第9話 戦闘開始=グレヴィセント

芝生の生えた、おそらく単位は「東京ドーム」の校庭に出た。本土の学校では考えられない広さに唖然とする。


「さあ、突っ立ってないで君はこっちだよ」


と、篤史が指を指す先には……


「何だあれ? 」


正方形の白いラインで区切られた区画がある。十分に走り回れるくらいには広いが……まさか……


「そうだよ司くん。御察しの通り君達が戦うためのフィールドさ」


やはりか……まあ確かに俺たちの力で全力で戦ったら周りへの被害は火を見るよりも明らかだけど……線で囲ってるだけじゃ危険度って変わらないんじゃ……


そんな事を考えていると教室棟の方から制服とは打って変わり少々露出度が高い黒のシャツにそれとは対照的な派手すぎない白いチュールスカートを着た吉野が美しい銀髪をポニーテールに纏めて、静かにこちらへと向かって来た。


「おっ、やる気満々じゃないか」


篤史が吉野をまじまじと見ながら冷やかすように言う。



「渡邊先輩、後輩の女の子に向かってその言い方と目線はセクハラ以外の何者でもありませんよ。不愉快です」


鋭い目線を篤史に向け淡々と篤史に棘を刺しにいく。司は初めて吉野がまともに喋っているところを見た。


ーーなんだ、久我の言う通りやっぱり俺にだけ無口なのか。て言うか毒舌だなーー


良かったような悪かったような曖昧な気持ちになる……が、やはり自分だけが避けられているのは居心地が良いものではない。


「わ、悪かったよ吉野さん……さて、気を取り直して模擬戦闘を始めるとしよう」


篤史の号令で二人はフィールドと呼ばれる正方形の内側に入り対照的な位置に立つ。


他のクラスメイトは少し離れてフィールドを取り囲むようにして見学するようだ。


「開始前にルールを説明するよ。一つ、相手を気絶又は降伏させた方の勝ち。二つ、相手をフィールドの外へと押し出した方の勝ち」


なんだ、やっぱり唯の線なんだな……司は一抹の不安を覚えざるを得なかった。


「そして三つめ、三分間の時間制限を設けさせて貰うよ。別にこの戦闘はあくまでもエキシビションだからね、決着をつける必要はないが思いっきりやってくれたまえ」


指を三本立て、篤史が悪戯な笑みを浮かべている。いまいち何を考えているかが分かり辛い人だ……悪い人ではない……と思うが。


「それじゃあお互いに武器スカウトを構えて」


吉野が腰に巻いてあるポーチからトリガーの付いた少し長い拳銃のグリップのようなものを取り出す。


ーーえっ、ちょっと……武器スカウトって……何で当たり前のように持ってるんだ⁈ ーー


司があたふたしていると、オーディエンスの生徒の中から吉野が取り出したのと同じ様な型をしたグリップが投げられ、足元に落ちる。


「それに自分の意識を集中させれば自分の持ってる能力に合った武器スカウトが空気中の『パズル』を使って形成されるんだ」


オーディエンスの中から久我の声が聞こえる。恐らくこれも彼が投げ入れてくれた物だろう。


久我の厚意に甘えグリップを拾う。


「よし、では『戦闘開始グレヴィセント』の掛け声でスタートするよ。では良き戦いを」


鼓動が高鳴り、冷や汗が流れる。今俺は嘗てないほどに緊張し、興奮している。


大きく息を吸い込み、自分の中にある大きな不安と共に吐き出す。


そして、お互いに意を決した様に叫ぶ。


「「戦闘開始グレヴィセント」」


掛け声と共に手元のグリップに自分の武器を生成する。何気にパズルを操るのは初めてだったが、やはり遺伝子に組み込まれているからだろうか。何の苦労もなく翡翠の様に透き通る刀身を持つ片手用直剣生成できた。


