第7話 質問者=久我駿也

更に十五分ほど吉野に付き合って食券の列に並び、なんか成り行きで自分の買ったラーメンの二倍ほどの値のあるジャンボカツカレーを買わされた司はなんとか正気を保ちつつ、その原因である吉野と向かい合わせに座ってズルズルと縮れた細麺をすする。


「……ねえ吉野さん? 今日はなんで遅れてきたの? 」


「………………」


吉野は黙々と目の前に広がる彼女の小さな顔の倍はあるジャンボカツカレーを無表情に頬張る。


「……いつもこのカレーを食べてるの? 結構量あるよね? 」


「………………」


司には目もくれずまるで飲み物かのようにジャンボカツカレーをたいらげていく。五分もしないうちに半分近くが既に彼女によって飲み込まれていた。


いくら話しかけても返答のないまま時は流れ、遂には司の心が折れ、話ができないままお互いに昼食を食べ終わろうとしていた時


「転校初日から早速女子と昼飯とは、宮野もなかなか食えないやつだねえ」


そこに立っていたのは久我だった。彼もまた昼食を食べ終わったばかりらしくその顔はどこか満足げだった。


「いや、そういう訳じゃないんだけど……吉野が食費持ってきてなかったから……」


そう話し始めようとすると吉野は静かに席を立ち食器をカウンターに返してそそくさと消えてしまった。


「宮野……本人の前でそういう話はするもんじゃあないぜ。流石にあれじゃあ気がひけるだろうよ」


「……それもそうだね。あとで本人に謝りにいくよ。ところで久我、なんで吉野はあんなにも喋らないんだ? 」


久我は不思議そうな顔をして首をかしげた。


「喋らない? 俺にはそんなイメージはないけどな……クラスのやつとは普通に喋ってるのよく見かけるし。まあ積極的に人に喋りかけに行くタイプではないだろうけど」


尚更自分が無視されている事への疑問は大きくなるばかりだったが、司は話を次へと進めることにした。


「さっき教室で言ってた『吉野の遅刻が続いてる』ってどういう事なの? 」


久我は何故かニヤニヤしながら答えた。


「ああ、ここ最近宮野は宮野は毎日遅刻している。理由は誰も知らないんだけどね。本人も先生に捕まった時でさえもずっと黙秘を続けたらしいし」


「へえ……」


「ところでこっちからも二つほど質問があるんだが? 」


突然、久我が真面目な口調で話し始めたので司は少し驚いた……が、別段やましいことがある訳でもないのでとりあえず聞いてみることにした。


「俺に答えられることなら」


「まず一つ目。転校初日にしては宮野は他人に対する壁が薄すぎやしないか?」


「それは……もう学期が始まって一ヶ月だしこっちから積極的に行かないと取り残されちゃうからね」


司は取り敢えず口元に笑みを浮かべた。自分でも不思議なくらいこの場所に安心感があったから、なんで自分がこんなにも親しく接しているのかが正直分からなかったのでひとまず誤魔化そうとしたのだ……がそれは他人から見るとどうにも不自然に映るものだった。が、久我は構わず質問を続けた。


「二つ目は何故『吉野奈緒』にこだわるんだ? お前の言うところによると吉野はお前との会話は全て意図的に避けているとしか思えないんだけど……それでも彼女のことを知ろうとし続けるのは何故だ? 」


言われてみれば確かに何故だろうか? 何故自分は彼女にそこまでこだわっているのだろうか? 司は迷走し始めた自分の思考を落ち着かせるように深い深呼吸をして、久我の問いに答えた。


「……隣だから。それくらいしか理由が思い浮かばないんだ。でも、何か気になるんだ。今はそうとしか言えないけど」


「そうか……なんか色々問い詰めるようなことして悪かったな。」


久我はポケットに忍ばせていた右手を司に差し出した。


「もともと次の授業の案内を先生に頼まれてきたんだ。まぁ今の問答は気にせずに行こうぜ、宮野」


出された手に応えるように司も自分の右手を出し、久我の手を力強く握る。


「こちらこそ。なんか転入初日で焦ってたみたいでごめん。これからよろしく、久我」


ひとしきり言葉を交わしてから久我はふと気付いたように


「そうだ、次の授業は宮野も初めて受けるんなら驚くと思うぜ」


どこか自身げだ。


「初めてって……体育は体育でしょ? 」


「まあやってみてのお楽しみだ。服は制服のままだから端末だけ忘れてくんなよ」


自分の端末をヒラヒラさせながら、久我は先に教室へと戻っていった。

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