第13話 二日目=憂鬱

 翌日。司が目を開けるとそこは見知らぬ天井だった。


「そうか……俺は今、オウスラクトに来ていたんだったな」


 簡単な事実確認をまだ寝ぼけている自分に言い聞かせるようにして確認する。


 昨日の寝る間際、二年前の新世代連続傷害事件の記事を見てからそれを、これもまた本土から持って来た私物のプリンターで印刷し、疲労と慣れない風土に晒された身体をシャワールームまで引きずっていき、ベッドに倒れるまでの間二十分。


 我ながらよくシャワーを浴びたなと思い返しつつ学園に赴くための身支度を始める。


 机の上にある昨日印刷した記事を忘れずにクリアファイルに入れて丁寧に鞄にしまって忘れ物はないかと辺りを確認する。


「よしっ。登校二日目にして忘れ物は心象悪いだろうしな……さて、そろそろ学校に……」


 そう独り言を呟きながら扉に手をかけた瞬間、そいつは突然やって来た。


 凄まじい音と共に、自分の失くしていた生きることへの執着とも呼べる感覚が呼び覚まされる。

 そいつに気づいた瞬間から立ちくらみがし始め、更に時計を見ることで今までになかった絶望感に苛まれる。


 そう。


「そう言や……昨日の晩から俺って何も食ってないんじゃあないか⁈ 」


 本土から持って来たアナログ式の針時計の長針は数字の六を指している。このまま朝食を食べてから学校に行くと確実に遅れる。


 二日目から危ない奴呼ばわりされるのは司の求める理想的で安全な学校生活からはとても縁遠い物だ……勿論、司の本来の目的遂行のためにも……だが。


「仕方がない。今日の昼食はたらふく食べることで手を打つか」


 また一人でそんなことを呟きながら今度こそ空腹を気にしないようにして部屋を出て学園に向かう。



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 部屋を出てから早十分。普通、学生の登校時間というものはある程度決まっており、その道すがら気の会う友人たちと無駄話を垂れながら和気藹々と授業の憂鬱さを紛らわすかのように登校するもののはずだが……


 今司が歩いている道には自分と同じ制服を着た生徒はおろか、人っ子一人見当たらない。


「あれ、もしかしてこの歳になって時計を見間違えたのかな……」


 ついに自分が信じられなくなり、これも昨日先輩の渡邊篤史から貰った銀色に鈍く輝く携帯型端末を開き時刻を確認する。


 登校完了時刻までは確かにまだ半刻以上ある。


「もしかしてアレか? 授業開始の一時間前には全員が席についているとかいう超真面目集団だったりするのか? 」


 嫌な憶測が脳裏をよぎり足を早めざるを得なくなる。




 昨日、大槻佳奈のおばあちゃんと遭遇した、学校まで十分ほどの交差点に差し掛かる。


 赤で止まっている信号機が焦れったい。


 はやく変われと、ノロマな信号機には謂れのないであろう暴言を心の中で連呼していると、その向こう側に揺れる白銀を見た。吉野奈緒だ。彼女も走って来たのだろうか? 肩で荒い息をしながら膝に手をつき呼吸を整えているところだった。


 よく見ると彼女の履いている黒のタイツに赤いシミが……


 と、そこまで観察しているうちに吉野も自分の向かい側に立っている司に気づいた。


 司の方を訝しむような目で見定め、まるで司にはさっぱり気がつかなかったかのように司から見て向かいの位置にある信号の横を曲がり真っ直ぐと学園の方角へと向かう。


 司も信号がやっとの思いでその重い……もとい赤い腰をあげて通行を許可してくれるのを待って吉野に追いつく。


 その時見た彼女の後ろ姿はやはりタイツが汚れていた方の足を引きずっているように見えた。

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