「これが武器スカウトか……」


自分が武器を生成したことへの感心に浸っているうちに対岸からトリガーを弾く音がした。


正面からほとばしる雷の塊の様なものが飛んでくる。司はそれを慣れた手つきで右手に持った剣を真一文字に振るうことではたき落とす。


見かけよりも何倍もあったその質量に思わず腕が痺れる。


相手をよく見るとその手には銃身が銀色に妖しく光る自動式拳銃が握られていた。


「……貴方に……手加減はしない……」


吉野は自分に言い聞かせるように小声でそう呟くと、目線をこちらからぶらさず三度引き金を引き、更に距離を詰めるようにこちらに向かってくる。


司は先ほど見た自分の異能力を思い出しながら次の策を考える。先ほどの弾丸を全て撃ち落としていれば先に自分の腕の方が限界を迎えると悟っていたからだ。


「……千里眼……」


微かにそう呟くと視界には今まさに自分へと向かって飛んで来ている雷の弾丸が少し遅く飛んでいるように見え、その軌道までもがはっきりと脳裏に映っていた。


一見同じ軌道に撃たれたように見えた弾丸は始めの二発が着弾の直前に両脇に逸れるように撃たれていた。その二発でこちらの動きを封じ三発めの弾丸でとどめを刺すつもりだろう。


万が一それが弾かれた時のことも考え吉野自身が距離を詰め至近距離からの発砲で詰ませることが出来るようになっている……これを初手から考えていた吉野も吉野で相当腕が立つ。


だが、その全ての軌道を……いや未来を見据えることのできる『千里眼』の能力も恐るべきものである。司は内心身震いしながらも剣を構え直し、体制を整えた。


遅延ディレイ……」


一発めの雷撃を見つめてそう呟く。少々雷撃の速度が落ち、こちらの逃げ道を塞ぐために間髪入れずに撃たれた二発めの雷撃と衝突し自分にあたる寸前に爆発を生む。


先ほど見た軌道を基に三発めの弾丸の位置を煙の中から捉え、衝撃に負けないようにグリップを両手で握り、刀身で弾丸を受け止め


「はぁぁぁぁぁぁ……っ」


一息に先ほど吉野が走りこんでくる軌道の見えた方向へと打ち返す。


が……流石に流すのではなく受け止めた衝撃はかなりのもので正確に軌道上には跳ね返せなかった。逆走した弾丸は芝をえぐり取り緑のキャンバスに茶色い線を一本入れる。


自分の方へと跳ね返された弾丸を目にも留めず吉野は司へと正面から突っ込んでくる。


ーーよし、剣の間合いに入ったらこっちの方が優勢だーー


痺れた右手から左手へと剣を持ち替え司も距離を詰めに行く。


ーーあと十歩……九歩……八歩……ーー


もう少しで剣の間合いに入るという所で吉野は急ブレーキをかけ、銃口を司へと一直線に向ける。


予測していない訳ではなかったが一度走り出した勢いを止めることはできず、司はまさに猪突猛進に、ヘッドショットを決めようとしている吉野へと突っ込んでいった。


「千里眼!」


予めいつ撃たれても弾道を予測できるようにしておく。距離の優位があったにも関わらず吉野は銃口をこちらへと向けたまま微動だにしない。


ーーあと三歩……二歩……一本……今だ! ーー


剣の届くギリギリの間合いを詰め、吉野を左肩から笠懸に斬り捨てた……筈だったが、現実はそうはいかなかった。


「……ジャキ……」


金属と刀身が擦れる音がした。吉野の逆手に握られた拳銃の銃身は司の剣を抑え込み、司の懐に大きな隙を生み出していた。


ーーその細い腕でなんて強い力を持っているんだ? てかあの銃身硬すぎるだろーー


先ほどまでプロ顔負けと言っても過言ではない腕を見せつけて来た吉野がこの隙を見逃すはずがなく、即座に足を払い体制の崩れた司を持て余していた左手で抑え込み、すかさず眉間に銃口を突き付ける。


「……チェックメイトです……」


まさか、同学年で自分よりも体格の劣る吉野にこうして押さえつけられるとは司は夢にも思っていなかった。


司を覗き込むようにして未だに銃口を突きつけている吉野がため息混じりに口を開く。


「……貴方の敗因はその目に頼り過ぎたことです……」


吉野からの耳に痛い一言が自分の初めて使う能力に心酔していた数秒前までの自分を映し出す。


正直ぐうの音も出ない。と言うか彼女は司の目が良いことを分かっていた事にも驚かされた。


心拍数が下がり、呼吸が穏やかになる。


一つ深呼吸をして今の自分が彼女に……この一瞬で多くの事を気づかせてくれた吉野奈緒に出来る最大限の感謝を込める


「参りました」


爽やかな春風が綺麗に生えそろった芝生と彼女の長い銀髪を波のように揺らめかせるのだった。

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