめの印象は最悪なものだったが、きっとこの子供のように無邪気に笑う姿こそが彼女本来の姿なのだろう。
セレネは二人を見て、そして深くゆっくり深呼吸をした。
「まだ全ては話せないが…私たちは偉大な力を持つ“母”によって“創られた”。“創られた順番”によって力の強大さ、不安定さが偏っていたのだ。」
より強く、賢く、偉大な力を受け継ぎしものは、心も身体もより不安定で何をしでかすかわかったものではなかった。
「だから、母は助けを求めた。己の創った娘息子が…誰かを殺さぬように。また、自分の力で死に絶えないように…」
「まさか、それが」
「その通りだシュレッサ。それがお前たちに埋め込まれた“プログラム”。本来ならば暴走できぬようにお前たちの力を制御し、またなんらかの危険がおよび、身体と心に損傷をうけないようにする、お前たちの保護のためのプログラムだった。だが…」
それを“書き換えた者”がいたのだ。
「それが行われたのは恐らく母が“深い眠り”についたときだ」
「“深い眠り”って?」
疑問に思って聞いたイアンだったが、セレネはそれについては話したくないのか、はたまたまだ知るべきではないためか、首を横に振った。
「続けよう。」
書き換えられたプログラムの名は『Alice』。誰が名付けたのかは私にもわからないが、変更後に『Captured Alice』と名付けられた。
「『囚われのアリス』…?」
ポカンとしたままシュレッサが言う
「そうだ。要は簡単だ」
私たちはそのプログラムによって、人間に“囚われた”のだ。便利な道具として
「母が目覚めた時、時すでに遅く…母の友もすでに他界しており、他に頼る事の出来る者もいなかった。だから彼女は後の世の未来に託すことにした」
そのための封印だった。
「そっか…だからあたしも、他の皆も封じられてて、記憶ぶっ飛んじゃってて、それでも目覚めて世の中の事とかわかるように、皆の記憶を共有できるようにしたのね」
しみじみとする中、セレネは続けた
「と、ここまでが封印された事実だ。この事はもはやこの首都にいる王族と私と母しか知らない。重大で重い事実だ…決して他者には語るな」
コクリと頷く二人を見つめて、心なしかセレネは少しホッとしている様子。そんな彼女を見てイアンはフッと笑った
「何がおかしい?」
「いんや? 別に? たださ、なんか少し安心したみたいな顔をセレネがしてたから、肩の荷が少しでも下りたのかなって。そう考えたらちょっと嬉しくなった」
ヒヒっと笑うイアンの笑顔は、無邪気で可愛らしいとセレネは思った。
「続けるぞ」
「あ、うん。どーぞ」
「封印された私たちが、何かのきっかけによって目覚められるようになっている。それは個人で違う。そのきっかけもなんなのかはわからないが…力を封じるためそれぞれまったく違う場所を用意された。」
土なら土の魔法で覆われた建物の中に。水ならば水の中に…
「セレネは時計塔の中の、さらに奥の古時計の中にいたけど…」
「…」
「そう言えば、今までの記憶を探ってもそんな頑丈な封印なかったような…」
黙るセレネをみかねてシュレッサがそう言うと、セレネは物悲しそうに溜息を吐き、そしてワイングラスを手に取り、まるで一流のワイン士のような仕草で香りをかぎ、次にコクリと一口飲んだ。
「そうだ」
もう一度、彼女はワインを一口飲む
「私のだけは頑丈に封印をほどかさなければならなかったのだ。」
トン。と空のワイングラスを置きながら、ゲンドウポーズをするセレネ。その表情は彼女の綺麗な純白の前髪に隠れてしまってよくわからなかった。
「私は…私の力は母と酷似しているのだ。ゆえにとても危険な代物。そんなもの野放しにしておくわけがないだろう……? おまけにプログラムを植え付けたと同時にそのプログラムを破壊したのだから。」
プログラムを破壊した事にも驚いたが、シュレッサはもっと別の事が気になったらしい。
「酷似…? そんなまさか。だってたしか『ひとりたりとも似たような力はない。皆違って皆良い』って。それを目指して創ったって…あたしは記憶してるけど」
「それは“完成された”マジックマペット達への思想だ。言っただろう…私は“不完全”だった、と…」
不完全
その言葉は何故か重苦しく二人にのしかかった。やっと前髪に隠れた瞳を、表情を見る事が出来たのに…とイアンは悔しそうに歯ぎしりした。色んな言葉を喉に詰めらせて、何も言えずに見つめるしかなかった。
(どうしてそんな顔…するの?)
