余話:鶴姫奇談

さて、本題に入る前に

『なんで、九州の話なのに、中国地方の大内や毛利の名前が出てくるニャ?』

と言う方もいると思われるので、少し説明してみよう。

大内の本拠である周防すおう長門ながと、毛利の本拠である安芸あき瀬戸内海せとないかいに面した国である。

特に、大内の領土は、九州と四国をつなぐ玄関口であり、四方を攻めやすく、また攻められやすい地勢であった。

そのため大内は、交易で得た圧倒的な力の代償に、多方面からの敵と戦わなければならなかった。

特に、戦国初期には、今まで戦ってきた九州勢や細川ほそかわに加えて、急速に対等してきた尼子あまごや応仁の乱の影響で自分の支配権から逃れ始めた伊予いよの水軍と言った勢力にも対処しなければならなくなってしまった。

さて、毛利の一族で、大内と共に瀬戸内で戦っていた小早川こばやかわ隆景たかかげは、ある日、こんな事をたずねた。

『ほう、鶴姫つるひめというあいどるがいたにゃか?』

『ええ、ごぞんじにゃいですかにゃ?』

と、彼を助けてくれている、来島くるしまなにがしという者が、うなずいた。

来島は、瀬戸内海をナワバリにする海賊の1人である。

彼は、続けて

『彼女はもともと、大三島おおみしまを本拠にしている、わしらの仲間にゃんでさ』

と言う。

大三島の水軍は、そこにある大山おおやまづみ神社を守るために作られた。

通称を『三島水軍』という。

大内家の当主である大内おおうち義隆よしたかは、それこそはるか未来の幕末における『長州討伐』のように、三方から攻められる愚をさけるために、三島水軍を叩く事にした。

幾度にもわたる戦いの末、水軍の男達がボロボロになる中、鶴姫は

『あたしにまかせるにゃ』

と、すっと立ち上がった。

彼女は、全身白い猫であった。

眼帯というかアイパッチというか、そういうモノを付けていて、それが本人のかわいらしい容姿とのアンバランスさとあいまって、不思議な魅力をかもし出していた。

彼女は、そのまま小舟で、大内の軍勢に向かっていく。

『鶴姫たん、な、何をする気にゃ!?』

『うん、何にゃ、あれは?』

と、敵味方問わず皆が驚いているのをしり目に、彼女は小舟の上で歌を唄いはじめた。

その歌は、敵将であったすえたかふさ(後のはるかた)に

『義隆さまが、あいどるまにあで、こういう歌はたくさん(強制的に)聴かされていたが、これほどの歌は聴いたことがないにゃ』

と、称賛されていたという。

『で、その鶴姫たんがですにぇ、らすとらいぶを開催するらしいですのにゃ』

来島は、そう続ける。

『ふにゃ、で?』

『で、と言いますと、にゃんですにゃ?』

『ただわたしに、そのあいどるの話をするってことにゃにゃいにゃろ、ってことにゃ』

『ほう、さすが毛利では当主であにゃれる元就もとなりさまに次ぐ知恵者と呼ばれるお方にゃ』

『褒めても、にゃんもあげないにゃよ』

『へへ、まあ話を続けにゃすとね、実はあれにゃんですよ、彼女はらすとらいぶで、引退を宣言するんですにゃ』

『ふむふむ』

『でもね、そこを大内の連中が、邪魔しようとしているのにゃすにゃ』

『なるほどにゃ、つまりわたしに、大内の方々を抑えておけ、ということにゃろ』

『察しが早くて助かりにゃす』

『うむ、しかし毛利うちは一応大内傘下にゃんでな、表立ってうごけんにゃ』

『はあ』

『まあ、にゃんとかするしかにゃいよなあ』

と隆景はため息をついた。




それより、3日たち、とうとう、『鶴姫らすとらいぶ』がおこなわれることになった。

海上に設置された観客席の前に、一艘の小舟がしずしずとあらわれた。

その小舟の上には、鶴姫。

彼女は

『今まで、ホントにありがとうにゃ!』

と、涙を流しながら、唄いはじめる。

観客たちも、彼女の熱唱にココロがゆさぶられ、

『鶴姫にゃ~ん』

と、応援している。

中には、いわゆるPPPN(パンパパンニャー)のような、おた芸をしている、熱狂的なふぁんもいた。

しかし、観客席の下。

そこでは、大内の手下が、観客ごと鶴姫を爆殺しようと、爆薬をしかけている。

と、その時。

『おお、おお、酷い事を、やろうとするにゃあ』

自分以外の声がする。

そう思った大内の手下が、振り向こうとした。

が、その前に、声の主が、彼ののどを、き切った。

『さてさて、これでよかろうにゃ

しかし、隆景さまも、実兄じっけい隆元たかもとさまやもとはるさまに比べて色々と、面倒くさい事ばかりまかされるにゃねえ』

と、声の主、外聞とさきとよばれる毛利のしのびは、ため息をついた。




『わかったにゃ、今回の件は、どうやら義隆さまが寵愛ちょうあいしている相良さわらめが鶴姫に嫉妬して、独断でしかけたようにゃ』

と、陶隆房は、隆景に説明する。

『なるほど、そうでしたにゃ』

『今回の一件で、相良もしばらくはおとなしくなるにゃろう』

『ふむ』

『後は、わたしにまかせるにゃ』

『わかりました、隆房どのにおまかせします』

言いながら、隆景は

(おお、にゃんとまとまりのないことにゃ

これでは、大内も先が長くにゃいみたいにゃね)

と、心の底で思った。




鶴姫はらいぶ後、何処かへと姿を消した。

『わが恋は三浦の浦のうつせ貝むなしくにゃりて名をぞわずらふ』

という最後に唄った歌が残されるのみである。

大内義隆は、家中を統率出来ず、結局陶隆房に謀反をおこされ、その陶も厳島で毛利に敗れ、こうして大内は滅亡した。

小早川隆景は、水軍担当として九州や四国に睨みをきかせる立場になり、今山の戦いにも影響をおよぼす事になる。

やがて、豊臣とよとみ秀吉ひでよしとの関わりのなかで、毛利本家との関係性に苦慮することになるが、それは別の話。

ともあれ話を戻すと、大内の領土をまるごと吸収した毛利は、大友を老獪ろうかいな戦術で圧迫する。

『うう、毛利めが、なかなかやるニャ』

と、悩む大友の当主は、大友宗麟おおともそうりんと言う。

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