第5話 理由=パスト

「私が君の入学を改めて歓迎しよう」


篤史の高らかな宣言が澄み切った青く、高い空に響き渡る。


物資運搬用と思われるトラックが校内からノロノロと出てくる。中の若いお兄さんがこちらを見てにやにやしている。


通りかかる、自分と同じ制服を着た同年代の生徒たちも見て見ぬふりをし、足早に校舎へと吸い込まれていった。学園を広い歩道を挟み取り囲むようにして敷かれている車道を走る車の運転手たちも然りだ。


「篤史先輩……ありがたいんですが……そろそろ恥ずかしいんで中に案内していただいていいですか? 」


篤史は、ふと我に帰ったかのように辺りをキョロキョロと見渡し、そして何事もなかったかのようにガラス張りの校舎へと踵を返した。


「さぁ。こっちだよ。中を案内するのは後にして先に学園長に挨拶に行くよ」


さっきまでの雄叫びはどこへいったのか、篤史は力なくそう言うと重い足取りで鏡のような入り口へと吸い込まれていった。


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校内は落ち着きのある白い壁紙で統一されており、廊下の中央と両端にそれぞれ一本ずつ階段が備え付けてあった。プラスチック製の教室の窓ガラスからは各々の機械的な机の上に端末ーーオルターを置いて熱心に電子黒板を見ながら、ある者は今でも普及している紙のノートに、またある者は端末にそのままタッチペンで書き写している。


公立高校の授業中にお菓子を食べながら隣の席の生徒とのお喋りに興じる親しんだ空気感とはまた少し違ったものだった。


そんな風に自分が見知らぬ授業風景に見惚れていると


「司くん、置いていっちゃうよ? 」


と、先輩が階段に片足をかけながら僕に呼びかける。


司は早足で先輩の後につき、また廊下の中央にかかっている階段を上っていく。


「篤史先輩、この学校の学園長って一体どんな方なんですか? 」


ベタな質問をしてみる。階段を上り、階が上がるにつれ篤史の口数が急激に減っていき場に静寂が訪れていたからだ。


いつもなら何でもないはずの無音の空間も、まるで……いや、絶対に口から生まれてきたであろう篤史が黙り込んでいると心なしか不安を覚える。まあ、一時間ほど前に会ったばかりだからこの人の何を知っていると言うわけでもないのだが……


「学園長かい? 会うときっと驚くと思うよ。僕はできればお会いしたくないんだけどねぇ」


溜息をつきつつ篤史が階段の最後の段を上りきりそのまま真っ直ぐと、他の階にはなかった中央の階段の正面にある十メートルほどの真白な天井がガラス張りになっている廊下をたどたどしい足取りで進む。


よほど学園長に会いたくないのであろう。


その奥に待ち構えていた巨大な高級感のある木製の両開きの「扉」に手の甲をそっと添え、司に目配せしてから深呼吸をし、軽く二回ノックする。


「篤史です。只今転入生を連れてきました」


ノブを黒い革手袋で覆われた手で回し押すようにして開く。すると……


「あ〜にじゃ〜おっかえりぃ……カナはねぇ、あにじゃがお仕事をしている間ずーっとこの寂しい部屋で待ち続けてたんだよぉ〜」


「はいはい分かったから、人前でそういうのはやめてくれないかい? 」


「え〜、あにじゃってば家に帰っても仕事ばっかりしてるし。学校なら学校で生徒と校長だからって全然相手してくれないし〜」


「だーかーら、忙しくしたのは誰だい? 自分が学園長になったからって私と戯れるために無気力な私を無理やり生徒会長に仕立て上げたのも全部カナじゃないかい? 」


綺麗に整理された教室ほどもあるだだっ広い部屋の入り口で篤史先輩が突然現れた女子生徒に抱きつかれ……いや襲われているではないか。でも篤史先輩のあの慣れっぷり……それに「あにじゃ」って……


なんとか女生徒を押しのけはね飛ぶように距離を取った篤史先輩が息を荒くしながら説明する。


「さて……しょ、紹介しよう。この理成弦学園の現学園長で……私の実の妹の」


篤史先輩がそこまで言うと女生徒は乱れていた服装をただし、篤史先輩の横にピタリと直ると


渡邊佳奈わたなべかなと申します。本日はご入学おめでとうございます、宮野司さん。この学園を真の意味で代表して祝福致します」


そう言うと丁寧にお辞儀をし、透き通るような黒髪を搔きあげ司に天使の笑みを浮かべてから続けた。


「さて、早速ですがこの時期に我が校への転向を決意された理由をお聞かせ願えますか? まさか、年度が始まってから一ヶ月でむこうの学校を退学になったなどどいう唯の偶然ということもないでしょうに」


佳奈の微笑みは天使のそれから一転、全てを見透かしているような今にも凍りつかされそうな圧力を持ったものへと変貌していた。


司もまた、その碧の双眸を真摯に佳奈へと向けていた。そして、何かを決意したかのように閉じていた口を開き始めた。


「……父が一年前に他界しました。父と言っても義父だったんですが、俺に取っては実の父親みたいなもので……休日にはよく遊んでもらいました。そんな父の死は他殺だったのですが、その殺し方がどうしても常人には真似できるものではなかったのです」


「と、言うとどんな亡くなり方をされたんだい? 」


傍に立っていた篤史が口を挟む。


「何の外傷もなく心臓だけが潰されていたんです。そして、こんなことができるのは……」


「新世代しかいない……というわけだね」


「そういうことです。半年前に一つ上の姉が父の死因を探してこの島に来ている筈なんですが……それ以降音信不通で……居ても立ってもいられなくなってここに来たんです」


司は俯き加減でそう説明した。口元が真一文字に結ばれている。


佳奈はその口元に手を当て、妖艶な笑みを浮かべて



「分かりました。学園側でもその手の情報は探りを入れておきましょう。ただし、少しでも怪しい真似をするのであれば貴方もお父上の後を追う結末となりますよ」


「ありがとうございます。でも、俺もここまで来て死んでしまう訳にはいかないんでね……大人しくさせて貰うよ」


司は目を閉じ、安堵の表情でその場に立ち尽くした。今日一番の大仕事を終えた気分は至上のものだった。

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