セレネは、多くはまだ語れないと言った。どこまで話してくれるのかわからないが、聞いておかなければならない。そう判断しているのに自分は一向に言葉が出ない。先ほどの彼女の言葉に少なからず動揺してしまってのことなのか。
考えても分からない
「セレネ」
そんな中、シュレッサが代わりに声を発した。
「もしかして、不完全って…力が不安定すぎて何をやらかすかわからなかったから?」
「ああ」
「しかも強大で危険すぎて…だから二重、三重もの封印と鍵と、あの封印の古時計だったって事?」
「ああ…」
「…不完全って言ったよね…? あたしが持つ記憶の中には母さんの一番手の子がいたんだけど…」
「いたな」
「その子に母さんが教えてた“創られた順番”があって、その順番で力も不安定さもわかるっていって。」
「その通りだな」
「だからあたしはずっと、その一番の子は…№ONEであり、レキと呼ばれた『光』の力を持ってた子こそがアタシたちの中で一番強いって信じて疑わなかった」
「№ONE…?1ってことか…」
イアンがやっと言葉を発して、あらためて今までの情報を整理する
マジックマペットたちは“母”がいて、その母が創りだしたのが彼女たちで。創られた順番があって。でも凄い力を持つ彼女たちは不安定で、誰かを知らない間に殺すかもしれないし死ぬかもしれなくて。
そんなのが嫌だから、母は誰かに助けを求めて。
彼女たちを守るためにつくった“プログラム”のおかげでコントロールできたけど。何かが起きて母は眠っちゃって。
その間に悪い誰かにプログラムを書き換えられてて。人間に彼女たちは囚われる事になって…だから人間の言うことは聞かなきゃいけなくなって…
目覚めた母は見かねて未来に託すことにして、彼女たちを封印した。未来で幸せになってくれと願いを込めて。
でも実際は違くて。彼女らは…利用されて衰退してしまったのか…
(そして、なぜかセレネはそれ全てを知っていて。最初につくられたっていう№ONEの子も知らなかった事実を彼女は知っていて。不思議と…誰もセレネの事を知らなかった…)
イアンはハッとした。
(セレネは母の意志によって隠されていた?)
“どうして?”
胸の高鳴りがどんどん早くなっていく。
(知りたいのに、聞けない…)
今知ったら何かが壊れてしまいそうで。本当に母によって隠されていたのか知りたいのに。
(不完全って言葉も気になるし…)
ただただ、二人の会話を聞いているしかないイアンは、心なしか拳をギュッと握っていた。
「一番強かったのは、確実に№ONEの数字を持つ『光』の力の所持者レキだ。だがそれは…完全なマジックマペット達の中でだ」
「完全…」
「そうだ」
「それって…」
セレネの表情は曇っていた。そして彼女の美しい色の瞳は憂いていて。
「ナンバー外。ZEROのナンバーを持つものがいた…それが、私。」
風が彼女のツインテールをフワリと浮かせ、さらりと流す。
零…と二人は交互に呟いた。ゴクリと喉を鳴らしたのは…誰だったか。
「人間でもなく、ましてやマジックマペットでもない」
彼女の背負うものの底が見えない
「不完全で不安定な紛い物…偽物。それが私」
真っ暗で、重くて、息苦しい
「わかったか? 私は…バケモノなんだ……」
そんな荷───
「ちょっと何いっちゃってるのセレネ」
淀んだ空気が、シュレッサの放つ意外な明るい声色によって、スッと溶けて消えていく
「何人もの人を苦しめてきてしまったあたしを、時を戻してやり直させてくれた」
スッと立ち上がり、セレネの方へ歩いていく
「あたしの味方になって、あたしを家に入れるくらいに信用して、かまってくれた。あたしを信じてくれた。おしゃべりして、笑いかけて、気遣ってくれた」
スッと彼女の背丈にあわせて屈む
「あたしの…最後の“姉妹”じゃないか」
「…!」
震えはじめたセレネの肩をギュッと掴む手がとても心強かった。あんたは一人じゃないよ。そう言っているようで。それが伝わったのかセレネの瞳にあふれ出てくる涙。
涙が反射して日の光と彼女自身の瞳の色と反射しキラキラと宝石のように輝く。それがとても美しく幻想的で。
イアンも彼女らの傍に寄った。その時にシュレッサは立ち上がってどいてくれたので、礼を言う。
(なんて寂しそうな背中なんだろう…)
そんな彼女の背中を見ながら、正面へと移動したイアンはセレネをギュッと、しかし包み込むように抱きしめた。そんな彼のいきなりの行動にセレネは思わず息をのむ。
「俺がピンチの時に助けてくれた。ずっと俺の傍にいて、手伝ってくれた。家族のいない俺にとって君は…君たちは俺の家族になってくれたじゃない」
「!!」
目を見開き、そしてすぐに崩面した彼女は、イアンの腕の中、彼に縋りつくように泣いた。
「家族を大切に想うこの気持ちは…本物だよ。そして君も本物だ。」
次々とあふれ出てくる彼女の透明な涙は、やはりキラキラして。頬を伝って床へと零れていく。
そんな彼女を優しく受け止め、微笑みながら、幼い子にするように背中をポンポンと叩き撫でるイアン。
(このまま彼女の背負ってきた、重く冷たく痛い何かが、全部一緒に涙に溶けて消えてしまえばいいのに。)
叶わずともそう願ってしまうのは、彼女にも普通の幸せをおくってほしいから。
(他と違うからって、化け物だなんて)
彼女たちも地球上に生きとし生ける、『人』なのだとイアンは思うから。
だからなおの事、マジックマペットたちを守りたいと強く思った
(彼女たちを排除しようとする、この“世界”から守りたい)
自分には戦う技術などない。けれどそう願ってしまう。
そして後にその願いが波乱を生んでしまうとは、イアンはこれっぽっちも思っていなかった。
「そういえば結局なんであそこから出られたか聞きそびれちゃったんだけど」
シュレッサが溜息をつきながら、苦笑する
「泣き疲れて寝ちゃったのを無理に起こしたくないし」
ひらりと足を返して窓の方へ進む
「まぁ、次の話に酒のつまみとして聞くことにするね~」
バッと三階建ての窓から飛び降りて帰って行った。
「…マペットたちって不器用だなぁ……」
なんでわざわざドアじゃなく窓を使って帰っていくかな。そう思うだけにとどめたイアンは、腕の中で泣き疲れて眠るセレネの頭を撫でる。
「セレネも寂しい時とか甘えたいときとか、言ってくれればいくらでも構ってあげるのになぁ…」
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