第16話 夜戦Ⅰ 黒獣
司は病室を出るとすぐに行動に移した。
昼間、事前に久我に借りていた武器をポケットにしまいだだっ広い理成弦学園管轄内の夜の街に繰り出す。
敵は他学園の制服を着ていたという情報から、恐らくこちらの路地裏の構造についてはそんなに詳しくはないのだろう。
でなければ、学園の生徒が近道に使うようなところの近くで戦闘なんかしない筈だ。
だが、それ故に向こうの所在を突き止めるのは著しく困難になる。
やむなしに司は近くの路地裏に入り手当たり次第にちょっとした広間を見つけてはそこに争った形跡がないかを確認する。
暫くして、病院や学園から少し離れたところにある廃墟群のビルの一つでようやく幾人もが大立ち回りをした跡が見つかった。
その頃には捜索を始めてもう五時間あまりが経過していた。
夜も深まってきて、こんな廃墟を通る人間は殆どいなくなっている。
司が見つけたその痕跡は消えかかっており、恐らく今日の昼間くらいに付いたものだと思われる。
靴跡は二種類あり、片方の靴跡がもう一方の二、三倍ほどの数あるので敵グループが三人という情報も恐らく正しい事になるだろう。
ただ、司には一つばかり気にかかる足跡があった。
それは大きな獣の足型でその跡の周りはコンクリートがひび割れているところから相当の怪力を持ったバケモノだ。
しかし、そんなバケモノはここオウスラクトでは今日の昼にチェックした限りでは動物園にしかいないと思われるもの……即ち敵は熊や虎などの猛獣の類を飼い慣らしているか、或いは……
司の脳裏に身の毛もよだつ様な憶測が立つとほぼ同時に背後から声をかけるものが現れた。
「よお兄ちゃん。こんな所で夜遊びかい? それとも……誰か人探しをしているのかな? 」
不気味な太い声に司は振り向く事なく臆さずに応える。
「もし、俺がここにいる理由が前者だとしたら? 」
不気味な声の主はフッと短い嘆息をこぼしてから応える。
「早く帰んな。それと、ここいらにはあまり近づくんじゃねえ。最近は獰猛な野獣が出るって噂もあるくらいだ。幾らあっても命が足りなくなるぜ」
司はそこまで聞くとポケットにしまっていた武器に手を伸ばし握るその手に力を込める。
「じゃあもし、俺がここにいる理由が後者なのだとしたら? 」
尚も司は振り向かずに対応する。
相手の影が少しずつ肥大化していくのが分かる……そう、今自分が話しているのはやはり敵グループの一員なのだと。
「そういう奴はいつ死んでもこの界隈ではおかしな話じゃねえからな。獰猛な野獣にでも引き裂かれて自分のしようとしていた事を悔やみながら死にな」
その言葉を言い終わらないうちに相手が地を猛烈な勢いで蹴り、司に向かって跳躍して来るのが風の動きで感じ取れた。
月明かりに照らされた影を見てお互いの大体の立ち位置を把握していた司はポケットから武器を取り出し、空気中のパズルを圧縮して片手用直剣を作り出し、居合いの構えをとる。
吉野との戦闘の時を思い出し、敢えて千里眼を使わずに影の動きだけで敵の行動を察知し、逆に向こうからは見えづらいこちらの動きを利用し、一撃で決着をつける……
剣撃の間合いギリギリに影が入ったところで勢いよく振り向き、その眉間のある場所に全力の一閃を食らわせる。
が、ここで司は大きな読み違いをしていた。
そう、ここは本土ではない。
日本に近いとはいえ月の南中時刻はこのオウスラクトでは異なるのだ。
つまり、自分に近づいている巨大な影は司の感覚より遠く。又は近くにいる。
そんな事に気付く事もなく司の剣撃は太く黒い獣の腕によって弾かれていた。
そう、相手はある程度あった司との距離を一跳躍で消し飛ばし既に振り返った司の懐に潜り込んでいたのだ。
ガラ空きになった司の腹部に左の腕から重い一撃が放たれる。
「ぐっ……遅延っ」
が、その効果は無いに等しく砲弾の様な一撃は司の腹を捉え、背後にある壁をぶち破りさらにその奥へと司を吹き飛ばした。
「へっ、何が遅延だ。確かに俺の左腕の周りに異常な密度のパズルが集まってきたのを感じたが……それで俺の拳を止めるつもりならとんだ誤算だぜ」
綺麗な円を描く満月に照らされて悪魔の様に吼えるその獣は首回りの白いV字の模様を奮わせながら、その影を血塗れの司に落とすのだった。
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